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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第3章 境界編】

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第13話 黒門と鐘の音




 連れてこられた先は、入り組んだ路地を入った先にある料亭のようなお店。そこは完全に個室で、観月さんは事前に予約をしていたのか、勝手に店の奥へと入っていった。


 戸を開けた先にあったのは土足厳禁の和室で、掛け軸と置き物が飾られている。




「好きな場所に座ってね。ここ、一応あの人が間借りしてる場所だから」




 そう言って観月さんが座ったので、私はその前の座布団に座った。そのとき、ちょうど良いタイミングでノックをする音が聞こえると、ご高齢のお婆さんが飲み物を持って入ってきた。抹茶の香りが和室の中に広がっていく。




「今日は話し込むので、あまり人を寄せないでもらって良いですか」


「観月ちゃんの頼みなら任せんさい」




 お婆さんが話し慣れた様子で去っていくのを見送りつつ、私は観月さんの方へと向き直った。観月さんは私と目が合うと微笑みかける。今は外で見たときよりも、幾分か心配をかけないように気遣われているようだった。




「単刀直入に言うけど」




 観月さんが姿勢良く正したので、私も覚悟を持って聞く態勢に入る。しかし、観月さんは両手を机の上に置くと、もの凄い勢いで頭を机にたたきつけていた。


 鈍い音が、和室の静かな空間を壊す。和の雰囲気をえぐるような不協和音が落ちて、私は驚きで口を開けてしまった。




「菫ちゃん、怖かったよね。ごめんね怖がらせて。でも、あの場ですぐに説明できなかったというか、僕もあのとき怖くて、本当にどうしようかと思って!」




 観月さんが深く頭を下げた状態で先程起きたことの弁明を始めていた。私は彼が管理者さんと似た力を使い、子供を身代わりにしたと思ったから、とても拍子抜けしてしまった。




「私は、観月さんが子供を手に掛けたとばかり思っていたんですが」


「そんなこと、医者ができるわけないでしょ!?」




 強いツッコミを入れられて言葉が出ないなか、観月さんは出された抹茶を豪快に飲み干していた。その飲みっぷりは、恐怖を紛らわせようとしているみたいだ。


 抹茶を飲んで落ち着いたのか、飲み終えたコップを静かに置いた観月さんは頭を抱えた状態で固まってしまった。観月さんの身に何が起きているのか、戸惑う私には分からない。




「……菫ちゃん」


「は、はい」




 観月さんがゆっくりと顔を上げる。その表情には、とんよりと疲れが浮かび上がっていた。




「まず言いたいことが1つ。君、背の高い女性に声をかけられたでしょ」


「え、なんで知ってるんですか」




 盛大な溜息が観月さんの口から吐き出されたのを聞いて、私は思わず肩を揺らす。へつに悪いことをしたつもりはない。観月さんの様子がすごく変というだけで。




「《ハザマの世界》でも稀に見る黒い影。《生の世界》よりもタチの悪い人の姿だよ。黒い髪の毛がだらっと垂れて、皮膚は黒く腐っていて。菫ちゃん、怖くなかったの?」


「私には綺麗な黒髪の女性に見えたんですが……」


「はあ!?」




 突然立ち上がった観月さんに驚き、私は咄嗟に机をおさえた。観月さんが精神不安定でごめんと意味の分からないことを呟きながら座り直す。彼の息が整ったところで、私は事情を聞くことができた。




 観月さんの言うことは、こうだった。




 まず、観月さんから見て醜悪な女性が、私に話しかけているところを発見。手助けしようとしたそのとき、私と女性の間に管理者さんの加護の力が働いたそうだ。


 そこで安心したのも束の間、その女性が観月さんと不意に目が合ったらしい。勘違いした女性が私に連れがどうこう言ったのも、その影響だった。




「これがまた、面倒な方向にいって……」




 観月さんはぶつぶつと言い始める。


 去ったはずの女性は観月さんに付き纏い、ちょうど合流した私に合わせ子供に乗り移ったらしい。観月さんが言うには、黒門(こくもん)を指差して私を惑わせ、門の先へ連れて行こうとしたようだ。




「え……怖すぎませんか? そんなことが起こってたんですか?」


「あの黒門は《死の世界》の入り口で、不定期に開くんだ。《ハザマの世界》に染まっていない異分子を引き寄せて、連れて行く。黒い影はもちろん、菫ちゃんは生者だから同じ異分子として見なされたんだろうね。簡単に言えば、黒門の先は迷子引き取りセンターだよ」


「簡単に言い過ぎじゃないですか」




 女性は言わずもがな連れて行かれたが、私は《ハザマの世界》にとどまることができた。それはきっと、管理者さんの加護のおかげでしかない。




「僕は菫ちゃんをこの場にとどめようと、必死に繋ぎ止めていたよ。僕は治すことが専門だから、気持ちを込めるっていう運任せのことしかできないから。まあでも良かった。僕がいながら連れて行かれたら、あの人に消されるところだったし」




 消されるという単語を流しつつ、私も観月さんと同じ立場であったら同じようにしていたはずだ。《ハザマの世界》の上空に現れた黒門と鐘の音。《死の世界》と呼ばれるその世界は、私にとって未知の世界で、想像もできない。




「あの、今更かもしれませんが《死の世界》ってどういう場所なんですか」




 観月さんは私の問いに一瞬だけ口を閉じると、言葉を選ぶように考え始めた。どうやら迂闊に言えることではないようで、観月さんが口を開いたのは、随分と悩んだあと。




「《生の世界》の死者たちが最期に行きつく場所であって、力を持つ人たちが集まる場所、かな」


「それって、管理者さんみたいに強い人が集まるってことですか?」


「まあ、そうらしいね。あの人が言うにはそこまで強くないとか言ってたけど」


「……あの、ずっと観月さんに聞きたいことがあったんですが」




 私が抹茶の入った湯呑みから顔をあげると、観月さんは私に耳を傾けるように首を傾げる。




「観月さんって、管理者さんのことを"君"とか”あの人”って呼ぶじゃないですか。何か理由があるんですか?」




 観月さんが、ほんのわずかに息を飲んだ気がした。




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