第十話:崩壊の序曲
「くそっ! なんでこんなに罠が多いんだ!」
薄暗い洞窟の中、勇者アレクサンダーの怒号が響き渡った。
彼ら勇者パーティーは、カイを追放してから初めてのダンジョン攻略、Cランクダンジョン「土蜘蛛の巣窟」に挑んでいた。
「きゃあっ!」
背後で、聖女セラが短い悲鳴を上げた。
足元の石畳がガクリと沈み、壁から矢が発射されたのだ。
「あぶねえ!」
剣士ガレスが剣で矢を弾き落とすが、その顔には脂汗が滲んでいる。
(な、なんだ……? 体が重い……いや、反応がワンテンポ遅れる……?)
ガレスは違和感に震えた。矢が飛んでくるのは見えていた。
なのに、「避けよう」と思った瞬間に、見えない糸で操られているように体が強張り、一瞬だけ動きが停止したのだ。
「おい、どうなってんだよ! さっきから罠にかかりっぱなしじゃねえか! 索敵はどうなってんだ!」
「う、うるさいわね! 私は魔術師よ、盗賊じゃないの!」
リリアナがヒステリックに叫ぶ。
今までは、カイが「皆の邪魔にならないように」と、黙って先行して全ての罠を解除してくれていた。
だが、それだけではない。
カイが近くにいた頃は、彼らの勘(直感)が冴え渡っていた。「なんとなく嫌な予感がする」という人間的な感覚で、罠を回避できていたのだ。
しかし今は、その直感が働かない。まるで、何者かに誘導されるように、無防備に罠の方へと歩かされてしまう。
「ちっ……進むぞ! モンスターさえ出てくれば、俺たちの力でねじ伏せられる!」
アレクサンダーは焦りを隠すように前進を命じた。
しかし、その自信もすぐに崩れ去ることになる。
「シャアアアアッ!」
天井から、巨大な蜘蛛の群れが降ってきた。
Cランク相当の魔物だ。レベル50越えの彼らにとっては、本来なら雑魚敵のはずだった。
「燃え尽きなさい! 【ファイア・ボール】!」
リリアナが杖を振るい、炎の玉を放つ。
脳内では、広範囲を焼き尽くす爆炎をイメージしていた。
だが、その瞬間。
彼女の意思とは無関係に、脳の奥底で「何かのスイッチ」が勝手に切り替わった。
ボシュッ
「え?」
放たれた炎は、以前の半分ほどの大きさしかなく、蜘蛛の一匹を少し焦がしただけで消えてしまった。
「な、なにこれ!? 魔力が……出ない!? 誰かに、抑え込まれてる……!?」
まるで見えない誰かが体の中にいて、蛇口を締めるように無理やり出力を下げられたような、生理的な気持ち悪さが彼女を襲う。
「グオオオ! 俺がやる!」
ガレスが大剣を振るう。
(首を狙う!)
そう思考した瞬間、またしても体が痙攣した。
自分の腕なのに、他人の腕になったように言うことを聞かない。
ガレスの腕は、彼の意思を無視して勝手に軌道を変えた。
無理やりねじ曲げられた剣筋は威力を失い、蜘蛛の硬い甲殻に浅く直撃した。
ガキンッ!
「――っ!?」
剣が弾かれた。
いや、斬れないどころか、無理な力がかかった自慢のミスリルソードの刃がボロボロに欠けている。
「嘘だろ!? 俺の剣だぞ!? なんで思った通りに動かねえんだよ!」
「キシャアアア!」
蜘蛛たちが、動きのぎこちない獲物に襲いかかる。
かつては一撃で倒せた敵が、倒せない。
攻撃が通じない。魔法が効かない。
自分の体が、自分のものではないような気持ち悪さ。
「ぐわあああ! 噛まれた! 毒だ! セラ、回復!」
「ま、間に合いません! 詠唱が……頭に入ってこないんです!」
セラは真っ青な顔で杖を握りしめていた。
ガレスを回復しようとしても、なぜか思考にモヤがかかったように集中できず、言葉が喉の奥でつっかえて出てこないのだ。
彼らは知らなかったのだ。
カイという存在が、彼らの『強さ』を根底から支えていた、**正体不明の『安全装置(リミッター解除)』**だったことを。
かつての彼らは、レベル50という高みにおりながら、自由な直感と、研ぎ澄まされた感覚で戦うことができていた。
だが、カイがいなくなった今、彼らを支えていた「見えざる加護」は消え失せた。
今の彼らは、自分たちの身の丈に合わない「重すぎる鎧」を着せられているようなもの。
「体は強いはずなのに、なぜか精神と噛み合わない」
その致命的なズレが、彼らの動きを鈍らせ、判断を狂わせていたのだ。
「くそっ、くそっ! なんでだ! カイがいなくなっただけで、なんでこんなことになるんだよぉぉぉ!」
アレクサンダーは、迫りくる蜘蛛の群れを前に、剣を振り回しながら絶叫した。
蜘蛛の毒牙が、聖女セラのローブを切り裂く。
リリアナが尻餅をつき、恐怖で顔を歪める。
ガレスが盾を構えるが、その腕はガクガクと痙攣していた。
彼らの「栄光」は、泥に沈み始めていた。
他にも転生したら魔女狩りの世界だった件。嫌なので全力で抗います〜絶望少女と魔王達〜という作品を書いています。
ダーク寄りの異世界ファンタジーがお好きな方はぜひ




