第11話 全ては貴方の思い通り
「そういうところが、君は本当に変わってないんだよね……」
観月さんの独り言のような言葉が、泣いている私には鮮明に届いた。
どこか寂しそうで、泣きそうでいて、色々なものを含んだ声だった。
それから観月さんが椅子を引き、扉の方へと向かう足音が聞こえる。
管理者さんは私にハンカチを渡したあと、観月さんの方へと足早に向かった。
彼が何を言ったのか、観月さんが「今それ言う!?」と盛大なツッコミが入る。
「もう、分かったよ。言われたとおりにすれば良いんだね? はいはい、僕はもう行くから」
扉の閉まる音もなく、観月さんの気配がなくなったのを感じて顔を上げると、管理者さんはすでに私のそばにいて、なぜかこちらへと手が伸ばされていた。咄嗟に目を瞑ると、雑に頭を撫でられる。
びっくりして固まったままでいると、管理者さんは何も言わず、本棚へと向き合って仕事を始めていた。管理者さんなりの、優しさだったのかもしれない。
それから私はハンカチを持ったまま、彼が不意に見ていた窓を覗きに行った。
この世界に来てから、私は外の景色を見たことがない。
窓枠に手を掛けた私が見たものは、一面が雪景色で覆われた夢物語に出てくるような街並みだった。
薄く白いレースを纏う夜の風景のなかに、赤くぼんやりとした提灯の光が立ち並んでいる。
和と洋の混じり合った街並みで、季節も時間も《生の世界》とは真逆だった。
「外に行きたいのか」
その声に振り返ると、管理者さんは本を持ったままこちらを見ていた。
「助手として、頼み事を任されてくれるのなら外に行ってもいい」
「え、私ひとりで行っても良いんですか?」
私の発言に少し驚いた表情をした管理者さんは、一度咳払いをする。
「お前をここに閉じ込める趣味はないんだが。それとも、怖いからついて来てほしいということか」
「え、いや、そういう意味で言ったわけじゃないですよ! えっと、知らない世界を出歩くとなると、少しは緊張するというか」
「安心しろ。加護は付ける」
そう言って管理者さんは私のそばにやって来ると、近くにあった鏡に向き直らされた。彼の手が自分の肩を軽く叩いたとき、私の胸元にはいつの間にか薄紫色のリボンがあった。
照明に反射して、艶のある生地の部分がキラキラと輝いている。
そのリボンは、管理者さんが普段から付けている黒色のリボンと色違いだ。
「これを付けていれば大抵のことは大丈夫だ」
管理者さんは私の見ていた窓のカーテンを閉めると、部屋の隅にあるクローゼットを開け始める。
そこには管理者さんの私物らしきものが何着も入っていて、その中から、黒色のコートを取り出すと、私にぽいっと軽い調子で投げた。
慌てて掴んだそのコートは、いかにも高そうなものだ。
「これって……」
「サイズが小さいものはそれしかない。せっかくだから、観月に頼んで服を買って貰えばいい」
「なんでそこで観月さんが出てくるんですか?」
「……? 頼みのなかに、アイツがいるからだが」
もしかして、と思って管理者さんを見れば、上手い具合に目を逸らされる。
この人は最初から企みがあったんだ。観月さんと一緒に外に出たくないからと、私に押し付けて。
それも、彼が窓を見ていたあの時から、私が彼の策略にハマっていたとすると。
管理者さんは、あまりにも未来を見据えすぎている。
「菫は助手としてまだまだだな。アイツの方がもっと上手いことするぞ」
そう平然と言われた私は、加護として貰ったリボンをすぐに喜べるわけもなく。
「管理者さん。助手が人間不信になっても良いんですか」
「それは困る」
会話のテンポ感を微妙にずらされるあたり、観月さんが管理者さんに手を焼いている理由がなんとなく分かる気がした。今もまた、観月さんに迷惑をかける形になりそうな予感しかしない。
それから管理者さんは私に必要なものをぽんぽん投げてきて、外に放り出されてしまった。
躓きがちになりながらも靴を履き、外に出たことでやっと顔を上げる。
吹雪いてはいなかったが、地面に積もった雪のせいで足先から熱が奪われていく気がした。
振り返ってみれば、白くて大きな扉が薄くなり、消えてなくなった。
「え……」
この世界で唯一の帰る場所がすでにない。
それを見て、ゆっくりと私は前へと向き直る。心臓が早鐘を打つが、気付かないフリをするしかない。
与えられた地図を手に持ち、自分の身体の向きに合わせる。
簡潔かつ丁寧に行く先が示されていたが、頼まれた場所が多すぎる。それに、初めての場所に放り出された私にとって、難易度が高すぎるほど道が入り組んでいる。
あと、周囲を見渡しても建物が立ち並ぶだけであって、人が誰一人として見当たらない。
「助手の仕事だから、頑張らないと」
首元に巻いたマフラーを口元まで持ち上げ、私は赤い提灯のある小道を歩き始めた。その風景が、以前行った京の都と似ていると感じたのは、角を曲がるそのときまでで。
開けた場所に一歩を踏み出した瞬間、喧騒と眩しいくらいの明かりが、私の前を照らしたのだった。




