十月八日 いなり寿司
濃甘な油揚げさん。
まろやかな酸味の酢飯さん。
まぜますまぜますまぜますは。
香り引き立つ白ごまさん。
ほっこり甘味の栗さん。
ほんのり塩気の枝豆さん。
竹網箱にたくさん入っている三種類のいなり寿司を抱えて、子狸は歌いながら師匠の元へと軽やかに向かった。
今宵は十三夜。
欠けたお月様が師匠に力を与えてくれる。
「お師匠さまあ!」
「遅い!」
「申し訳ございません!」
牙と爪は尖り伸び、長髪は逆立ち、目はつり上がり、口は大きく広がり、全身からは禍々しい妖気が火山の如く噴出。
いつもより鬼気迫る師匠の九尾の妖狐を前にしても、子狸は怯えずに抱えていたいなり寿司を笑顔で手渡した。
強力な力を受け止めて身体に馴染ませるのは、とても力を使い腹が減るのだ。
だから、好物のいなり寿司が大量に必要となる。
九尾の妖狐がそう言って、弟子を募る際に出した試験は、たった一つ。
九尾の妖狐好みのいなり寿司を作れるかどうか。
その場に集まった数多いる妖怪と動物の内、その試験を見事に通過したのが、子狸だったのだ。
「足りぬ!足りぬぞ!」
「はい!」
子狸が妖力で小さくしていた竹網箱を大きくしては、いなり寿司を師匠に手渡し続ける行為は夜明け過ぎまで続くのであった。
(2022.8.4)