第64話 黄昏は近くても。いつも通り、普段通り、従来通り
物静かな医務室の中。
そこには眠る少年とそれを囲うように見ている少女たち。
「…春斗」
葵はあの時の春斗の様子を思い出す。
時間は遡り4時間前。
葵を含めた全員は、あの謎の生物というべきか機械というべきか分からない生命体と戦っていた際に撤退を余儀なくされた。
理由は単純明快。パワーエネルギーが無くなりかけ戦闘を続行できるような状態にならなかった。
あの生命体は自身の傷を再生し、明確な弱点もない。
そして全員に撤退の命令が出たのだが、ただ一人撤退しなかった者が一人。
それが今寝ている九条春斗のみ。
「…まさか、コイツが命令違反するとはな」
眠っている春斗の顔を除く御影先生。
確かに春斗は在学中の任務もかなり無茶をしでかすことは多かったが命令違反をするまではなかった。
今日にいたるまでは。
「それで春斗さんの状態は…?」
「命に別状はない。だが…」
すると御影先生はUSBメモリーを取り出した。
「それは?」
「九条の懐にしまってあった物だ。恐らく外部から入手した代物だろう」
「…」
「…それでこの中に合った情報を柊木先生や桐ケ谷雪華と共に確認したのだが、はっきりというととんでもない物だった」
「とんでもないもの…」
御影先生はビジョンシステムで展開されたデータをその場にいる少女たち、葵、フレヤ、アナスタシア、レベッカ、水津、アイヴィーたちに共有した。
「こ、これって…!!」
その中身の情報には悍ましいモノがつまっていた。
春斗の中に宿る赫蝶の起源や過激、非人道的な人体実験の数々。
そして…その実験による犠牲者たちの名も。
「こ、こんなのって…!」
「…酷い」
恐怖、道徳、法。
その全てを無視した実験。
しかも、全ての実験台は幼い子供たちばかり。
『この先の未来を踏みにじる』、そのように受け取られる行為。
「椿、だったか」
「…はい」
御影先生がその名を呼ぶと寝ている春斗の肉体から赤い蝶が飛び出して形を形成していき、姿を見せた。
「この資料を見て何か思い出すことは?」
「…ありません。ただ同時に得体のしれない恐怖を感じます」
「記憶は無いが肉体が何かを覚えているようだな」
「…えっと御影先生」
「何だ」
「何故この情報を僕たちに?」
レベッカが何故この場にいる人たちにこの情報を見せたのか。
「…心して聞け」
御影先生の声色がいっそう重くなる。
「九条春斗の事なんだが…恐らく、いや確実に言えることがある」
「…コイツに」
ーー死が近づいてきている。
◇◇◇
「…え?」
御影先生の言っていることが理解できなかった。
春斗に、死が近づいてきている?
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!御影先生、それはどういうことですの!?」
「…言った通りだ」
私の隣に立っていたフレヤが声を荒げるが、御影先生は淡々と告げ私たちに別の資料を見せた。
「『適合手術』…?」
「本来、春斗の中に宿る赫蝶という存在は適合手術を受けなければ宿すことは出来ないらしい」
「え、でも春斗は」
「あぁ、適合手術を受けていない。というよりそもそもの話だが、この適合手術に成功例は1つとしてない。全員…死んでいる」
「なのに春斗は使えるんですよね」
「あぁ、そこも謎だ」
「しかし、何故それで春斗に死が近づいていると?」
「…」
次に見せたのは春斗の身体の写真。
「これは入学して当初の九条の肉体の状態だ。この時は健康な肉体だったが」
その次に映った春斗の肉体の写真を見た瞬間、私たちは絶句した。
「…分かるだろう」
春斗の左半身、というより右腕を除いた部位の所々が黒く染まり赤黒いヒビのようなものが出来上がっていた。
前に春斗がIGD学園から去り、京都で巡り合った際に説明された『自壊』。
それが今起きている。
「先程話した適合手術、それで犠牲になった者たちは『全身にヒビが出来てバラバラになり死亡』している。今、春斗に起きている症状と同じだ。となれば」
「…春斗の身体には適合手術の影響が出ている、という事ですか」
「アイヴィーのいう通りだ」
…春斗が…死ぬ…?
「何故このような症状が出ているのかもわからない、抑制方法もない。そうなれば」
「春斗が…」
「あぁ。死ぬ…かもな」
淡々と告げられる想い人の状態。
死ぬかもしれない。
春斗が…また…離れてしまう。
「どうしようも…ないんですよね」
「…現時点ではな」
このままでは春斗は死んでしまう。
対抗策も、抑制方法も何もない。
(…。)
思えば私は春斗のお陰で変われた。
ずっと…昔から一緒に過ごしていた。
いつも同じ道を通って学校に通い、いつも同じように二人で過ごしてた。
いじめから解放され、クラスメイトからよく付き合っているとか色々な事を言われていたが
『気にしなくていいから、ずっとボクは葵の味方だよ』
今でも思い出せる、彼の…笑顔を。
春斗の笑顔を。
でも…今の春斗は笑えているのだろうか。
(…春斗)
私はそっと彼の右手に触れる。
春斗の右半身がナノマシンで補強されていた時は驚いたが、その程度で私の思いは潰えることはない。
軽蔑もしない、彼と同じように私も今の春斗を受け入れた。
…そんな彼は心から笑えているのだろうか。
ずっと…ずっと思っていた事がある。
(私は…)
瞳から零れた涙が春斗の右手に落ちる。
私は何度、彼を失えばいい。
私は何度、春斗から引き剥がされるんだ…!
昔から春斗に救われてばかりだ。
救われるたび、笑顔を見るたび、一緒に過ごす日々を重ねるごとに春斗に対する想いが積み重なっていく。
…だが日々を、戦いを重ねていく内に春斗の身体には無数の傷がついていく。
どれだけ傷つこうとも折れぬ姿は春斗らしいといえばらしいが…限度があるだろうに!
私は、怖い。
また何処かへと行ってしまうかもしれない、手が届かない所へ行ってしまうかもしれない。
そうなってしまいそうで…私は怖い。
(…どうすれば)
◇◇◇
「…?」
目を覚ます。
赤い彼岸花の花畑…じゃない。
波打ち際の砂浜。
ザザーンと波の音が耳に響く。
「…」
先にはずっと地平線が続いている。でも俺は歩いた。
先に何もなくても、ただ…ひたすらに。
「海…か。そういえば一度も来たことはなかったな」
自分自身の目で生で初めて海を見た。
あの赤い彼岸花の花畑や桜木とは違う美しさが目の前に広がっている。
「…」
俺は砂浜に腰を降ろした。
波はギリギリ俺の足に届かず、一定の周期で来たり帰ったりしている。
「…あの後、俺はどうなったんだろう」
意識を失う前の景色を思い出す。
一心不乱に暁光来光のレーザーダガーとクローで鴉を突き刺し続け、意識が無くなるまで狼と戦い続けた。
正直、無理をしたことは分かってはいる。でも…引くわけにはいかなかった。
まだ桐生青葉という少女を助けられていないし、仇討ちも出来ていない。
「…」
椿の声も聞こえない。愛想が尽きたのだろうか。
「なぁ」
誰もいない空間に話しかける。
「アンタはどう思う?」
誰も居ないことはわかっている。だが本能的に、あるいは気配を感じ取れたのか分からないがそこにいるモノに話しかける。
「…1つ、話を聞いてくれないか」
俺は話し始めた。
「『俺』…って何なんだろうな」
ずっと考えていたことを話し始めた。
「俺は人じゃない。右半身をナノマシンで補強され、ギアが搭載された人工血液が身体を巡っている。でも爺さんや婆さんからは心は人間のままだと言われ、俺は日の下を堂々と歩けるようになった。それは良いんだ…だが俺が何なのかは分からない」
「化け物なのか、人間なのか、それとも別の何かなのか…」
「…」
「ははっ、ここまで行くと哲学みたいだな。人間そのものの定義すら分からなくなる」
「…」
「…分かってるよ。もうすぐ、俺は死ぬんだろ?だからといって戦わないわけにはいかない。俺は守らないといけないから、二度と失わないために」
砂浜に大の字で倒れ、日を見る。
いつの間にか夕暮れだ。
「俺に…残された時間は無いんだな」
IGD学園に通うものとして世界をよりよい世の中にするために身を捧げることも大切だが、俺はこの命を人の為に使いたい。
せめて…。
「俺の『初恋』くらいは…守ってやりたいな」
上半身だけ起こし、海に日が沈んでいく姿を眺めながら俺は一人でそうつぶやいた。
ーーー
あの波打ち際の景色から目を覚ました後、俺は彼女たちに泣きながら話された。
俺がもうすぐ死ぬかもしれないということを。
…まぁ、死ぬんだがな。
ショックだとかそういうのは無かった。でもやり残したことだらけだしな、やり残しは無しでこの世を去りたい。
「おはようございます、春斗」
「おはよう、椿」
「お体は大丈夫ですか?」
「あぁ、これと言って異常はないぞ」
「そうですか…」
あの日以降、椿は今まで以上に俺の身体について気にし始めた。
宿主が死ぬかもしれないってなるとそりゃそうなるか。
ふと左腕を見ると二の腕辺りにヒビが出来ていた。本当に死が近づいてきているんだなと思う。
(…何で恐怖とかないんだろうな)
なんて思いながら学園に向かって歩いていく。
その道中はとても静かだった。
静寂が世界を支配したかのように風が靡く音しか聞こえない。
いつも騒がしかった通学路は、今日は粛々としていた。
「あ、おはよう…春斗」
「あぁ、おはようレベッカ」
「…」
偶然出会ったレベッカとアナスタシアに挨拶を交わし、教室へ歩いていく。
(…。)
会話がない。いつもなら二人とも仲よさそうに話していたのだが…今回は一言も話していない。
ずっと、俺の事を心配そうに見つめるばかりだ。
いつの間にか教室につき、いつも通りに中に入る。
クラスメイト達は一瞬、俺のことを見たが…直ぐ目を逸らしてしまった。
「おはようございます…春斗さん」
「おはよう…春斗」
「アイヴィーも、フレヤもおはよう」
いつも通りに二人に挨拶を交わし、席に座る。
さて、今日の授業は~?と考えながらバックの中から教科書を取り出し机の上に広げた。
柊木先生の授業は分かりやすいしな。理解しやすくて助かる。
いつの間にか時間は過ぎ去っていき、普段通りに昼飯を食べて午後の授業も頑張り無事に終えて生徒会室に向かう。
その道中も様々な生徒に出会ったが、様子が変だったとしか言えない。
こう…心配そうに俺を見ていた。
普段通りに生徒会室のドアを開けると水津と雪華さんがいた。
「あ…春斗」
「…やぁ、春斗君」
「今日はちゃんと来ましたよ、生徒会の仕事をしに来ました」
「…残念だけど、もう仕事は終わっちゃったのよ」
「え、そうなんですか?」
「…ごめんね、春斗」
やや早めに来たつもりだったが生徒会の仕事は既に終わっていたようだった。
うーむ、もう少し早く来ればよかったな。
「うん?雪華さん」
「な、何かしら?」
「何か目元が腫れているような気がしますけど…何かありました?」
「何か…か」
「?」
「ううん、何でもないよ。さ、今日の仕事は終わったし春斗君は部屋でゆっくり休みなさい」
「え、でも」
「大丈夫…春斗はゆっくり休んで。また…明日」
「そ、そうか?なら先に帰ります。あ、もし手伝えることがあったら呼んでくださいね」
「…うん」
そんなわけで俺は生徒会室から出て普段通り自室に戻った。
少し早いかもしれないが今日はもう休もう。
また明日、従来通りの日々を送れると思って。
◇◇◇
「…やはり、か」
「うん…確実に言えるよ」
1年1組の教室に私とフレヤ、レベッカ、アナスタシア、水津、雪華さん、アイヴィーが集まっている。
理由は勿論春斗の事だ。
「やはり…春斗さんは」
「えぇ、断言するわ。春斗君はとっくに『壊れている』の」
「…」
今日…春斗が目を覚ましてから一日目の彼の様子について。
はっきり言うと『異常』だった。
自分自身の死を気にせず『いつも通り』の日常を過ごしている。
恐怖もなければ、逃げもない。ただ死を受け入れているような様子で春斗は今日を過ごしていた。
元々一般人だった春斗がここまで変われるものなのかと思うかもしれないが、彼は『人を見て学ぶのが得意』だ。
…本来覚えるはずもない戦い方や戦場について学んでしまい、自分の死の価値観が歪み切ってしまったのだろう。
ある意味、最悪な事を学んでしまったのかもしれない…。
「春斗…」
着実に、確実に、春斗の心には夜のとばりが降りてきていた。
誤字脱字、語彙力がほぼ皆無に等しいのでミス等がありましたらご報告お願いします
感想も待っていますので気軽にどうぞ!
超絶不定期更新ですがご了承ください…




