電波塔の幽霊
帝は【霊言工房】を訪れていた。
真夜中。
廃学校の、廃教室。
「どこ、ここ」
「ここはここだよ」
嵐が丁寧にもてなす。
机に腰掛け、足をぶらぶらとさせながら心は棒状チョコかけ菓子をつまんでいる。
「そして、私がこの物語の裏番長にしてスーパーヒロイン、心ちゃんです!」
「うん。こいつの言うことは聞かなくていいから」
いや、
そもそも、
誰?
どこぞの誰?
誰ぞのどこ?
「帝キュン。君にはこれから、我ら【fhavothnecsiar】の一員としてびしばし働いてもらうよ!」
「ふぁぼ……。なんて?」
「いや、聞かなくていい。そしてもう二度と出てこない固有名詞だから覚えなくていい」
ふざけた心をぶった斬り、嵐は真面目に話を進める。
「ふぁぼ……。なんとかは兎も角、僕たちは【霊言】を操る【霊言師】だ。帝くんにもこれから、いくつか任務を」
「そ、それは覚えるべき固有名詞ですか」
「うん。で、ふぁぼ……。なんとかじゃなくて、僕たちの、なんていうかな、肩書きとしては【文学的同素体】ていうのがあるんだ」
「はあ……」
「ちなみにこれ全部、嵐が中学生の頃に意気揚々で考えた奴だからね〜」
「ちょっと黙れ」
まだまだ、固有名詞は続くよ。
メモの準備はよろしいか?
「で、【霊言】を身につけるには【原罪の書】を紐解く必要がある。その人の第一言語に自動翻訳されるはずだから、読むこと自体は苦労しないと思うよ」
「はあ……」
「で、実は【霊言師】はみんなが仲良しこよしって訳じゃなくてね。【死の聖杯】を手に入れて、望んだ死に方を手に入れる為に日々、僕らは営業実績を競ってるって訳。なんとなく掴めた?」
「は、はあ」
「ちょっと、帝キュンが戸惑ってるじゃん。新人なんだから緊張して当然だよ」
「お前は初対面の人に対して馴れ馴れしすぎだ」
まだあるよ。
固有名詞。
「で、【原罪の書】を読むとどうなるか。君は【物語因子】を獲得する。抗体を生成するイメージだね。心に強い刺激を受け、【救人】に対する免疫を獲得するんだ。あ、【救人】ってのは人類を非業の死へと導く僕たちの敵で、様々な形をとってこの現実世界に進撃を仕掛けてくるんだ」
「私、強い刺激を受けちゃった……」
「お前じゃない」
帝は勤勉なので、小声で復唱しながら頑張って固有名詞を覚えていく。
「で、こっからいい話。実はね、こういう固有名詞の全部、ぜーんぶ、嵐が私を観測する為に作ってくれたものなんだよ」
そう。
世界中の【霊言師】たちが手を繋ぎ。
自らが【文学的同素体】となり。
心を観測する為の、システム。
「私、元々は幽霊だったんだ」
一切、冗談を言っている口振りではない。
「ま、狂人の戯言は置いといて」
「ちょっとっ」
「人類が存続する限り、【救人】が完全に消え去ることもない。君は奴らと戦い、先輩の【霊言師】から学んで、たまにはここ、【霊言工房】に帰ってきて、休んで、また【文学的同素体】として役目を果たしていくんだ」
役目……。
なんだか。
なんだか、
それ……。
「まー、【霊言師】たちはまた個性的でね。それぞれの肩書きがまた別にあったりして、【救人】との戦い方もみんなばらばらで……。まあ兎に角、手に負えない」
「あの。どうして急に、そんなに固有名詞を使うようになったんですか?」
「いや、それは……」
「それは私から。説明しよう!今後、この物語が書籍化やアニメ化した時に映える文面、画面を作りたいという大人の事情なのだ!」
「まあ、そういうこと」
組織に属し。
敵と戦う。
社会の敵と。
悪と。
人の心から生まれた、悪と。
人の心を守る為に。
なんだか、
なんだか、
それ……。
「おい。帝くん、笑っちゃったよ」
「嵐、笑われてるよ」
「いや、お前だよ」
どうしよう。
にやにやが止まらない。
なんだか俺……。
正義の味方、みたいじゃん?
世界、救ってしまうぞこら。
外に出て。
冷たい街の空気を、肺一杯に吸い込んだ。
ああ……。
気持ちがいい。
これからだ。
これから。
これから俺は……。
敵を殺せるんだ。




