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『迷宮は壊すものじゃなかった』 ― 生還率一〇〇%の探索者が世界を変えるまで ―  作者: 低層在住
生還だけが才能だった

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11/13

正しさは、重くなる

朝のギルドは、静かすぎた。


列は整い、声は低く、掲示板の前で立ち止まる人間も少ない。

低層の受付は完全に分かれ、職員が紙を迷いなく処理している。

俺はその様子を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


楽になった。

だが、同時に、違和感も残る。


「今日は、どうしますか」


受付の女が聞いた。

“入りますか”ではない。

“どうしますか”だ。


「様子見です」

「……了解」


彼女は迷わず台帳に書き込んだ。

その一筆で、列が動く。

低層の予定が、静かに組み替えられた。


(俺、何を決めた?)



迷宮前は落ち着いていた。

探索者たちは紙を見て、短く話し、足を止める。


「今日は混むらしい」

「戻り優先だな」

「……じゃ、やめとくか」


誰も不満を言わない。

それが、少しだけ怖かった。


エルネが隣で言う。


「判断、早くなりましたね。みんな」

「……基準が浸透しただけです」

「でも、基準の“元”は……」


言葉が続かない。

リュシアが前を見たまま、短く言う。


「見られている」


視線の話じゃない。

期待の話だ。



第三層の入口。

職員が一人、駆け寄ってきた。


「すみません、少しだけ」

「はい」

「この場合、どう判断しますか」


指されたのは、通路の図。

音の重なり、再湧きの周期、先行数。

答えは出せる。だが


「今日は判断しません」

「……え?」

「基準は出ています。それで十分です」


職員は一瞬、困った顔をした。

だが、すぐに頷く。


「……それも、判断ですね」


その言葉が、胸に残った。


(逃げたつもりでも、受け取られる)



昼前、ギルドの奥で短い打ち合わせがあった。

議題は簡単だ。


「低層の回し方は、このままでいいか」


誰かが言う。


「問題は起きていない」

「事故も減った」

「撤退が早い」


異論はない。

視線が、自然とこちらに集まる。


俺は水を飲み、口を開いた。


「“このまま”は、決めません」

「……理由は?」

「状況が変わるからです」


誰も反論しない。

だが、その沈黙が、重い。


受付の女がまとめる。


「じゃあ、現行指針は維持。

 判断は、その都度」


その“都度”に、

俺の名前が含まれていることを、

誰も言わない。



夕方、酒場は静かだった。


噂は整理され、話は短い。


「低層は、今日は様子見」

「無理しなくていい」

「……助かるな」


助かる。

それは良いことだ。

だが、誰が助けている?


エルネが水を飲みながら言った。


「……最近、“聞かれる”ことが増えました」

「何を」

「どうしたらいいか、です」


リュシアが短く付け足す。


「決める人間が、少なくなっている」



夜、迷宮前を通る。


風は冷たい。

掲示板の紙は、整っている。

低層は、安全に回っている。


それでも、胸の奥に、わずかな重さが残る。


正しさは、広がるほど軽くなる。

だが、選ぶ側の肩は重くなる。


俺は、深く潜らない。

だが、今は少しだけ、

戻る場所が狭くなった気がした。

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