第65話 追憶、氷の温もり
「…ゴホッゲホッ」
変な時間に目を覚ました…。
俺が死ぬと言われてから1週間経過。身体は…少しずつだけど弱ってきている。
あ、いや完全に体力がなくなったとかはないけど、全身が痛いことがあったり廊下を歩いていると軽く立ち眩みが起きたりとかも起きた。
奇跡的に誰も見ていなかったからよかったけど。
…今は23:48か。椿の姿や声が聞こえてないからまだ俺の中で眠っているのだろう。
「あー…クソ」
ベッドから立ち上がり洗面所に向かい水を口に含んでゆすぐ。
ペッと排水溝に吐き出すと、口に含んでいた水はやや赤く染まっていた。
「はぁ…」
ある意味ショッキングな景色かもしれないが…どうでもよかった。
洗面所から椅子に座り軽く息を吐く。
眠気は完全に無くなっている。変な時間に起きてしまったのもあるが…。
そういえばこの学園に来てから『振り返り』とかしたことなかったな。
折角だ、今の時間にしてしまおう。
俺は机の引き出しからアルバムと写真の束を取り出した。
一枚一枚丁寧に写真を確認していく。
「これはクラスで撮った写真か…相も変わらず変な顔をしてるな、俺」
気が付けばクラスの一員となっていて、みんなと笑顔で過ごせている。
…今は違うかもだけど。
とりあえず確認した写真をアルバムの中に仕舞っていく。
俺の大切な思い出だ。
これは臨海学校の奴で…これが学園祭の奴で…これが生徒会副会長就任記念の奴で…。
(思えば、後期に入ってからは雪華さんのお陰で人と接する機会が多かった気がする)
今思うと最初のコンタクトは中々に刺激的だったな。
雪華さんと戦って、俺のAGのコーチになるって事になって、マニュアル操作を習った。
あの時は本当にきつかった。御影先生の対AG用の訓練に比べたら流石に雪華さんの方が優しくはあったが。
それからだよな、水津の事をお願いされたのは。
名前は思い出せないけど体罰をしていた教員をぶん殴って拡張武装の手伝いをして、海神が出来上がった。
そして運動会。結局、ケーキは食えなかったし。
(んで、俺が去ってストリームとして活動しているときに…)
俺を雪華さんが付けていてよく分からない組織に襲われて、そこを助けに行ったくらいか…。
「…俺にとっての『当たり前』、か」
ふと思い出す。俺が雪華さんに言われた事。
俺の身体や精神が傷つけば傷つくほど、周りの人間の心も傷ついてしまう。
俺の思う『当たり前』は雪華さんたちにとっては辛いこと。
何故雪華さんたちが傷つくんだ?
俺はただ皆を守るだけだ。
みんなと一緒に…笑って過ごすために…?
「…何で、今俺はみんなを渇望した?」
自分の精神の中に謎の歪みを感じる。
どうせ俺は死ぬ。
孤独で…。
ーー孤独で…?
「…は?」
ぽたっと握っていた一枚の写真に水滴が零れる。やがてそれは俺の瞳から流れた涙だと理解した。
何故泣いているんだ俺は。
どうせ一人で…。
一人で…?
「い…やだ」
『一人は嫌だ』
『もう一人は嫌だ』
『一人にしないでくれ』
『俺から離れないでくれ』
頭の中で木霊する。俺が『孤独』を嫌う声が。
俺は親を失って一人になった。明奈を守れずに一人になった。
だから…慣れているはずなんだ。孤独に。
なのに…!
「何で…今になって…!」
どれだけ目元を拭っても涙は止まらない。
「クソ…クソッ!!」
行き場のない悲しみと行き場のない怒りが思考を支配する。
何故俺は泣いている。何故俺は泣いている。
何故俺は孤独を嫌う。何故俺は孤独を嫌う。
慣れているはずなのに。慣れているはずなのに。
すると。
ーーコンコン
「!!」
「雪華よ。春斗君、起きてる?」
扉がノックされた。
ノックしたのは雪華さんのようだ。
でも、今の俺の姿を見せるわけにはいかない。
俺は…息を殺し、居留守をすることにした。
「…寝ているのかしら」
特にこれといった物音を立てず静かに待機していたおかげで雪華さんは俺が寝ていると勘違いしたようだ。
このまま静かにしていれば…。
『行かないでくれ』
(黙ってくれ…!)
俺の中の声が雪華さんに行くなと声を掛けようとする。
ドアに向かって歩きドアノブに手を掛けようとする。
俺はその伸ばした腕を握りしめて二度と伸ばさない様に身体に付ける。
頼む、行かないでくれ。
頼む、止めてくれ。
ーー助けてくれ。
「…ッ!!」
俺は頭のなかに流れ込んだ単語が聞こえた瞬間、思いっ切り壁に拳をたたきつけた。
「はぁっ…!?」
絶対に俺が言わない、言いたくもない言葉がよぎった。
俺が…。
「ちょっと春斗君!?どうしたの!?」
しまった。壁に拳を叩き込んだせいで音が鳴り雪華さんにバレてしまった。
最悪だ…!
無理やり涙を拭い、悲しみを抑え込んで扉を挟んで話す。
「何でもないです…ベッドから転げ落ちただけなので」
「そ、そうなの?身体に異常とかは?」
「大丈夫…です」
「ならいいけど。でも、もし何かあったら真っ先に言ってね?」
「は…い」
何とかバレずに済んだみたいだ。よかった…。
いつの間にか俺の頭の中に流れていた声は消えていて、安堵する。
「…」
◇◇◇
(本当に馬鹿ね…)
その程度の嘘を見抜けないくらい私も落ちぶれていないわ。
…こういう気持ちなのね。
好きな人が苦しんでいるのに、何も出来ないという悔しさは。
今すぐにでもこの扉を壊して春斗君を抱きしめて慰めることくらい造作もない。
でも…。
(それをした場合、一番苦しむのは…春斗君なのよね…)
彼は常に自分の命や存在を蔑ろにし、他人を、私たちを助けようとする。
自己犠牲の精神は否定しないわ。AGに乗って戦っている者としてもとても素晴らしいものだとは思う。
だからといって…ここまですると思わなかったわ。
出会った当初は素質がある少年だと思っていたけど、元々が壊れていた子なんてね。
…。
桐ケ谷家の情報網で九条春斗君の身に起こったことや過去について色々調べてきたけど、一番大きいのが『50人の高校生暴行事件』。
春斗君の元彼女である明奈さんが攫われて主犯および手下という手下を単独でなぎ倒し、事件を力技で解決した。
…今でも春斗君は明奈さんを守れなかったことを悔んでいる。
彼氏であるはずの春斗君が明奈さんを守れなかったと悔み、心に傷を負い癒えない傷となっている。
私や水津ちゃんと言った全員で何とか出来ないかなとは思ったけど、これは彼自身が治さないといけない傷というのは確か。
…でも1つ不可解なことがある。
彼の守る理念、つまるところ行動原理が分からない。
家族を守る、友達を守る、恋人を守る。
それらの意志と一緒に何かがあるように思えるのよね。
(…考えているだけ無駄ね。一旦、退散しましょう)
ここで考え込んでいたところで春斗君の様子は良くならない。
…本当は嫌だけど、退散しましょう。
と思った瞬間。
「くっ…ひぐっ…!」
「!!」
彼のすすり泣く声が聞こえた。
泣く声が聞こえた瞬間、私は本能的に扉を開けてしまった。
そこには
「雪華…さん?」
「春斗君…!」
両目から涙を流し続け、いつもの彼とは違う弱弱しい姿で床に座り込む春斗君がいた。
そして私は彼を抱きしめる。
「な…んで」
「馬鹿ね、あんなあからさまな嘘に気づけないと思ったの?」
「…うぅ」
「大丈夫?」
「…分かりません」
いつもの様に元気なふりをするのかと思ったけど、今回ばかりは違うみたい。
誕生日の時のように、修学旅行の時とは明らかに様子が変。
…もしかすると、『死が近くなった』ことがトリガーになって彼の心に何かしらの変化が起きているのかもしれない。
「雪華さん…俺は、俺は…」
「落ち着いて、お姉さんは何処にも行かないから」
「俺は…!」
私はより一層春斗君の身体に回した腕に力を籠める。
きっと彼が元気な時はこんな行動は出来ない、私は…春斗君が好き。
顔を赤く染めてしまうかもしれないから。
でも…今回ばかりはくよくよしてられない。
また涙を流さない様に、春斗君の心の傷が少しでも癒えるように、私の腕で彼の傷を塞げるように…優しく。
春斗君を抱きしめた。
ーーー
「落ち着いた?」
「は、はい…多少は、ですが」
「会話できているだけ十分よ」
私は春斗君を抱きしめて落ち着かせた後、名残惜しいけど一度離れて春斗君を椅子に座らせて向かい合う形で私も座った。
「それで…何が起きたの?」
「…」
「言いずらいなら言わなくてもいいわ」
「…雪華さん」
「なあに?」
「俺は、孤独…何でしょうか」
急に春斗君がらしくないことを言い出した。
「もし君が孤独なら君の周りには人はいないはずよ」
「分かってます、でも…」
「…もしかして死んでしまったら一人になるって思っちゃった?」
「…」
春斗君は私の問いに対して小さく縦に頷いた。
…本当に。
「君は優しいね」
「…俺がですか」
「うん、優しいよ。それで温かい」
「温かい…」
彼は今まで死を恐れたことは無かった。
何度だって皆の為にと奮い立たせ、立ち上がりどんな障害でも立ち向かって見せた。
でも…それ以上にみんなの事を考えすぎて、自分という存在価値が分からなかった。
それは今でもそうだとは思う。自分の存在価値が分かっていないからこそ、きっと孤独に死ぬと思い恐怖してしまった。
だから…誰よりもみんなのことを考える優しい青年だからこそ、耐えきれず泣いてしまった。
「春斗君」
「…はい」
「君は一人じゃない、皆が居るよ」
「…うぅっ」
九条春斗君。
誰よりも優しくて、誰よりも勇敢で、私が初めて異性で好きになった人。
そして学園の中で一番の負傷を負っている子。
その傷は目に見えるものじゃなくて、彼を知ってから知ることが出来る心の傷。
私には彼の傷を完全に癒すことはできない。傷があまりにも大きすぎるから。
でも何もできないわけじゃない。その傷が少しでも塞ぐように出来る。
だから、ね?
(今くらいは甘えてもいいのよ?)
そうして私はまた涙をこぼし始めた春斗君を抱きしめた。
誤字脱字、語彙力がほぼ皆無に等しいのでミス等がありましたらご報告お願いします
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超絶不定期更新ですがご了承ください…




