旅立ちの日に
ここは、【虚言街】。
廃墟の一室。
鼠は豪勢なソファにどっかと腰をおろし、烏はネオン煌めく室内を几帳面に掃除していた。
そして、司。
「ここは……」
「ここは【虚言師】の本拠地、【虚言街】だよ。で、私たちはまとめて【虚言輪廻】という組織です」
「こ、固有名詞っ」
「まあ、平たく言えば【文学的同素体】と対になる存在だね。奴らが横軸、私たちが縦軸に人類の歴史を支えている、って説明すれば分かりやすいかな」
「いいえ、全く」
「おい、烏」
煙草に十本、同時に火をつけた鼠が豪勢に煙を吐く。
「俺たちは……。ごえっほ、えっほ」
「ごめん。この人、肺が終わってるから」
「はあ」
「いいか、新入り。俺たちの役目は……。えーっほ、えっほ」
「で。司、君は今日から【虚言輪廻】の一員として、この世界に関わってもらうよ」
「強制ですか」
「強制です」
俺が。
俺は……。
「あの」
「なに?」
「帝、は」
「彼は、【文学的同素体】の一員になったよ」
「そうですか……」
「気になるんだね。恋人?」
「それ以上です」
「なるほど。じゃあ家族だ」
俺は。
家族の、
心を、殺した。
「泣いてるの?」
「泣いてる、みたいです」
「帝の心が死んだ時、司の心も死んだんだね」
「はい」
「そうして、二つの心が一つになった」
「……」
「君たちは、互いが互いの【勇者】だったんだよ」
「俺は、あいつを」
「過去は戻ってこない。でも、なかったことにもできない。その為に、私たち【虚言輪廻】と、【文学的同素体】の両方があるんだ」
「はあ」
それから、烏は説明した。
自分が世界の脇役だという勘違いを捨て、
いつか、自分が必ず死ぬということ気づくこと。
それが、【文学的同素体】の一員になる為の第一条件。
そして、
自分が世界の主役だという勘違いを捨て、
既に、自分が死んでいるということに気づくこと。
それが、【虚言輪廻】の一員になる為の第一条件。
「この女は偉そうに、俺に説教を垂れようするがな。この【虚言輪廻】とやらを創設したのは、他でもない中学時代のこいつなんだ」
「そ。私ね、あの頃、自分がいつか死んじゃうことが堪らなく、怖かったんだ。でも、そんな日々の中で、鼠と出会った。鼠は亡霊だったんだ」
「亡霊だったんですか」
「亡霊だったらしい」
「でもね、肉体はいつか滅びる。だったら、私たちそのものも亡霊と変わらないじゃない?そう思ってから、私は思春期の危機を一つ、脱したんだ」
「はあ」
「司。君にはこれから、【虚言師】として働いてもらうからね。いいかな?」
「でも……」
「でもじゃない。これは強制で、義務なんだ。宇宙の法律とでも言えばいいかな」
「宇宙の」
「君が、歴史を変えるんじゃない」
いつか、帝に言われた気がする。
お前は、いつか歴史を変えるかもな。
俺、自身も……。
ずっと、そう思ってた。
自分だけは特別だと。
「司は特別だよ」
「……」
「帝も特別で、みんな、特別なんだ」
そうだ。
俺は、そんな簡単なことにも気づいていなかった。
馬鹿だった。
「私たちは、【虚言師】。いいかな、司」
「はい」
「君が産まれた瞬間に、人類は転換期を迎えたんだよ」
遥か広大な銀河の、ただ一点。
その心臓が、その鼓動の一つ一つが、
他でもない、人類の歴史を紡いでいく。
「俺は、そんな」
「君は、特別だ」
「俺は、帝を傷つけた」
「だったら。罪を負ったなら、罰を受けるのが当然なんじゃない?」
「罰」
「罪を償い、恩を返していくことが」
「恩」
「司と帝はさ、お互いに【最初の心臓】だったんだよ。世界を知る為の、他人を知る為の一人目だった、ってだけ。初めてってのは、誰にでもあるからね」
「でも、俺は帝を殺しかけた。そんなことで、言い訳できることじゃ」
「だから、これから取り返すんやろがい!君の心は、既に帝の心と一つなんだ。君がまた心の法律に違反すれば、帝の心も死ぬってことをいい加減に自覚しなよ」
「はい……」
「司が【虚言輪廻】の一員として果たすべき義務。それは……」
「それは」
「幸せになるんだ」
幸せ。
ずっと、縁が遠かった言葉。
「俺に、できますか」
「できるできないじゃない。やるんだよ」
「俺が」
「歴史を変えるんじゃない」
「俺、自身が」
「歴史なんだ」
「俺には及ばんが、な」
屑の先輩、鼠は大仰に踏ん反り返っている。
「こいつは無視してもらって……。司にはこれから、【原罪の書】を読んで、体内に【物語因子】を取り込んでもらうね。勉強だね〜。世の中、勉強しない奴から順番に死ぬからね。マジで」
「【原罪の書】……」
「そして、【虚言師】になった君は、人類の敵である【救人】を殲滅するんだ。一匹残らず、ね」
帝。
この世界のどこかで、生きているんだな。
よかった。
本当に、よかった。
それだけでいい。
俺は、取り返しのつかないことをした。
だから、もう傷つかないでくれ。
幸せに、なってくれ。
「あ、そうそう。これだけは言っとく。君たちさあ、親友関係に気持ちよくなりすぎ。それ、割と普通だから」
「そうなんですか」
「そういうの、なんていうか知ってる?」
「知りません」
「司は、帝と違って目上の人に礼儀正しいね……。で、そうそう」
世界と関わる為の、【最初の心臓】。
それを喰らい合った、宿命の好敵手。
「それは、互い依存することなく、互いの仲間に囲まれて、独りではなく、一人で。この先の未来を、大海原を、どこまでもどこまでも、真っ直ぐに進んでいくことができる。そんな関係」
「それ、って」
そう。
それが、
「それこそが、【平行線】




