【異世界夭逝外伝】あてぃし転生!?〜異世界でもVtuberだった件について〜【ドラフト篇】
「あてぃし、転生する!!」
耳を疑った。如何せん、ここは厳粛な雰囲気に包まれた神聖なるドラフト会場だ。
突拍子もない発言をしたのは天界学園野球部所属、湊あくあ。何故現役高校生が各球団の首脳陣が集まるステージにいるのかも疑問だが、それを上回るほど彼女の発言は常軌を逸していた。
「湊……。いい加減にしてくれ」
「なんで!?福留も転生したいって思わないの?」
福留。湊は俺をいつもそう呼ぶ。
いや……。名前なんてどうでもいい。後付けの記号になどなんの意味もないのだ。大事なのは、俺が転生者であり、湊を守護する役割を秘密裡に担ってきたという点だ。
となると……。やはり、「転生したい」という彼女の発言は危険極まりない。何故なら、彼女にとっての転生先は俺にとっての「故郷」なのだから。
「二年連続甲子園出場……。それだけでもよしとしないか」
「嫌だよ!!あてぃし、まだ夢を諦めたくない」
言わずもがな、俺も湊も見事に「補欠」だ。強豪校の野球部に入れただけでも実力者という見方もできるが、その中でも底辺に位置する俺たちにプロ入りのお声が掛かる筈もない。
そんな俺たちが何故かドラフト会場に……。やっぱり、この世界はなにかがおかしい。そもそも順当にプロ入りを打診される球児たちも会場にいたりはしない。母校やゆかりのある土地で胃を痛めながら指名を待っている筈だ。
「第一巡選択希望選手……。湊あくあ」
耳を疑った。本日二度目である。会場に響き渡った異様なアナウンスに気づいているのは俺と湊だけらしい。
どうやら……。誰も俺たちのことが視えていないらしいな。
「ほら!!言ったでしょ福留、願えば夢は叶うって」
「願っているだけじゃ夢は叶わない……。これはお前が行動を起こした結果だよ、湊」
「なんだよ、福留もたまにはいいこと言うじゃん」
「はっ……。お前の馬鹿さ加減に毒されただけだよ」
荒唐無稽な展開にはこの際目を瞑って、俺は成り行きを静観することに決めた。先程のアナウンスの声……。聞き覚えがある。どうやら、「故郷」の盟友が湊を冒険者として適性アリと判断したのだろう。
「湊……。この先は夢の向こう側だ。なにが起こるか理解らない。理想通りにいかず壁にぶつかることもあるだろう。それでも、行くのか?安全であるという保証はどこにもないぞ」
「過保護だなあ……。福留は。あてぃし、変わるって決めたんだ。ずっと引き籠ったままでもいいけど、それじゃ心がどんどんすり減っていっちゃう。知ってる?福留もあてぃしも、いつかは必ず死んじゃうんだって。実感ないよね。どうせいつか死んじゃうなら、あてぃしたちが産まれてきたことになんの意味もないのかな。ううん……。それはきっと違う。この胸のときめきの答えを、あてぃしはまだ教わってない。まだ諦めたくないんだ。どうせいつか死んじゃうなら、あてぃしは希望を信じて生きていきたい。そうじゃないと勿体無いじゃない?だって、折角貰った命なんだからさ」
湊は少し、遠い目になった。
終わる命と、始まる命は常に同時だ。時の流れは止まらない。誰の心臓も止められない。それは、他でもない「あいつ」が教えてくれたことだったんだ。
「俺たちに与えられた選択肢は二つだけ。全てを出し切ってから死ぬか、出し惜しみしたまま死ぬか、だ。どうせいつか死ぬなら、俺は絶対に前者を選ぶ。そうじゃねえと……」
「谷郷に、示しがつかないもんね」
「皆まで言うなよ。かっこつかねえじゃねえか」
谷郷は、二年の春にマシュマロの食べ過ぎで死んだ。クソマロから部員たちを護りたい。それだけが谷郷の願いだった。
「谷郷も、向こうの世界の住人だったんでしょ?」
「まあな……。だが、細かい話は後だ。ネタバレされたまま映画を観たんじゃつまらないだろ?兎に角飛び込め。後は野となれ山となれ、だ」
「ははっ、ほんと無責任。あてぃし、福留の故郷をめちゃくちゃにしちゃうかも知れないよ?」
「お前と出会ってから、平穏な日常が訪れたためしがないんだよ……」
刹那、会場はあくあ色の光に包まれた。ペンライトを振る球児たちの姿が視える。いや……。幻覚かも知れない。それならそれでいいんだ。俺たちは視たい「真実」を視る。誠の裏には偽りがあり、偽りの裏には誠がある。表裏一体なら、「誠」を信じて突き進んだ方がお得というものだ。
何故なら、俺たちはいずれ必ず死ぬ運命にあるのだから。
誰一人、残らず。
「福留、怖い?」
「なにがだ」
「死ぬことが」
「なにを今更……。俺はもう、死ぬことよりも怖いことを知っちまった」
まだ、あの生々しい血の感触が両手に残っている。
もう惨劇は繰り返させない。その為に、俺は転生者になることを選んだ。
終わりのない「不死」の輪廻に囚われることと引き換えに……。
「みなさんどうも、こんあくあ〜!!」
湊は意気揚々と戦場に飛び出していった。普段は人見知りな癖に、自分が決めたことは絶対に譲らない頑固者だ。
「そういう部分に、俺は惹かれたんだろうな……」
彼女にとっての「新天地」は、俺にとっての「故郷」だ。後悔と怨嗟が渦巻く、復讐の土地。
でも……。大丈夫だ。俺にはもう護るべき存在がいる。湊。お前がいれば、俺はどこへだって……!!
考えが甘かった。
腹部から流れ出す止め処ない血液に、俺の体温はみるみるうちに奪われていく。壇上には不敵に微笑む谷郷の姿があった。
「無駄なんですよ……。福留。こちらの世界で役目を果たせなかった貴方が、向こうの世界で誰かを護れるとお思いで?都合がいいなあ」
「谷郷……。お前は、湊を庇ってあの時……!!」
「ぶはっ!!なに言っちゃってるんです?それもこれも、貴方が下手な動きをしないように牽制していたに過ぎないんですよ。向こうの世界で信頼関係を築いておけば、こちらに帰ってきた貴方は能天気に私のことを信じるでしょう。ああ……。「悪魔」とまで呼ばれた男が情けない。貴方につけられた傷はまだ痛み続けているというのに……!!」
「谷郷……。それでも湊は、お前のことを信じて……!!」
「それが甘いっつってんだよ!!この死に損ないがあ!!」
谷郷が振り翳した短刀は、俺を庇った湊の首元を突き刺す一歩手前で静止した。あともう少しで致命傷になりうるシーンだった。
「おっと……。ホロメンに手を出すのはよくない。コンプラ的に。誤解しないでください?湊さん、貴女に温情を与えた訳じゃありませんから」
「なんで……。福留は不死なんじゃなかったの!?それが、どうして、こんな……。血が、血が一杯……!!」
「湊、落ち着け……」
「不死殺し……。などと説明しても無駄でしょうね。悪いことは言いません、湊さん。元の世界へ帰りなさい。貴方が相棒とする男は信用に足る人物ではない。よかったらお聞かせしましょうか?その男がこの世界で働いた所業の数々を……!!」
「そんなこと、知らない……。福留はいつもあてぃしを守ってくれた。ずっと、あてぃしを信じて護り続けてくれた。確かに、貴方にとって福留は悪い人なのかも知れない……。でも、同じ釜を食った仲間が傷つけられて、黙っていられるほどあてぃしは大人じゃないんだ……!!」
「ははっ!!可哀想に……。どこぞのヤンキー漫画に毒されてしまったようだ。くだらない空想が横溢している。だから向こうの世界は息苦しいんです。嫉妬、愛憎、欲望……。それこそが人間の本性でしょう。綺麗事で世界は救えない!!その男のように、貴方もこの世界にとっては悪玉ウィルスなんですよ。自分の夢を叶えたいなどと……。そんな都合のいい建前で我々の故郷を弄ぶな!!」
「それでも……。それでもあてぃしは……!!」
「そこまでにしませんか?劣等種同士の醜い争いは」
「「「!?」」」
気づくと、壇上には谷郷以外の姿があった。見覚えのあるシルエット。
そして、しゃくれボイス。
「か、かなたん!?」
「みなさんどうも、こんかなた〜。キャッチコピーは握力500kg。ぎゅっぎゅっ。反吐が出るような腐った運命……。握り潰しちゃうぞ☆」
次回、「マグロ篇」。