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百合と薔薇と

 私には、二人の姉がいる。


なずな、女は度胸よ。舐められたら終わり」


 はいはい。


「薺、避妊はちゃんとしろよ〜。でも、あくまでもなにも知らない演技も大事だからね」


 余計なお世話だよ。


 なにもかも、この先の未知数の全部、二人の姉はネタバレをしてくれる。


 鬱陶しいったら、ありゃしない。


「ねえ、見て〜。私の飼ってる子たちなんだけど」


 そいつは、


 みぞれは、クラスメイトだった。


 ちょっとだけ、空気が読めない、


 電波で、痛い子。


「なにあれ」


「男子への媚売り?」


「うざ……」


 中学生、凸凹ともに色めきだすその時期に、その空気の読めなさは致命傷になりうる。


 馬鹿らし。


 私には、関係ない。


 怒られないように、息を潜めて。


 嫌われないように、一歩、前に出るのは控えて。


 謙虚に、清楚に、控えめに。


 私、日本人女性で本当に、よかった。


 で、


 その日。


 雨の日だった。


 私が目撃したのは、


 雨に濡れた仔犬を、自分が濡れるのも厭わず、傘を傾けて庇ってあげる霙の姿だった。


 は。


 な、


 なんなの?


 ドラマか、漫画の世界みたいな。


 そんなことする奴、本当にいるんだ。


 それに、気づいた瞬間、


 私の胸は、聞いたことのない音をたてた。


「これ、お願いね〜」


「うん、分かった」


 依然、霙への嫌がらせは止まない。


 明らかに多すぎるプリントを、懸命に職員室まで運ぼうとする、ばか


 知らない。


 私には、関係ない。


 一歩、前に出れば、次に標的にされるのは私なんだ。


 自分の身を守れない奴に、誰も守れない。


 よせ。


 やめろ!


「半分、持つよ」


 あーあ、


 そっか。


 あいつに、最初に声をかけたのって、私なんだっけ。


 ここは、【蠱毒の樹海】。


 私の、【絶望クエスチョン】。


 その先に辿り着かなければ、目の前の巨大蜘蛛は倒せない。


 ここが、たとえゲームの中でも、


 みかどの心象風景、【煉獄ユートピア】の中でも、


 私の中の【絶望】に対する【火花アンサー】は、私にしか導けない。


 ねえ。


 霙、


 いるんでしょ?


 私の、すぐ隣に。


 霙は、


 私と一緒にガタコーに入学する、その前の春休みに、


 死んだ。


 殺された。


 その日、都内の施設に母親と、保護猫を引き取りにいく途中だったらしい。


 ただ、それだけ。


 ただ、道端で、連続通り魔殺人犯に出会したって、ただそれだけの出来事。


 目撃者によると、現場付近にうずくまる犯人へ最初に声をかけたのは、霙だったらしい。


 馬鹿すぎる。


 きっと、あいつにはその殺人犯が、雨に濡れて震える捨てられた仔犬かなにかに見えたのだろう。


 馬鹿すぎる。


 友達、って、


 親友って、ずっと、この先もずっと、


 年老いて、お互いに皺くちゃのお婆ちゃんになるまで、


 ずっと、隣にいてくれるものなんだと思ってた。


 馬鹿すぎる。


 本当の馬鹿は、私だった。


 巨大蜘蛛の毒が回って、四肢がだんだんと、言うことを効かなくなってきた。


 決着、つけなきゃね。


 ねえ、


 霙。


 そこにいるんでしょ?


 霙。


 私ね?


 あんたが殺されたってニュースを聞いて、


 ああ、


 いいなあ、


 って、思っちゃった。


 私には、二人の姉がいる。


 なにもかも、人生のネタバレをしてくれる。


 男の探し方、男の見分け方、男の誘い方、男の喜ばせ方、男の操り方、男との別れ方、


 全部、全部。


 ああ……。


 つまんない。


 つまんねえ、な。


 もう、いっそのこと、


 どこからともなく現れた暴漢に、骨の髄までめちゃくちゃに犯されてしまいたい。


 そんなことを夢想しながら、自分を慰める夜もあった。


 でも、


 なんか、


 なんかさ、


 なんか、違えんだよ。


 なんか、物足りない。


 興奮しない。


 脳汁が、出ない。


 それで、向き合って、葛藤して、


 ようやく掴んだ、私の本懐。


 霙。


 私ね、


 迎えを待ってるだけのお姫様じゃ、嫌なんだ。


 血も涙もない世界で震えてる、そんな哀れな魂のもとに駆け寄って、


 その絶望もなにもかも、私の愛でめちゃくちゃぶち犯してあげたいんだ。


 お姫様なんて、雑魚じゃなくて、


 王子様なんて、雑魚じゃなくて、


 私が女王になって、王の心臓をぶっちぎってあげたいんだ。


 それが、私の【本懐スタイル】。


 それが、私の【火花】。


 だから、


 だからさ。


 霙。


 あんた、勝手に死んでんじゃねえよ。


 私の思い通りにならない世界なんて、全部を全部、ぶっ壊しちゃいたいんだ。


「気に喰わねえな……」


 薺は巨大蜘蛛の一撃をすんでのところで躱し、その口内に短刀を突き刺した。


 緑色の血が噴き出す。


 ああ……。


 霙。


 痛かったよね。


 苦しかったよね。


 私、馬鹿だったよね。


 でも、


 でもね。


 私、まだやることがあるんだよ。


 まだ、私には夢があるんだよ。


 こんなところで、化け物に屈してる暇はないんだよ。


 だから、


 だからね。


「力を、貸せよ」


 霙。


「そこにいるんでしょ!?」


 取り憑いてよ。


 体は、貸してあげるからさ。


 巨大蜘蛛がのたうち、最期の一撃を薺へと振り翳す。


 ああ……。


 そして、


 その瞬間、


 穏やかで、美しい花園で、霙と薺は向かい合っていた。


 小さな、小川を挟んで。


「霙」


「薺ちゃん、おっひさ〜」


「あんた……。私、あんたにさ」


「うん」


「ずっと、言いたいことがあったの」


「なになに?」


「愛してる」


「そっかあ」


「私の人生で、最愛の人」


「私もだよ、薺ちゃん」


「だから」


「だから」


 霙は矢庭に距離を詰め、小川を挟んで薺に右手を差し出した。


「だから、一緒に逝こう?」


 小さな、手。


 あの頃から、成長してない。


 でも、


 目の前の霙は、ガタコーの制服を着てる。


 ああ……。


 気に喰わ、ねえな。


 なにもかも。


「霙」


「ん?」


「だが、断る」


 繋がれた、右手と右手。


 この腕が、千切れてもいい。


 でも、


 私の、この心臓が動く限り、


 私の、この四肢が動く限り、


 私は、私を諦められないんだよ。


「舐めてんじゃねえぞ!!」


 薺は巨大蜘蛛の心臓を引き千切った。


 ああ……。


 帝。


「聞いてる?」


 私、勝ったよ。


 運命に、勝った。


 そう、


 薺が手にした、【火花】。


 それが、


 それこそが、【真祖の血】。

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