超、難問
僕は、賢い。
冗談じゃあ、ない。
二年連続で、全国模試で一位だった。
「操。ハーバードではな……」
始まった。
僕の食卓は、進○ゼミだ。
一番上の兄の講義が終わると、
次は、二番目の兄、
次は、三番目、
最後に、父。
え?
地獄?
母は、四人の男児を産んですぐに、他界してしまった。
いや、
僕を産んですぐに、の方がより、正確か。
「操〜。一生のお願い、宿題、写させて」
「錦。君の命はこれで二十七個目だぞ」
僕は、賢い。
だが、しかし、
理不尽なことに、僕たちは【ガリ勉】という偏見を貼られ、敬遠されてしまうこともしばしばだ。
なにゆえ?
学生は、学業が本分なのではないのか。
気になったので、調べてみたら、
どうやら、【ガリ勉】は【我利勉】とも書くらしい。
なるほど。
少し、納得がいった。
自分が生き延びること、
自分が得をすること、
自分の利益を、
それさえ、守れていれば、
それでいい。
そんな、非道で血も涙もない輩。
そんなニュアンスが、【我利勉】という言葉には含まれているのだろう。
へえ。
なるほどね。
ここは、ゴディア家が所有する巨大飛空艇、【ロッドゴール号】の船上だ。
リーズブルでの戦禍を逃れようと、ゴディア家の名士たちを乗せた【ロッドゴール号】。そこに、ゴディア家の面汚しと呼ばれた最悪の魔女、ミリスが創り上げた人狼、ディーゴが乗り込んできて、てんやわんや。
ネタバレ資料からすると、大体、そんな感じらしい。
ふ〜ん。
この、ゴディア家ってのは、
所謂、貴族らしい。
自分で言うのもなんだけど、
現実世界での富の分配を考えれば、僕が生まれ育った環境は、どう謙遜しても、間違いなく、
貴族だ。
おおよそ、物語での貴族の扱いは酷い。
奴隷の女は犯すし、最後には主人公たちに成敗されて、打ち首。
大体、そんな感じ。
雑じゃない?
実際、貴族も、楽じゃねえぞ。
僕は、賢い。
でもそれ以上に、三人の兄たちはずば抜けて、賢かった。
ことごとく、高学歴。
ゆえに、家庭では、
最も、負け犬で、
最も、出来損ないで、
最も、落ちこぼれであることを強要される、
そんな、地獄。
あれ?
貴族って、生まれながらにして恵まれてて、幸福で、
それゆえに、そうじゃない奴らから憎まれてしまう。
そういう存在じゃ、なかったっけ?
僕の場合、違うんだけど。
「理解らん。操、代わりに読んでくれ。そして八ページ以内のレジュメにまとめてくれ」
「注文が多いな」
そう言って、帝は主催者の責務をぶん投げた。
というか、正直、
帝、錦、薺、篝、そして、僕。
その中で、ネタバレ資料を熟読し、その構造を紐解き、次なる一手を探す参謀は誰かと問われれば、
間違いなく、それは僕だ。
なまじ、頭がいいせいで。
なまじ、母親が教育熱心だったせいで。
「お前が、人狼だな」
この、【ロッドゴール号】の乗客の中から、僕は【狂信者の義眼】の力によって人狼の正体を見抜いた。
そうすれば、人狼の膂力も無力化され、
吊るすか、吊るさないか、その会議が始まる。
「殺せ」
人狼は……。
ディーゴは、そう言って憚らなかった。
周囲には、魔女、ミリスを迫害し続けたゴディア家の面々。
「当然、殺せ。穢らわしい獣めっ」
「これで、忌々しい魔女の残滓を完全に払拭するのだ」
「【救済の勇者】よ、それでいいな?」
あ?
うるせえな……。
僕は、考え事をしているんだよ。
どうせ、人狼は殺す。
その心臓をぶっちぎり、この段落をクリアする。
それが、帝から僕に与えられた任務だ。
僕は、帝と同じ、糞みたいな片田舎……。軛村に産まれた。
昔から、大都会に憧れていた。
いつか、僕は有名人になって、お金持ちになって、
そして、全ての夢を叶えて。
そんなことを夢想しながら眠るのが、片田舎に住む平凡な少年の、なによりも楽しい娯楽だったんだ。
注目、されたい。
認めてもらいたい。
派手に遊びたい。
だって、
人間って、いつか死んじゃうんだよ?
どんな馬鹿だって、理解できる理屈。
賢い僕には、尚更、理解るね。
「君は、人間を憎んでいるのか?」
ネタバレ資料を、読んだ。
それによれば、
魔女、ミリスを殺めたのは、
他でもない、このディーゴだ。
この人狼は、魔女の唯一の理解者ではなかったのか。
「……」
「別に、喋る義務はないけどさ。僕の困った性分で、知らないことは確かめてからじゃないと、ぐっすり眠れないんだよ。だから、頼むよ。先っちょだけでいいから」
「……。ミリスは」
「うん」
「人間を、憎んでいた。都の、人々を」
「ふむ」
「私は……。触れてしまった」
触れた。
なにに?
「都の人々の、美しさに」
瞬間、
それまで殺伐としていた人狼の気配が、ふっ、と緩んだ気がした。
なるほど、
なるほど。
「なるほどね?」
大体、わかった。
察したよ。
僕は、賢い。
一を聞いて、百を理解する。
それでも、
僕は、兄たちの賢さには敵わない。
ひたすら、
ただひたすら、鬱屈した日々。
ああ……。
こんな、環境じゃなければ。
もっと、派手な都会の真ん中で。
僕の、本当の魅力を見抜いてくれる人に囲まれて。
そうやって生きるべき人間なんだよ、僕は。
それほどの性能を秘めた人間なんだよ、僕は。
でも、
「東京、行きたいのか?」
「え」
いつか、父親にそう問われたことがある。
父親も、賢い。
だから、僕の考えていることなんて、掌なのだろう。
気に喰わない。
心底、腹が立つ。
全てを、環境のせいにして、
その実、ただ単に日和っているだけの、
自分、自身が。
僕は……。
「君の心臓は、もらうよ」
「好きにしろ」
「好きにするさ。だから、君はもっと、安らかに逝っていい」
なにを、言ってる?
そう問いかける、人狼の瞳。
ゴディア家が所有する秘宝、【狂信者の義眼】。
「その力で、この飛空艇の乗員を洗脳した」
「まさか」
「これから向かうのは【魔女の森】じゃない……。【ロッドゴール号】は、【魔女の再誕】の幹部が集う、【神樹の祭壇】へと墜落させる」
固有名詞、めちゃ盛りな会話は、しかし、周囲のゴディア家の人々には聞こえない。
「そんなことをして、どうするつもりだ」
「別に?ただ、気に喰わないだけさ。僕ほどの人間を呼び出しておいて、【救済の勇者】?そんな陳腐な肩書きに押し込めようとする、支配者ぶった馬鹿どもの意向、ってやつがね」
そうだ、
僕は、賢いから、
賢しらぶったまま、最終回を受け入れようとする馬鹿どもには、
どうしても、腹が立って仕方がないんだ。
軛村には、爺婆ばっかりだ。
でも、
爺婆たちは、とても穏やかな瞳で、ここではないどこかを視ているような、そんな瞳で、
安らかに息を引き取っていく。
心底、
そんな死に方がしてみたい。
強く強く、そう思う。
けれど、
僕に、その景色を視せてくれるような、そんな存在には……。
そんな、僕にとっての【運命の心臓】には、まだ廻り会えていない。
「この世界の粗筋は、僕が書き換える」
「……」
「君の心臓は、無駄にはしないよ」
なんだ、
なんだろう。
なんだろう、これ。
僕はそんなに、善人ぶりたいタイプだったか?
違うな。
最も、僕が腹が立つのは、
賢しらぶって、
熱くなること、
本気になること、
死ぬ気でやること、
命懸けで、生きること。
そんなことを、言外に否定してしまおうとした、
過去の、僕そのものなんだ。
僕は、人狼の心臓をぶっちぎった。
「素晴らしい!」
「これで、忌まわしい禍根が、一つ絶たれた」
「不幸中の幸い、だな。ははははっ!」
うるせえな。
馬鹿どもは、黙っとけ。
「帝、僕はな!!」
突如、叫び出した僕に、周囲の馬鹿どもは一様に面食らう。
「一生、あんな片田舎に引き籠って息を引き取るつもりなんて、毛頭もないんだ。金も、女も、地位も、名誉も、全部が欲しい。そして、無欲なことが美徳だとでも思ってる奴らに、中指を突き立ててやる。だから……。だからな、帝。まずは、この【煉獄】を、救ってくれ。糞みたいな最終回から、とってつけたような大団円に、針路を変更するんだよ。まだ、間に合う。僕たちは、まだ盤面を引っ繰り返せる段階にいるんだ」
なあ、
帝。
聞こえてるんだろ?
そのまま、【ロッドゴール号】は俄に、針路を変え、
暗躍する影、【魔女の再誕】の幹部たちが集まる、【神樹の祭壇】へと。
そのことを、乗っているゴディア家の人々は、誰も知らない。
操のもとに、褐色銀髪の有翼人種が舞い降りる。
「や。古い友人からの頼みで、助けにきたよ」
ルルだ。
「助かります」
「ディーゴか。彼も、ようやく逝けたんだね」
「【救済の勇者】……」
「皮肉だよね。けど、君たちは賢しらぶった感傷に浸ることを、よしとしなかったんだろう?」
そのまま、ルルは操を抱え、無辺の蒼穹へ。
僕は、賢い。
だから、【我利勉】が嫌われる理由も、よくわかる。
いつか、
いつか、きっと、
大都会のど真ん中で、僕は翼を広げてみせる。
母さんが、
父さんが、
お兄ちゃん、たちが、
育て抜いて、
守り抜いた僕って男は、こんなにすごい奴なんだぞって、
そう、証明したいんだ。
僕は、つまらない貴族の一員なんかじゃなくて、
とんでもなく、すごくて、
強くて、
かっこよくて、
賢くて、
逞しくて、
あったかくて、
そんな、
そんな家族の一員なんだぞってことを、みんなに証明したいんだ。
だから、
全部を全部、
引っ繰り返す。
抑圧され、
我慢を強いられ、
最後尾で、
ずっと、みんなの背中を見てきた僕だから、
この最悪な粗筋を、
賢しらぶった最終回を、
ぶっちぎってやる。
僕は、賢い。
なんでも、知ってる。
だがな、
気に喰わねえ未来も、
そんな針路も、
なにもかも、
「知ったこっちゃねえんだよ!!」
墜落した【ロッドゴール号】が爆音を轟かせ、
巨大な神樹が、爆炎とともに崩壊を始める。
ははっ、
「壮観!!」
僕はきっと、どんな貴族よりも下卑た笑みを浮かべているだろう。
ははっ、
知ったこっちゃねえ。
最高だ。
「どうせなら、このまま行きたいところまで運んでいくけど」
「ああ……。じゃあ」
「どこ?」
「この世界に、塾ってありますか?」
その日、ゴディア家が主導する大飛空艇時代は、終焉を迎える。
操の、【絶望】。
そして、その【火花】。
そう。
それが、
それこそが、【蒼穹の翼】。




