第10話 医者紛いの不審者
「あ、名前ですか? 菫といいます」
「菫ちゃんかあ。それにしても、よくこの人の助手になろうと思ったね……」
そう言ってお医者さんが私のためを思ってか、隣の空いた椅子を引く。私は反対側の、管理者さんの隣に座った。気遣いと見せかけての用意周到なところが、逆に怖い。
お医者さんから、すごく痛い視線を向けられていたのを私はスルーしていた。
「忙しいとよく言うが、昨日俺がお前に頼んだのは1人だけのはずだが」
管理者さんの空気を読まない発言に助けられつつ、お医者さんは頬杖をついてむっとしている。
「あの姉と写真大好きくんのこと? それが、君に会いたいとか言って暴れて大変なんだよ」
「俺は会いたくないんだが。柱にでも縛っておけ」
「え、それって私と同じぐらいの年の……」
私がそう聞くと、お医者さんはいやいや、と手を横に振る。
「僕のところに来た子、100年くらい前に亡くなってるよ? 君と同い年なんて、ないない」
「ひゃっ!?」
「なんだ知らなかったのか。あのとき、餓鬼と俺は言ったはずだが」
管理者さんの言葉に、私は何も言えず頭を抱えた。年齢感覚が違いすぎて、これでは自分が場違いな発言をしているみたいだ。一方で、2人は平然と会話している。
ということは、100年という単位を簡単に扱えるぐらい、2人が年上ということでは。
「あ、自己紹介を忘れていたね。僕は医者の観月っていいます。そこの管理者の専属医者で、仕事仲間だから。よろしくね菫ちゃん」
「ええ!?」
私が顔を上げると、観月さんはゆっくりと、私の隣にいる管理者さんに顔を向けた。
「あの、そこに平然と座ってる方? もしかして君、助手のこの子に何も説明してないの?」
「必要がないため言っていない」
私たちの視線が向けられるなか、管理者さんは書類に滑らせていたペンを止めることなく言い放った。
その瞬間に、部屋の空気が氷漬けされたように静まり返っていく。
静寂を破ったのは、お医者さんである観月さんの椅子を引く音だった。
彼はそのまま立ち上がると、管理者さんの左肩に手を置く。
心なしか観月さんの指先に力が入っているのは、気のせいだろうか。
「急に立ち上がってどうした」
管理者さんはそう言って微動だにしていない。しかし、隣から見る私には観月さんがものすごく怒っているようにしか見えない。
あと、意外と力が強いのか、管理者さんの着るシャツに皺が寄っている。
「君はねえ……これじゃあ僕、不審者扱いになるでしょうが」
「お前は元から不審者だろう。勝手にここをすり抜けて入って来るあたり、自覚済みだと思っていたんだが」
「そんなこと自覚したくないしするつもりもないよ!?」
管理者さんがあえてボケているのかと思うほど、自然と人を揶揄っているあたり凄い。反対に観月さんが不憫でしかならない。
ごめんなさい。私、観月さんのこと、あまり関わっちゃいけない駄目な部類の人だと思ってました。
「菫ちゃんの目が死んでるからさ……もう、本題に入るんだけど」
「何か分かったのか」
観月さんが元の位置に座り直したところで、その場の空気は一気に変わる。
それは、どこか管理者さんと似たような雰囲気を漂わせていた。
「君の予測通り、《ハザマの世界》に抜け道ができていたよ。《生の世界》へと通じる道がね」
「やはりそうか」
隣にいる管理者さんが書類から目を離し、窓の方を見る。
私も気になって視線を向きかけたが、観月さんがそのまま話を続けたので姿勢を正した。
「菫ちゃんに説明するとね。今僕たちがいる《ハザマの世界》は、普通の人なら行き来できないことが前提にある。でも抜け道があると、分からずに《生の世界》に行ってしまう人もいる」
もう亡くなってるのにねと観月さんがこぼしたの聞いて、この人も随分と前に亡くなっているんだと思った。管理者さんが、頬杖をつきながらこちらに視線を投げかける。
「菫は追われてここに来ただろう? その追っていた者が俺の管轄内の者、《ハザマの世界》の住人だった。調べた結果、相当強い奴が何かを理由に裏で手を回したらしい。だが、これは俺の責任でもある」
管理者さんが机にペンを置くと、どこからともなく書類の山が机に積み上がった。
観月さんも驚いた様子なのに管理者さんはいつも通りの様子で、私に1枚の書類を見せる。
―――《ハザマの世界》管理者助手を《生の世界》へ生きて帰すこと―――
「お前は、助手になってから帰りたいと一度も言わなかった。それを俺が気付かなかったことはない」
私は無意識のうちに、その書類を握りしめていた。
何度もその文字を見返しては、この世界に来る前までの出来事を思い出す。
「何があろうと、俺はお前を生きて帰す」
顔を上げ、管理者さんの目が私だけを映していることに気付いたとき。
視界に映る彼の顔も、手に持つ書類も、ぼやけて見えなくなっていることに気付いたのは、自分がすでに泣いていると分かったときだった。




