素晴らしい商品 2
ある日、テレビで素晴らしい商品が紹介された。
それを見た人はすぐにその商品を買いに店へと出かけた。
見た目も価格もただの普通の石鹸だった。
さらには匂いも泡立ちも普通の石鹸と変わらなかったが、ひとつだけ特別なことがあった。
それを使って体を洗うと、その日一日、「すれ違った他人の“心の声”が聞こえる」のだという。
それは「こころが見える石鹸」としてたちまち話題になった。
「これで嘘を見抜ける!」
「恋人の本音が知れる!」
「上司の建前に騙されなくて済む!」
店には長蛇の列ができた。商品は即日完売。
次の日、入荷した分も一瞬で消えた。
その次の日も次の日も、こころが見える石鹸は一瞬で売り切れた。
そのうち定価の何十倍もの価格でネットに出品されるようになった。
それでも、人々は飛びついた。
「人の心がわかるなんて、最高だ!」
「ようやく本当の世界が見える!」
そうして、街は“心の声”であふれかえった。
教師の心には「また赤点か。こいつには期待していない」。
同僚の心には「いつも威張ってばかりでウザいんだよ」。 恋人の心には「ほんとはもう飽きてる」。
色んな“心の声”が聞こえてきた。
人々は真実を知った。
知りたかったはずの本音。
聞きたかったはずの気持ち。
それはあまりにも、汚くて、醜かった。
ある男はこの石鹸の噂を聞いても、一向に興味を示さなかった。
周囲の人間は彼を不思議がった。
「なんで知りたくないの?」
「騙されるのがイヤじゃないの?」
男は静かに首を振った。
「他人の心は、わからないほうがいい」
それを聞いた人々は笑った。
「綺麗ごとだ」
「現実から逃げてるだけだ」
でも、それからしばらくして街ではこころが見える石鹸を使う人が激減した。
中には、聞きたくない本音に苦しみ、家から出られなくなった者や、自ら命を絶った者までいた。
石鹸の製造会社は「使用は自己責任」とだけコメントを残し、商品と共に姿を消した。
今では誰も心の声なんて聞きたがらなくなった。
男は周りの人たちを見て、だから言ったじゃないかと思った。
男は生まれつき人の心の声が聞こえる体質だったのだ。
こころの見える石鹸を使わなくても男にはいつも聞こえていた。
教師の心の声も、同僚の心の声も、恋人の心の声も、全部男には届いていた。
他人の心を聞いたところで希望なんてないことを男は知っていたのだ。
ただ、男はふと思った。
いつも他人の心の声は聞こえるが、自分の心の声はどうなんだろう、と。
男の手元にはもういらないと無理矢理渡されたこころが見える石鹸が大量にあった。
男は毎朝、こころの見える石鹸を使っている。
誰もいない家で、ひとり、静かに。
そして、その心の声を聞いている。
自分自身の、誰よりも汚くて、誰よりも孤独な、心の声を。