いざ、鎌倉
俺は屑だ。
「委員長〜。女も自慰するって、マジ!?」
「死ね」
ついたあだ名は、セクハラ老中。
あれ、でも、最近はあだ名ってアウトなんだっけ?
知らね〜。
「錦、遅いぞ」
「みゃーさんが早すぎるだけだと思いまーす」
「練習、始めるぞ」
俺と、巌と、みゃーさん……。都。
いつも通りの、部活が始まる。
俺には、全国大会レベルの兄貴がいる。
めちゃくちゃ強い。
剣道でも、口喧嘩でも、好きな子の取り合いでも勝ったことがない。
そもそも、俺が全部、兄貴の真似っこなんだ。
自尊心の、欠片もない。
「錦、体幹を鍛えろ。心技体の調和を意識するんだ」
「みゃーさんてさ、もしかして新撰組の生まれ変わりだったりしない?」
俺は屑だ。
他校の女子にちょっかいを出して、停学を食らった。
本当は、マ○クの一階で不細工ヤンキーにちょっかい出されてる可愛こちゃんがいたから、かっこつけついでに殴り合っただけなんだけど。
喧嘩両成敗って、いつの時代の、あれだっけ?
覚えてね〜。
俺、馬鹿だし。
結局、その子の連絡先もなんも、もらえなかったし、代わりに得たものなんて、みゃーさんの地獄のしごきと、頭でっかちな巌の指導から逃れられる、
そんな、夢みたいな停学期間だけ。
「つまんね〜」
犬も食わない、温厚不良。
それが、俺。
そして、
ここは、【詭弁城】。
ゴヨウ村に聳える、第二十七代将軍、道悖の居城である。
クエスト時間は、残り五分を切った。
「糞っ」
大昔、ゴヨウ村は空前絶後の大飢饉に遭ったらしい。
そんな危機を救ったのが、灯の血脈。
霊験あらたかな鬼の霊力を宿す彼らは、瞬く間にこの村を復興させ、恒久的な平和を願って幕府を創設した。
だが、
代を重ねるごとに、人ならざるもの……。
鬼である、灯の血脈を排除しようという勢力が台頭の兆しを見せる。
とか、
なんとか、かんとか。
この世界、帝の【煉獄】には、最終回までのシナリオが用意されているらしい。
そのネタバレを、読んだけど、
「わかんね〜」
俺、馬鹿だし。
でも、
これだけは、思う。
あんまりだ。
あんまりじゃないか。
そもそも、道悖討伐のクエストには、俺と巌とみゃーさん、三人で挑む手筈だった。
それが、いかれた帝の気まぐれで、なぜだか俺は独り法師。
目の前には、人喰い鬼と化した第二十七代将軍、道悖。
「ぐ、こあ、せ」
もう、人の言語を喋れなくなっている。
残りクエスト時間は、五分を切った。
なんとなく、わかる。
もう、道悖の残り体力は、僅かだ。
「止めを……」
刺さなくちゃ。
これまでの戦いで、俺の四肢は、何度も斬り飛ばされた。
痛い。
苦しい。
つらい。
しんどい。
やめたい。
頑張り、たくない。
その度に、アイテムボックスに山盛りに入っていた回復薬で、俺は一命を取り留める。
俺は屑だ。
人って、いつか死んじゃうらしいよ。
地球も、いつか滅びちゃうんだって。
じゃあ、
だったらさ、
そんなに、頑張らなくても、
楽に、楽しく、毎日を過ごしていた方が、絶対にお得じゃんか。
「錦。お前は、弱いな」
いつか、巌に言われたことがある。
そんなこと、俺が一番、わかってるっての。
「なに。嫌がらせ?」
「だからこそ、強くなれる」
俺は、
結局、剣道部に戻った。
合わせる顔が、ねえ〜。
でも、ア○パンマンみたいにはいかねえし。
「錦」
「みゃーさん」
「練習、付き合え」
「俺……」
「早くしろ」
なにも、
なにも、変わらない。
俺には、めちゃくちゃ強い兄貴がいる。
だから、俺は弱いままでもいいんだ。
だって、ちょっと駄メンズなくらいが、可愛いでしょ?
そういうの、知ってんだ。
でも、
俺は、
その日、
職員室で、いつもやる気のないハゲ顧問に、みゃーさんと巌が頭を下げてるのを、
見ちまった。
見て見ぬふりなんて、
できない。
首チョンパされる衝撃映像なんかより、
ずっと、ずっと、
俺が、この世界で一番、
見たくない、光景だった。
俺は、屑だ。
どんだけ馬鹿にされても、いじられても、心が痛まない。
むしろ、おいしい。
でも、
だから、
俺は、
「だ、ごい、せぁ」
道悖は、言葉にならない言葉を吐き出し続けている。
この世界には、賢しらぶった最終回が用意されているらしい。
この、ゴヨウ村の物語にも。
もう、標的である道悖の心臓は目の前だ。
こいつの心臓をぶっちぎれば、クエストクリア。
俺の役目は、一先ず、終わる。
「つまんねえな……」
面倒臭いことなんて、さっさと片付けて寝るに限る。
俺は、
それでも、
俺は、
笑って誰かの命を奪えるなんて奴に、なりたくないんだ。
巌。
俺のこの弱さを、笑い飛ばしてくれるか。
みゃーさん。
あんただったら、回復薬なんて一つも使わず、目の前の敵を瞬殺してくれるか。
でも、
でも、違うんだ。
お前らが頑張っちゃ、駄目なんだよ。
お前が頑張るのは、俺を守る為だって知ってるから。
俺は、
お前らが頭を下げてる、あの光景が、
心的外傷になっちまうくらい、つらかったんだ。
時々、夢に見るんだ。
地獄だよ。
俺は屑だ。
どれだけ蔑ろにされても、屈辱すら覚えない。
むしろ、アドだと。
だから、
だからこそ、
道悖は、言葉を介さない。
けれど、
その声音から、どうしようもなく感情が溢れ出してしまう。
お前、
泣いてるんだな。
俺も、泣いてるよ。
ああ……。
頑張り、たくない。
一生、楽して生きていたい。
過労死だけは、絶対に嫌。
みんな、仲良くなっちゃえばいいんだ。
争いなんてやめて、みんな、みんな。
だってそっちの方が、楽で楽しいだろ?
なのに、
なんで、みんな、
頑張っちゃうんだ。
戦っちゃうんだよ。
これは、
この俺の心は、弱さゆえだってのかよ。
もう、時間がない。
俺は、最後の最後では冷静な男だ。
最初から、道悖を殺すのに変わりはない。
それ以外の選択肢なんて、脳裏に浮かんでもこない。
理不尽。
理不尽だ。
悪いのは、俺じゃなくて、
この世界の、理不尽なんだ。
そっと、道悖の胸に手を当てる。
「ごあ」
「なあ」
「はば?」
「お前らが、この村を救ってくれたんだろ?なのに、ひどいよな。恩知らずもあそこまでいけば、もはや芸術だぜ」
「りぐぁ、ま」
「心臓、もらうけど」
「りし」
「役立てるよ。あんたがこの村を守ったように、これからは、俺がこの世界の法律になる」
「ほず……」
心做しか、道悖の表情が柔らかくなる。
いや、
ただの、錯覚だろう。
「どっちでもいいよ」
でも、
でもな、
俺は屑で、
自分勝手で、
だから、
この、【煉獄】に蔓延る理不尽も、
その先の最終回も、
全部が全部、気に喰わない。
まだ、間に合うんだ。
まだ、盤面を引っ繰り返せる。
たとえ、思い描いた理想の形じゃ、なかったとしても。
巌。
みゃーさん。
見ててくれ。
俺は、
一つだけ、絶対に、譲れないことがあるんだ。
それは、屑の矜持。
生きること以外の全てを捨てた、そんな俺だから、
だから、
誰よりも頑張ってない、甲斐性なしな俺だから、
「だからっ」
俺より、頑張ってる奴らが、
俺より先に死ぬのだけは、
「我慢ならねえんだよ!!」
錦は、クエスト時間ぎりぎりで、道悖の心臓をぶっちぎった。
そのまま、【詭弁城】は幻影となって崩れ始める。
ああ……。
帝。
「聞いてんのか?」
なあ、
俺たちはいつか、大人になっちまうらしいぜ。
賢しらぶった、そんな存在に。
気に喰わないことも、
つまんねえことも、
そういうもんだって、
理解して、
受け入れて、
押し流してしまうような、そんな大人に。
「俺は」
俺は、
俺は、そんなの、
「嫌なんだ」
感化されやすくて、
影響を受けやすくて、
すぐに感動して、
感情的になって、
そんなのが、若さゆえだってのは、薄々、察してはいるんだよ。
でも、
でもさ、
この、世界の理不尽に触れて、
晒されて、
心が死んで、
それでも、走り出したくなるようなこの衝動も、
この、叫び出したくなるような激しい感情も、
全部が全部、忘れちまえるようなものだってのかよ。
「帝っ」
この世界は、虚構なんだろ?
どうせ、ゲームの世界なんだろ?
だったら、
だったら、尚更、
最後は、大団円じゃないと、嫌じゃんか。
みんな、笑ってないと、嫌じゃんか。
俺は、我儘なんだよ。
「世界を、変えてくれ!!」
この、感情が、
この、叫びが、
誰に届くのかなんてわからない。
意味なんて、
価値なんて、ないのかも知れない。
でも、
俺は、
俺のこの感情を、
心を、
否定したくないんだ。
押し殺したくないんだ。
俺が、社会の底辺なら、
せめて、俺より上の奴らには全員、幸せになってもらわねえと、俺の立場がないんだよ。
屑の、矜持を、
「舐めてんじゃねえぞ!!」
そのまま、俺はまっさらな大地に叩きつけられる。
いっ、て。
でも、
生きてる。
クエスト、クリアだ。
涙なのか、鼻水なのか、俺の顔面は、兎に角、大変なことになっている。
「お疲れ」
「んえっ」
変な声、出た。
委員長。
なんで、ここに。
「ボロボロじゃん」
「絆創膏、使う?」
「さんきゅ」
「見てたよ」
「……」
「全部」
委員長は……。
薺は、多くを語らなかった。
頭上を、雉が飛んでいく。
なんだ。
なんだよ。
そういう、ことかよ。
「委員長」
「ん?」
「パンツ、見して」
「死ね」
なんだよ。
それくらいのご褒美、あってもいいじゃんか。
帝。
俺は、やったよ。
勝ったんだ。
俺、自身に。
ああ……。
もう、
なんか、すごい、急に、
恥ずかしくなってきた。
「腹、減った〜」
錦の、【絶望】。
その、【火花】。
そう。
それが、
それこそが、【退魔の妖刀】。




