素晴らしい商品4
ある日、テレビで静かに紹介された商品があった。
目立たないコーナーだった。派手な音楽も、芸能人のリアクションもなかった。
ただ一人のナレーターが、静かに語った。
「この箱は、『声』保存するためのものです」
手のひらに収まるくらいの、小さな木の箱。
古いお菓子の箱のように見えるが、きちんと機械でできているらしい。
蓋を開けて、中に向かって話しかけるだけで、声を録音できるという。
特別なのは、その声を時間が経ってもそのままに保存できることだった。
ノイズも劣化も、機械音もなし。
まるで、その人がすぐ隣で話しているかのように聴こえる。
そして、一度録音された声は二度と消せない。
録音できる『声』はひとつだけ。
誰の声を、どんな言葉を録音するかは、自分で決めるしかない。
発売当初は話題にもならなかった。
録音ならスマホでもできる。
わざわざ「消せない」・「一度だけ」なんて、不便すぎる。
そう言って誰も見向きもしなかった。
だけど、少しずつ、確かに広がっていった。
ある母親は、まだ赤ん坊の息子の笑い声を録音した。
ある恋人は、別れ際に交わした「またね」という声を。
ある老婆は、もう会えない夫の若い頃の歌声を。
ある少女は、飼っていた犬の「ワン!」という短い鳴き声を。
人々は、たったひとつの『声』を選び、それを永遠に残すということの意味を考えた。
そして、ある日、少年がその箱を買った。
すでにそのとき、少年は母を亡くしていた。
もう二度と、母の声は聞けなかった。
それでも少年は箱を買い、大切に抱えて帰った。
「もうお母さんの声は録音できないのに」
そう言って友達は心配してきた。
「いいんだよ」
少年は箱をそっとなでると机の引き出しの中に大切にしまった。
箱は、ずっと開かれたままだった。
それは、録音される声を、まだ待っているということだった。
少年は、迷っていた。
録音するのは、お母さんの声じゃない。
録音するのは、自分の声だと決めていたのに、言葉が見つからなかった。
ある晩、少年はそっと箱の前に座った。
家の中は静かで、風の音と時計の針の音だけが響いていた。
少年は、そっと息を吸い、箱の中に向かって言った。
「お母さん、ぼく、今日ちゃんと、ごはん食べたよ」
「お父さんはまだ時々泣いてるけど、前よりは笑えるようになってきたよ」
「ぼく、ちゃんと毎日学校行ってるよ」
「お母さんが近くにいないのはさみしいけど、泣かないよ」
「だから、お母さん、安心してね」
カチッと、箱の中で小さな音がした。
それきり、箱はもう二度と開かなくなった。
少年の声は、その箱の中で今も、あの夜のまま。
静かに、優しく、世界に向かって語りかけている。