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『迷宮は壊すものじゃなかった』 ― 生還率一〇〇%の探索者が世界を変えるまで ―  作者: 低層在住
生還だけが才能だった

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判断を分ける

低層受付の机には、同じ種類の紙が重なっていた。


苦情ではない。

抗議でもない。

ただの「相談」だ。


今日は入れなかった。

撤退が早くて、稼ぎにならない。

安全なのは分かっている。


職員の顔に、疲れが浮いている。

俺はそれを見て、ようやく理解した。


(これは、もう“例外”じゃない)



「また、同じ話です」


受付の女が小さく言った。

責める口調ではない。報告だ。


「対応は、基準どおりですよね」

「ええ。判断は正しい」

「……でも、溜まります」


正しさは、溜まる。

逃げ場のない場所に。


「一つ、提案があります」

俺はそう言った。


職員が顔を上げる。



奥の机で、簡単な図を描く。


「撤退判断を、三点確認にします」

「三点?」

「受付、現場、同行者。

 この三つが揃った時だけ、有効にする」


職員が眉をひそめる。


「判断が遅れませんか」

「遅れます」

「事故のリスクは?」

「上がります」


沈黙。


「それでも、一人で決めるよりは」

俺は言葉を選ぶ。

「壊れにくい」


決定権を、握らない。

判断を、分ける。


「俺は、最終判断から外れます」

「……外れる?」

「助言はします。でも、決めません」


エルネが、少し驚いた顔をした。


「それで、いいんですか」

「いいです」


いい、というより

必要だ。



試運転は、その日の午後から始まった。


第三層の入口。

受付の職員、同行者、現場の確認役が揃う。


「音、重なってます」

「先行、三組」

「再湧き、早いかも」


意見が出る。

だが、結論が出ない。


「……どうします?」

誰かが、俺を見る。


「俺は、決めません」

「でも……」

「基準は出ています」


沈黙が落ちる。


結局、撤退は遅れた。

事故は起きなかった。

だが、余裕もなかった。


地上に戻ると、ため息が漏れる。


「……迷いましたね」

「はい」

「前より、怖かった」


エルネが言う。



別の組では、逆だった。


判断が早すぎて、何もできずに戻る。

素材はゼロ。

記録だけが増える。


「分けたら、楽になると思った」

同行者が言う。

「でも……余計に悩む」


正解だ。

分散は、魔法じゃない。



夕方、簡単な振り返りをした。


「判断が遅れる」

「責任の所在が曖昧」

「でも、一人に集まらない」


職員が言う。


「正直……楽ではないです」

「俺も、そう思います」


エルネが、少し考えてから言った。


「でも……続けられる気はします」

「どうして?」

「誰か一人が、潰れないから」


その言葉に、誰も反論しなかった。



夜、迷宮前を歩く。


風は冷たい。

今日も、深くは潜っていない。


判断を分けた結果、

間違いは増えた。

迷いも増えた。


それでも

壊れなかった。


一人で決めれば、早い。

だが、続かない。


分ければ、遅い。

だが、折れにくい。


「……正解じゃないな」

俺は呟く。


リュシアが、短く答える。


「続くなら、それでいい」


判断を分ける。

責任を散らす。


それは、逃げ道だ。

だが、必要な逃げ道でもある。

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