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俺の異世界転生先は地球~こんな苦痛な世界でお前らよく生きてんな~

作者: 玉川露二

異世界転生…そう聞いたら何を思う?モンスター、精霊、天使、悪魔が登場してきて、チートな能力使ってのし上がってハーレム作って…そんな感じ?


俺もそう、転生した。でも違う。


俺の転生は一般的な転生とは違う。俺は元々いた世界で勇者と呼ばれていた。そして生まれたころからチート能力があって強く、人々を苦しめる魔王の四天王、魔王、魔神なども倒した。


そんな世界を救った勇者の俺を若い女の子たちから妙齢のマダムまでもが放っておかず色んな種族の女性たちからモテモテで、ハーレム状況で過ごしていた。


そんな世界を救った勇者だというのに、野生の暴れ牛に轢かれて首の骨を折って即死。

気づいたら以前出会ったことのある気の合う女神様が出てきて申し訳なさそうにこう言った。


「ごめんなさい…あなたはまだ死ぬ予定じゃなかったんだけど私のちょっとしたミスでこんなことになっちゃって…」


いくら何でも勇者として名をはせたのにあんな死に様はあんまりだ、生き返らせてくださいよと俺はお願いした。


でも死んだものはもう無理って断られ、


「でもね、別の世界に転生ならできるわ。地球って呼ばれるところで人間種が我が物顔で生活している惑星なんだけど…」


このまま終わるよりならそれでいいと返すと、女神様は念を押すように言う。


「でも地球は転生先としては不人気のところで…何でかって言うとこの世界と違って魔法が使えないからなの。それでも大丈夫?」


「大丈夫、俺チート能力持ってるから」


「そう?じゃあ地球に転生させるわね。今回は私の手違いでこうなったからあなたの一生を私がバックアップするわ。ついでにあなたは死ぬまで勇者として戦いの日々を送っていたんだから、平和な国でのんびり過ごせるように手配しておくわね」


女神様は空中に浮かぶ書類のようなものに何かしらの手を施すと、


「じゃあ、いってらっしゃーい。後から私も様子を見に行くからね~」


と手を振り俺を見送った。


そうして今の記憶があるまま到着したのは…確かに人間種しかろくに見当たらない世界の、日本という国だった。

スライムみたいなモンスターもいない、可愛いエルフもいない、天使も像はあるけど目の前に現れない、悪魔も架空のものとして存在が伝わってるだけで誰も見たことがないっていう世界。


それでもまぁモンスターが居ないなら確かにのんびりできそうだと俺は久しぶりの自由を満喫することにした。どうせチート能力あるんだからどうにでも過ごせるさと。


だがこの世界にきてすぐ俺は絶望することになる。


元の世界で俺は一キロを一分で走り抜けてた。十メートルの高さならジャンプ一つで登れ、そこから飛び降り落下しても軽々と着地できてた。

でも今はその全てができない。傷だって元の世界じゃヒールの呪文で治せたけどここじゃ魔法が使えない。


この世界に来てすぐ移動が面倒だと女神様が手配してくれたマンションの二階の窓からヒョイと飛び降りたら足を痛め、動けないでいる俺を発見したマンションの管理人の鈴木さんが近くの接骨院まで連れていってくれた。


「何してんの、何で飛び降りちゃったの、何か悩みでもあるの、言ってごらんよ聞いてあげるから」


鈴木さんに言われ、ドアから出るのが面倒だから窓から出ようとしたと説明するとものすごく呆れた目をされた。


「…まあ、骨折とかじゃなくて捻挫と打ち身で済んでよかったよ。これからは普通にドアから出てね」


「骨折…するのか。あのくらいの高さで」


まさかと驚いて聞き返すともっと呆れられ、


「下手したら死ぬよ、決まってるでしょ。頭から落ちなくてほんと良かった。次からやめてね」


それを聞いてゾッとした。十メートル…そんな高さじゃなくてもこの世界では死ぬのかと。


この世界が転生先として不人気な理由がよく分かった。ここはすぐに死ぬ。しかし身を助ける魔法は一切使えない。

俺の能力があればこの世界でも勇者として生きていける、そして以前と同じように過ごせるはずと考えていた。だが違った。俺のチート能力である魔法は一切使えない。それどころか二階の窓から飛び降りただけで捻挫するほど身体能力も大幅に弱体化している。


こんな世界は嫌だ、もっと別の世界に行きたかった。


そう女神様に訴え別の世界に転生させてもらおうとした。あの女神様とは仲が良かったからきっとどうにか対応してくれるはずと。


それでもその考えも甘かった。


天使や悪魔などは架空の存在として実際いないと多くの人間たちが思っているせいだろうか。どんなに女神様の名を呼んでも念を送っても全く目の前に現れる気配もない。


俺チートだからと軽く考えここに転生先に選んだことを酷く後悔した。


それでも女神様も俺の人生をバックアップしてくれているのは本当だ。最初から戸籍という日本で住むのに重要なものよマンションという住みかも用意され、日本で使える現金もかなり渡されていた。


しかし…昨今の度重なる値上げ値上げの煽りを受け、かなりあった金は月々がっぽり減っていく。


積み重なっていた現金がどんどん減ってくるのを見て俺は段々不安になってきた。

しかし金は少なくなればそのうち増えるシステムなのかもと過ごしていたが、全く金が増えることはない。


「どうしてだよお…。おーい女神様ぁ!女神様ぁ!俺手違いで死んだんだろ?ここもちゃんと配慮してくれよお!」


空に向かって叫んでみたがこの地球上では女神様の存在が遠いのか声は届かない。


そのまま一万円の札の残りが十枚になったころ…俺はついに腹をくくった。


―働くか。


色んな店に行ってみると大体の店に「一緒に働いてみませんか!」という張り紙があるのは気づいていた。だからその中のどこかなら働けるはず…!


だから俺はよく行くコンビニに行き、よく顔を合わせるインド人の留学生アルバイト、アビダブに声をかけた。


「アビダブ、俺をここで雇ってくれ!」


アビダブはあっさり答えた。


「無理」


「何で!?」


アビダブは自分と俺を指さし答えた。


「私バイトです、それ三井さんに言って、今呼ぶから」


バックから現われた店長の三井さんに俺は同じように「雇ってくれ」と頼むと、三井さんは困ったように眉間にしわをよせた。


「いやぁ…よく顔合わせて話してるからって、そんなサンダルにハーフパンツのラフな格好でいきなり雇ってくれはないでしょ…。せめて履歴書持ってきてよ」


「…」


そんな…。元の世界じゃこれくらい頻繁に顔を合わせて話合ってる仲だったら大体すぐそのまま雇ってくれるのに…。そもそも履歴書って何?


「…履歴書とはなんだ?働くのに必要なものか?」


その言葉にアビダブは「前途多難ね」と呟き、三井さんは表情を固めた。三井さんは文具が置いてあるコーナーから何かを持ってきて、


「ほらこれが履歴書!これに今までの学歴と職歴書いて持ってくるの!」


「学歴と職歴って…」


「分かるでしょ、今まで学校に通った経歴と、どこでどれくらい働いたかっていう経歴!」


三井さんは俺に履歴書を押し付け、そのまま俺は履歴書を購入して家に帰った。


しかし…地球の学校に通って地球で働いた経歴は俺にはない。もしかして学歴だの職歴だのも戸籍同様重要だとメモ紙がついた紙きれがどこかにあるのではと部屋のあちこちを探ってみたが、そのようなものは見当たらなかった。


…思えばあの女神様はそういう細かい所は抜けている性格だった。


しょうがないから元の世界での俺の偉業を正直に全て書いた。


「モルド歴3051年、世界を救う旅にでる

モルド歴3051年、魔王の四天王全員を倒す

モルド歴3052年、魔王の右腕を倒す

モルド歴3052年、魔王を討ち果たす

モルド歴3054年、干ばつの原因である魔神を倒す

モルド歴3056年、病気の発生源を永遠に封印する…」


その後も色々と俺の偉業を書き連ねたがスペースがなくなったからあとは省略し、そのまま三井さんの元に持って行った。


バックルームで三井さんは俺の履歴書をみて、何かしら可哀想な子を見るような目をして、


「ごめんね、こんな雇うか雇われないかの時にこんな不真面目なこと書くような人は雇えないよ」


「ええ、そんな…!」


「君は色々変な所はあるけどいい子だし真面目そうだし、ハーフパンツとサンダル姿でも履歴書ちゃんと書いてきてくれたら雇おうかなって思ったんだけど…いくら何でもこれは酷い…」


「ま、待ってくれ!」


俺は立ち上がって力説した。


「俺は今まで地球の学校に通ったことがないんだ、それに働いたこともない、だからそこに書けなかっただけで…」


「だからってこの経歴はないよ…うちの息子もこういうのとっくに卒業したよ中二病…。大人でこれ就活で堂々とやるとかキツイって…。あのさ、こういうおふざけはここだけにして、次からはやめたほうがいいよ?ね?」


「…」


結局、よく行くコンビニのアルバイトは落ちた。去り際アビダブから、


「気にしないでまた来てね。三井さんも私も待ってる」


と励ましと慰めの言葉を送られ、隣で三井さんもウンウン頷く中、アビダブはついでとばかりに忠告してきた。


「働きたいならスーツ。スーツと革靴必要。そんなカッコで就活だめ、どこも落ちるよ」


「そうそう、ハーフパンツとサンダルはNGだよ」


三井さんにもそう言われ送り出された俺は気を取り直し、すぐさまその足でスーツを買いに行った。


だが…。


「スーツ…高いな…!」


正規のスーツの値段の高さに俺はビビった。すると、シャンと背筋の通った女の人が俺に話しかけてくる。


「スーツをお探しですか?」


その声かけに俺はハッとした。


懐かしい響き。まるで防具屋で装備を買う時に言われるセリフそのまま…。


そうか、つまりこの全く防御力皆無の布地でも、この地球上では己の身を守る防具になるのか。

防具は大事だ、防具をケチると身の終わりだからな。…まぁ俺はチートだったからある程度の防具でも何とかなっていたが、この世界で俺は弱い存在。だとしたら金を気にして防具をケチるべきではない。


俺は防具屋…じゃない、スーツ屋の女の人に返した。


「予算はこれだけある、これで買える一番のスーツを頼む。革靴もあればなおいい」


しかし俺はそう言って後悔した。その店で一番のものを頼んだら俺の金が九割がた消えた。


家に帰った俺は自分の財布に入っている千円札を取り出し、見つめ、笑う。


「…十万あった俺の残金が一日で千円に…はは…コンビニの弁当二回買えるかも分からん…ふふふ…このままどこにも雇われなかったら俺餓死するんじゃないか…」


でもふと考えた。


このまま餓死したらまた女神様が現れて「ごめんなさい…私のうっかりミスでお金を与えなくて…」とか言ってもっと別の所に転生させてくれるんじゃないか?


でもすぐに思い返す。


それでもここは女神様の存在は遠い。もしかしたら死んでも気づかれないかもしれない、だったらむざむざと死ぬようなことは避けたほうがいい。


ともかく俺は最高級のスーツに身を包み、職業案内所に赴き改めて履歴書とはどういう物かを学び、近所の学校の名前を上げ連ねて無理やり学歴を作り上げた。


「いいですか、履歴書に嘘の申告を書くのはやめること。下手したら経歴詐称であとから大変なことになりますからね」


履歴書とはどんなものかと教わる中でそんなことを言われ、俺が嘘を書いたのがバレたのかとヒヤッとしたが、ただの注意事項だったようでそれ以上何を言われることもなかった。


そして斡旋された会社に面接までこぎつけた。

でもどこでも第一面接でひたすら落ち続けた。


「どうして…!」


職業案内所で落ち込む俺に、担当をしている緑さんはふくよかな顔をしかめる。


「だっていきなり私は勇者として活躍して…、だなんて言われたらねえ。ふざけてるとしか思えないわよ」


「本当なんだ…俺チート能力で世界を救ってきた勇者なんだ…信じて…!」


「うんうん。そうねえ、頑張ってきたのねえ。でもこの世界じゃ勇者なんて肩書は要らないの、もう少し勇者としてじゃなくて一般人の身によりそって生きてもらえる?」


「俺っ、残金あと四円しかないんだ!どこでもいいからお金もらえるところで働きたい、じゃないと今日から何も食えないんだ俺はぁあ…!」


ワァッとその場に突っ伏してむせび泣くと、緑さんは困ったなぁ、という顔をしつつ、


「それなら日雇いのバイトとかどうかしら。サイトに登録するの手伝うからスマホ出してみて?」


「スマホ…って一体?」


「え…?ほらこんなの」


「あ、それ道行く人皆が持ってる謎の板…。持ってないです…」


「…パソコンは?家でネット環境は整ってる?」


「ないです」


「…うーーーーーん…」


緑さんは悩みこんでしまった。そんなにスマホとパソコンって必要だったのか?


「それを買えば日雇いの仕事できるのか」


「でも四円じゃ…うーーーーん…」


しばらく唸っていた緑さんは、


「じゃあとりあえず…ここ、ここを最後の砦だと思って今から履歴書持って面接受けに行ってみない?」


「最後の砦…!魔王城の最深部の最後にあったあの砦みたいなものですね、あそこにはドラゴンが潜んでいて…」


「だからね、そういう中二病はもういいから。勇者の立場は一旦忘れて一般人として面接受けに行ってみて。あなたは今勇者じゃないの、普通に就活中の成人男性なんだからね」


あなたは今勇者じゃない。


その一言にはグサッときた。


俺は俺なりに勇者として生きてきた誇りがある、人々を救い喜ばせてきた自覚がある。それなのに…この地球上では勇者は必要とされていない。それどころか邪険にされて変人のレッテルを貼られている…。


「だが…最後の砦だ…」


まずは緑さんのアドバイスを真摯(しんし)に受け止めよう。俺は勇者だったがこの地球では勇者ではない、それならば普通に就活している成人男性として接しなければいけなかったんだ。


勇者としての立場は一旦置いておこう。思えば今まで勇者として質問に答えていたら一気にドン引きの表情をされてあとは流れるような会話で面接は終わっていた。


やるしかない、ドラゴンが守る最後の砦も単独突破した俺なんだ、命のやりとりもない、人と対面して話す程度のこと…!


「…いざ!」


俺はネクタイをクッと締め、ビルへと入った…。


* * *


「…何でだ…!?」


普通に勇者としての立場を置いておいて面接した結果、俺は落ちた。


「何がいけないんだ!俺の何がいけないって言うんだぁあああ!なぁんでだよぉおおおおお!」


部屋の中を喚きながらゴロゴロ転がる。


それでも誰も何も言ってくれない。元の世界だったら何もしなくても女の子たちが駆け寄って慰めたりしてくれていたのに…この世界じゃハーレムどころか女の子の一人すら近寄ってくれない…!

緑さんも俺に全然なびかない…いや別に三十歳も年上の年齢の人はさすがに恋愛の対象外だけど…!それでも元の世界だったらどんなマダムも俺にメロメロで飴ちゃんをくれたのに…!


「もう嫌だぁあああ!死んでまた異世界転生するうう!こんな苦しい世界もう嫌だぁああ!」


俺は泣きながら家を飛び出した。


「女神様、俺を異世界転生させてええ!お願いだからこんな世界から俺を解き放ってえええええ!異世界転生お願いします女神様あああああ!」


俺は叫びながら走る。


「お兄さん!」


通り過ぎざまに声をかけられ、俺は立ち止まって振り向く。そこにはスッと何かの本を持ち上げ、ニチャアと笑う人が立ってる。


「お兄さん異世界転生もの…好きなんですか?これとかお勧めですけど…」


「好きって言うか…俺が異世界転生してきた勇者っていうか…」


「ニチャア…これあげます。読んでください、布教用にあと数冊持ち歩いてるんで」


「…ありがと…」


何かよく分からん展開に冷静になってきて、困惑しながらもお礼を言いつつ本を受け取り近くの公園のベンチに座り本を読む。しかし読んでで段々とおかしくなってきた。


「…ハハ…この主人公、まるで元の世界に居た時の俺だ…チート能力…女の子ハーレム…次々と困難事を解決する勇者…」


読んでて段々と泣けてきた。俺の手元には四円しかない。ここ数日は水道水しか飲んでない。これで世界を救っていた勇者だって言うんだから笑い様だよ…。


「切ない…」


この本の主人公はこんな苦しい地球から異世界へ抜け出して成功と功績と肩書を手に入れる。

対して俺は元々あった成功も功績も肩書も全て失ってこんな異世界に転生してる…。こういうの、日本じゃこう言うんだよな。


「負け犬…」


「は!?誰が負け組だって!?」


目の前から怒りのはらんだ声が返って来て、顔を上げた。


「誰が負け犬じゃいコラァ!」


「おいおいやめろって、この人関係ないだろ」


目の前には六人の若者の男たちが立っていて、俺に向かって怒る人を他の人たちが止めている。


「いや…なんかすまん…独り言だから気にしないでくれ…」


メンタルが落ちこんでいる今、ボソボソとした卑屈な声しか出ない。


すると怒っている男を抑えているうちの一人がジロジロとみてきた。


「お兄さんガタイいいっすね、スーツ越しでも分かりますよ。何かスポーツやってたんですか?」


「勇者を…やってたんだが…。でもこの地球じゃ何の役にも立たない肩書で…」


目の前の若者たち…怒ってた男も黙り込んで、全員が視線を合わせた。


ああ、またドン引きされてんだろうな…でも本当のことだし…。


すると目の前の男たちは顔を明るくして、身を乗り出してくる。


「勇者!?」


「そんなスーツ姿で勇者やってたんですか!?」


思ったよりドン引きもせずむしろ俺の話に喰いついてきたから俺のほうが驚いた。


「いや…これは、こっちの世界の防具だから購入しただけで…」


「スーツがw防具wwww」


「いやお兄さんそのキャラ最高っすね、どうですか俺ら今からサバゲーしにいくんですけど暇なら一緒にいきません?」


「サバゲー…?」


「移動しながら説明します、昼間から公園のベンチ座って本読んでるんだからどうせ暇でしょ行きましょうよ。俺、(あずま)っす、よろしく」


怒ってきた男、東も今は満面の笑みで俺を促し歩いていく。


何が何だか分からないまま一緒に移動し、サバゲーというのを説明された。

それはサバイバルゲームの略、敵味方に別れ、相手をおもちゃの弾で撃って倒す遊び。


「で、うちのチーム名は『オーグル』っていうんですよ。外国の巨人の名前です。そんで今回はせん滅戦、相手全員倒した方が勝ち」


「せん滅…こんな平和な国で…」


「いやだから遊びですって、実際に殺しあいはしないですから」


確かに遊びだとは聞いていたが、それにしてはサバゲー会場で着替えた皆の服装は戦闘に適した動きやすく自然に紛れ込めそうなものばかり。


とりあえず俺は飛び入りのため、スーツ姿に余っているゴーグルとヘルメットを借りて参加することになった。


そして今日戦うのはオーグルチームと因縁のある、チーム『にゃんこらしょ』


何だか気が抜けるチーム名だが話によるとめっぽう強いようで何度戦っても負け続け。

しかも相手のリーダー格の入田という老人はすぐに煽ってくる性格で、オーグルチームが負けると、


「また負け?いつうちに勝てるの、この負け犬ぅ」


と小馬鹿にしてプークスクスと笑ってくるようで、そのせいで俺の「負け犬か」の呟きに東はものすごく反応し怒ったようだ。


サバゲーの場にたどり着くと、対戦相手、にゃんこらしょチームも到着して装備に身を包んでいる。


「今日もよろしくおねがいしまーす」


「お手柔らかに」


こっちのオーグルチームの年齢層は全員が若めだが、向こうの年齢層は全員がバラバラ。子供もいれば、緑さんと同じ年齢ぐらいのふくよかな体型の女性もいる…。恐らく一番前にいるご高齢の老人が嫌味を言ってくる入田という人なのだろうことはすぐ分かった。なぜならば、


()りずに今日もまた挑むとか。どうせ私たちの勝利で終わりますけど」


と言いながらプークスクスと笑ってきたからだ。激怒するレベルではないが少なからず(かん)に触るのは間違いない。こちらの全員が入田の言葉にイラッとしている。


だが…。


「怒るな、怒ると気がそぞろになって隙が生まれる」


皆の肩を叩いて回って、俺は続けた。


「勝ちたいならどんな時でも冷静にいないといけない、怒れば相手の思うつぼだ」


俺は入田という老人、子供、そして緑さんと同じ年齢ぐらいの女性を見る。


にゃんこらしょチームは他にも三人いるが、主に強いのはこの三人だな。特にこの入田という嫌味をいう老人はただ者ではないのは分かる。白髪頭の年齢ではあるがそれでも体幹も筋肉も衰えていない。しっかり立つその姿勢から見て取れるのは強者の余裕。


入田は俺を真っすぐ見て、


「随分と立派なスーツと革靴ですねぇ、汚れますよ?それとももう就職決まってそのスーツ必要なくなったとか?」


今までいくつもの会社を落ちたのを思い出し、グサッと言葉が刺さる。


「う、うるさい!これは俺の防具…!」


「おーい、冷静になれっつったのどこの誰ですかー」


オーグルチームのツッコミ役、笠間が俺の肩をポンポン叩くから俺もハッとしていけないいけないと首を横に振る。


「おやおやぁ?その反応から見るにまだ求職中のようですねぇ?まぁたまにはこういうのでストレス解消もいいですよねえ、プークスクス」


にゃんこらしょチームは向こう…自分たちの定位置へと歩いて行った。


「…これは…どうしても勝ちたいな!」


「だろ、分かるだろ、腹立つだろ、どうしても勝ちたいだろ」


東の言葉に何度か頷きつつ、大きく息を吸って吐いてを繰り返す。


「…主に強いのは三人だな。あの入田という男に、子供、それと緑さんと同じくらいの年齢の女性」


するとオーグルチームの全員が驚いたように目を見張る。


「え、すごい何で分かったんすか」


「そこ何も説明してないのに」


俺は答える。


「見たら分かる。気迫がまるで違う、特に入田だ」


東は頷いた。


「そう。入田さんめっちゃくちゃ強い。それにあの子供は小学生の田中、すばしっこくあちこちを駆けまわって混乱させて当ててくるのが得意な戦法。それとあの事務のおばさんみたいな人は南方さん。スナイパーですげえ遠くから狙う名手なんだ」


なるほど…。


「俺らも定位置に行こう」


言われて俺らもスタートの場へと向かい、もう少し細かいマナーなどの説明を聞いているうちにサバゲーがスタートした。


とりあえず俺が言われたことは、弾を当てられそうだと判断したらとにかく撃てということ。


「頭とか目を狙わないのが一応マナーですけど、それでもまぁお兄さん初心者だからとりあえず撃てそうなら撃っちゃってください」


と笠間に言われている。


だが…南方というスナイパーがどこから狙い、どこから田中が現れるのかを気にしながら動かないといけないのが中々厳しい所だ。それに入田の動きも…。


あれこれ考えながら木製のバリケードを背にし辺りを探ってみる。あちこちを人が動いている音はする。

と、近くで人が動きだした音がした。


俺はその音のする方向へ銃を向け、トリガーを引く。


ガガガッと音がすると同時に人が現れ、「うわっ」と叫んだ後に「ヒット!」と叫んで情けない顔をする。


「えーちょー、なんでそんなスーツ姿と革靴でそんな動けるんですかー。うわー最悪―」


文句タラタラながらもにゃんこらしょチームの一人は両手をあげフィールド内から立ち去っていく。


すると遠くで弾の音と共に「ヒット!」と声がした。この声は笠間か?

そう思っていると次々に「うわっ」と驚く声と「ヒット!」という声が立て続けに起きる。


「…!」


音の方向、声の出る場所からして素早く移動してこちらに近づいてきている。


それにこちらはものの十秒程度で一気に三人居なくなった。参加人数は向こうが六人、こちらも俺を含め六人…ならば今こちらに居るのは三人、向こうは五人。


俺は動いた。恐らく音の感覚からして素早い者が暗躍している。だとしたら田中だ。


ある程度近づき自然に生えている木の影にかくれ耳を澄ます。


かすかにではあるが音はする。土を踏みしめ、素早く移動する音…。


田中はヒョコッと木製の板から顔を出し、辺りを伺ってスッと半身を出した。


―この距離ならいけるか?


スッと体を出そうとしたその瞬間、ゾワと足に鳥肌が立ち、すぐさま木の影に隠れ直した。


瞬間俺の鼻先をかするようにヒュンと弾が通りすぎていく。


危ない、あのまま飛び出していたら俺に弾が当たっていた。恐らく今のは南方の弾だろう。だとしたらあちらの方角にいるのか…。


と、俺の隠れる木の影に向かい転がりながら田中が現れ、そのままババババと乱射する。

同時に俺はジャンプし木の枝に片手でつかまりそのまま回転しながら枝に着地した。


「うっそだろ、今のヒットじゃねえのかよ!」


「残念だが、当たっていない」


だが正直ギリギリだった。俺は枝の上から田中を撃った。


「あああああ!こんなのありかよチクショー、ヒット!」


田中は俺を睨みあげ、


「てめえ、覚えてろよぶっ殺してやる!」


「暴言はマナー違反だと先ほど俺は聞いたが?」


「…」


田中はプクー!と頬を膨らませ、両手をあげ足音も荒くフィールドから出て行った。

ともかく一人危険な者は減らした。次は…南方にいくか。


「ヒット!」


「ヒット」


今のは味方か?相手方か?どちらにせよ声は同じ所から聞こえてきたから相撃ちかもしれない。

ともかく南方の弾が飛んできた方角へ慎重に素早く移動していく。


「ヒット!」


更に声がした。こんな始まって短時間でヒットコールの連続。何となくだがほとんど一方的に押されているような感覚がする。これは田中に三人やられたのが効いているな。


それにしても弾が撃たれた角度からしてこの辺の位置に南方がいると思うんだが…。


キョロキョロしながら移動して…フッと気づく。明らかに木の影から南方のであろう大きい尻がはみ出ている。


「…あのう…」


いくら何でも木からはみでている女性の尻を撃つのは申し訳ないから声をかける。と、ジャコン、と音がした。


「あのねえ」


南方の声が木の向こうから聞こえる。


「そういう優しさ、仇になるわよ」


そう言いながら体格に見合わない素早さで木の幹から飛び出し、こちらに向かって発砲する。

だが分かる。魔法と違いこの弾は真っすぐにしか進まな…。


避けたが、ギョッとした。


弾が次々にこっちに向かってきている。一発だけじゃないのかその銃は!?


「うおおおお!」


バク転と側転の入り混じった動きでギリギリかわし、片手で逆立ちしたまま南方目がけ撃った。正直当たるとは思っていない。そのまま態勢を立て直すため逃げ…。


「チェックメイトですねえ」


逃げる先に入田が立っていた。


「しまっ…」


すると誰かが横から飛び出し、俺をかばうように俺を重なったドラム缶の影に押しのける。


「東っ…!」


バババババッと音が鳴り響き、東に連続で弾が当たる。東は叫んだ。


「ヒット!」


「東…」


「へへ…他の全員やられちまったよ。残ってんのはお前と、そこの入田さんと南方さんだけだ」


「そんな」


「後は…頼んだぜ…」


東はそう言うと、そのままガクリと…じゃなく、両手を上げフィールドから去っていった。


「…ねえ」


ドラム缶の向こうで南方が入田に話しかけている声がする。


「さっきのスーツの子の弾がヘルメットからはみ出てるアタシのパーマに当たったんだけど、こういうのってヒットになるっけ?」


「…。ん~~~~…髪……も一応体の一部だからヒットじゃないですか…?」


「マジか…。じゃあヒット…」


南方はそう言うと両手を上げドラム缶脇を通り、俺をチラと見てフン、と笑う。


「アタシを撃ったのは旦那以外であんたが初めてだよ。まあ旦那は木からはみ出たアタシのケツを躊躇なく撃ちやがった最低な野郎だけどねえ!」


アッハッハッハッと豪快に笑いながら南方は消えていくが…。残りは俺と入田の二人だけ。そしてこのドラム缶の向こうにいる…。


…ん?


いや、気配が消えた。南方と会話しているうちに距離を取ったか。


様子を見ようとチラと覗こうとしてゾワ、と鳥肌が立って足の筋肉がピク、と動く。

何を考えるまでもなくその場から飛び上がりドラム缶の反対側に回転しながら着地する。


同時にさっきまで居た場所に銃声が響いた。


「おっと勘の鋭い奴だ」


遠くに立ち去ったと見せかけ近くに潜んでいたか。


「元男子体操の選手ですか?そのジャンプ力と回転の仕方は」


「体操はしていないが、勇者を少々ね」


「勇者ねえ。あれですか?中二病ってやつですか?」


入田の動く音がする。無駄のない移動の音。けん制で俺は撃って遠くの木の板の影に隠れる。


「勇者なんて職業、日本には…いやこの世界に特に必要ないでしょ、何と戦うっていうんですかモンスターもいないのに」


「…そうだ。戦うものは何もない」


だからさっきまで読んでいたような異世界転生小説のような上へ、上へ飛躍する活躍は何もできない。だから下へ、下へと埋もれていく…。


「…だが」


沈み込んでいる俺にオーグルチームの皆が声をかけてくれた。勇者だと伝えても引かず、このようなゲームに誘ってくれた。そしてゲームとはいえこのような戦いに身を投じて俺は改めて分かった。


「俺は…戦うことしかできない」


「ほう」


入田の声が少し遠のいている。俺はフッと入田の声がする方向を見て気づいた。


あちらにはヤグラが建っている。


いけない、高い所を取られたら不利だ。


その場から動こうとすると正確無比に俺が足を置こうとした地面に弾が飛んでくる。


くそ。後ろ向きにこちらを撃っているだろうに何だこの命中度の高さは。

だがこのまま隠れていてもどちらにせよヤグラに登られ不利な状況になる。


木の板から飛び出す、するとそれを待っていたかのように入田はこちらに銃を向け真っすぐ待ち構えていた。


入田はニカッと笑う。


「あなただったら出てくると思いましたよ。私がヤグラに登るのを阻止すると思って」


「…!」


フェイクだ。少し離れヤグラへ行くと見せかけ俺を木の板から引きずりだすための嘘…!


「こういう頭脳戦も楽しいでしょう?」


入田の指が動く…。


「う、うおおおおおおおお!」


思わず頭を狙い引き金を引く。入田もババババと弾を撃ち、その全てが俺の体に当たる。


「…!」


当たった…。


「…ヒット!」


両手をあげると、入田も手をあげた。


「ヒット」


「…え?」


入田は自身のヘルメットを指さす。


「あなたのやけくそ弾がね、私のヘルメットをツルーと撫でるように一発当たりました。ヒット」


「…ということは?」


「引き分けですね」


「…」


呆然としていると、雄たけびを上げながらオーグルチームが駆け寄って来て俺を取り囲む。


「やったぁ!引き分けでもにゃんこらしょチーム相手にこんな善戦できたのこれが始めてだよ!」


「引き分けでもすごいって!」


「田中と南方の二人倒したでもすごいのに入田と相撃ちとかほんとう凄いって!」


「マジ半端ねえって!」


皆がわぁわぁ言って盛り上がる中、入田がスタスタ近寄ってきた。


「あんたさあ」


何か嫌味を言うつもりかと多少身構えると、入田は続ける。


「自衛隊とか興味ない?」


「自衛…隊?」


「私元自衛隊員なの。ちなみに自慢ですけど、私こういう訓練でも射撃でも右に出る者が居なかったくらい優秀だったんですよ、んふふ。あんた動きもいいし体力ありそうだし、俺は戦うことしか能がないっていってたじゃない。どうよ」


別に戦うことしか能がないと言った覚えはないが…。


「自衛隊は…戦う職業なのか?」


「まぁ戦う時は戦うけど、どっちかといえば人を守るのがメインかな」


守る…。


その言葉にハッとした。


思えば俺は勇者として様々なものと戦ってきた。でもどうしてその戦いに身を投じていたのかといえば…モンスターに、魔王に苦しむ皆を守りたい思いから始まったんだ。


皆を守りたい、そのために戦う。

でもいつのころからか戦う、そして皆に愛され尊敬されいい生活を送る、それが主体になっていなかったか。


今…勇者勇者ともてはやされていくうちに、最初に持っていた大切な気持ちを忘れていたことに、俺は気づいた。


その場にいるオーグルチームの顔を見渡す。なんて嬉しそうな顔だ。

遊びでも俺は…俺の力でこの笑顔を作り上げられた。そうか、そうなんだ、この平和で勇者の必要のない世界でも俺の力を必要とされる場面も少なからずあるのか。


だとしたら、俺は…。


「…その自衛隊とやらにはどうすればなれる」


「あ、なる気ある?それならねえ…」


* * *


あの後は自衛隊になるためには、という話をあれこれと入田から聞いてきた。


だが…。


「自衛隊の試験に受かるまで…飯をどうするかだな…そもそも日本の筆記試験とやらにどんな問題が出るのかもさっぱり分からん…」


俺の残金は相変わらず四円のまま。このままじゃ試験を受ける前に餓死…。


「…ーい…」


「ん?」


頭を動かす。


「おーい!聞こえるー?」


「この声…!女神様!?」


頭を動かすと、小さい家のような箱の中から声がする。覗き込むとその小さい家のような中に小さい女神さまが立っていた。


「女神様…どうしてここに?」


「どうしてここに?じゃないわよ、この日本じゃこういう祠とか神社に神は現れるものだから、何かあれば神社にねって言ってたのに。それなのにあなた全然寄り付かないんだもの、しょうがないからこっちから声をかけちゃったわ」


「いや…そんな説明俺は聞いてないぞ」


「…え…?」


「説明を忘れてたな…?」


女神様は俺の視線を避けるようにしながら大きく手をふりかざすと、祠に現金がポンと現れた。


「ほら、お金!これからは神社に寄ってくれたらお金用意するから定期的に寄ってね、どこの神社でもいいからね!アハハ!」


誤魔化すように早口で伝える女神様だが、この支援は素直にありがたい。


「…これで餓死しないですむ…水道水のみの生活ともおさらばできる…残金四円の生活も終わる…!」


涙ながらに現金を手に取ると、女神様はそんなに大変な生活を送っていたのね…とホロリと涙を流す。


「私のうっかりミスでごめんなさい、私もこの地球は初めてだからまだ手探りの状態で…。でも二度もあなたの命を私のミスでなくしはさせないわ。これからは私も気をつけてなんの苦もなく楽な生活をすごせるように手配するからね」


「…」


「ん?」


黙り込む俺に女神がどうかした?とばかりに小首をかしげてくる。


「いや…それでも俺は勇者だ」


「…。でもね、この世界じゃ勇者は…その…」


「特に必要とされていない職業なんだろう。それは十分に言われ続けてきた、中二病だと」


「…うん…」


「俺は戦うことしかできない」


「そんなこと…」


女神の言葉を遮り俺は続ける。


「だから、戦いで人を守る職業につきたい。そう選択した。守りたいんだ、俺が勇者として名をはせるきっかけになったのも、皆を守りたいっていう気持ちから始まったものだから」


「…」


「まあ…それもまずは試験に合格しないとなれないらしいが…それでもやってみたい、いや、やりたいんだ」


女神は笑みを浮かべ「ゆっくりすればいいのに」と呟きながらも身を乗り出す。


「それなら私もその夢を完全フォローするわ。何か必要なものがあればすぐに言ってよ」


その言葉に俺は即座に返した。


「学歴!履歴書に堂々と書ける最終学歴!」

オーグルは『長靴をはいた猫』に出てくるラスボスの名前です。

最終的に「でもあなた、豆つぶになれないでしょ?」と長靴をはいた猫に煽られ豆になり、そのまま猫に食われて終わる。豆はネズミに変わってるパターンもある。

だから相手チームは猫っぽい名前。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  大変すぎる。いや、誰も笑ってはいけない。  どこかの国でも起きているし。 [気になる点]  ソビエトのスナイパーと戦っていて、木の上にいるやつ倒したら年端も行かない女の子だった話を思い出…
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