十一話 スローライフ崩壊
翌朝。
カイが夢見ていた「静かで平穏なスローライフ」は、わずか半日で崩れ去った。
バキッ! ドカッ!
「きゃあああああ!」
朝、目が覚めると同時に、カイが寝ていたベッドの脚が4本同時に折れた。
さらに、その衝撃で床板が抜け、カイは一階の食堂まで突き抜けそうになった。
「カ、カイさん!? だ、大丈夫ですか!?」
ルナが青ざめた顔で駆け寄ってくる。
カイは、抜け落ちる寸前で床の縁を片手で掴み、懸垂の要領でヒョイッと這い上がった。
「……ああ、大丈夫だ。筋力5000でよかった」
普通の人間なら大怪我をしているところだ。
だが、被害はそれだけではなかった。
「お、おい! 水道管が破裂したぞ!」
「窓ガラスが勝手に割れた!」
「階段の手すりが外れた!」
宿屋「木漏れ日亭」のあちこちから、悲鳴と怒号が聞こえてくる。
原因は間違いなく、ルナの【不幸招来】だ。
彼女がここに一泊しただけで、この宿屋は「呪いの館」と化してしまったのだ。
「ううっ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ルナは部屋の隅で小さくなり、涙目で謝り続けている。
彼女が何かに触れようとするたびに、花瓶が倒れ、カーテンが破れる。
「……こりゃ、ダメだな」
カイはため息をついた。
カイ自身の圧倒的なステータスで「不幸」をねじ伏せられても、建物や周りの人は守れない。
このまま街にいたら、いずれ大事故が起きてルナが責められることになるだろう。
カイは昨日稼いだ銀貨を、駆け込んできた宿の主人に渡した。
「すいません、これで修理代にしてください。すぐに出ていきますから」
二人は宿を追い出されるようにして街を出た。
空は突き抜けるような青空だが、ルナの表情は曇ったままだ。
「……ごめんなさい。やっぱり、私と一緒にいない方が……」
ルナが俯いて呟く。
自分のせいでカイに迷惑をかけ、宿まで追い出されたことを気に病んでいるのだ。
カイは立ち止まり、ルナの方を向いた。
「ルナ」
「は、はい……。もう、お別れですよね……?」
彼女は諦めたように、ギュッと目をつぶった。
カイは首を横に振った。
「逆だ。旅に出るぞ」
「……え?」
「このままじゃ、どこに行っても同じことの繰り返しだ。飯もゆっくり食えないし、宿にも泊まれない」
カイは街道の先、遥か遠くに霞む山々を指差した。
「だから、探すんだ。君のその【不幸招来】のスキルを消す方法か、あるいは制御できるアイテムを」
「私の……呪いを、消す方法……?」
「ああ。世界は広い。古代の遺跡とか、すごい賢者とか、何か手掛かりがあるはずだ。俺の『力』があれば、どんな危険な場所でも連れて行ってやれる」
カイはニッと笑ってみせた。
「『不幸』を治して、堂々とスローライフを送る。それが新しい目標だ」
ルナは、呆れたように、でも嬉しそうに目を潤ませた。
「……カイさんって、本当にお人好しですね。あんな凄い力を持ってるのに、やることが私の『治療』だなんて」
「相棒が困ってるんだから、当然だろ?」
「……ふふ。はい!」
ルナが涙を拭い、力強く頷いた。
「行きましょう! 私、頑張ります! ……あ、でもあんまり近づくと、また何かが……」
バキッ!
ルナが歩き出した瞬間、道端の枯れ木が折れて倒れてきた。
カイはそれを片手でパンッと弾き飛ばす。
「まあ、退屈はしなさそうだな」
「もう! カイさん笑わないでください~!」
こうして、カイとルナの二人旅が始まった。
目指すは「呪いの解除」。
そしてその道中で、彼らは勇者パーティーが壊滅状態になっているという噂を、風の便りに聞くことになるのだが……それはまた、別のお話。




