悠久のランデヴー
人々は彼らを様々な名称で呼んだ。
アダムとイブだとか。
神樹の精霊だとか。
最終的にあらゆる時代のあらゆる名称を総合して、守り神A、Bと呼ばれるようになった。
「A、Bって、流石にちょっと雑すぎない?」
守り神Aが久方の不満を口にする。
変わることのない朝の食卓。僅かな変化を共有して、どうにかこうにか一日分の暇潰しを捻出するのに躍起である。
「永く生きれば関係なくなるんだって、識別の為の名前とか。番号とか記号で充分さ」
Bの方が味噌汁を啜りながらひとりごちる。
大昔、彼らにも個性的な別々の名前があったに違いない。
「ねえ、世界五分前仮説って知ってる?」
焼き鮭の皮を身から剥がしながらAが問いかける。そこが一番美味しいんだよ!というBと、焦げ目がついているのが無理とAはそれはそれで需要と供給が一致している。
「なにそれ」
「私たちが認識している世界もさ、実は五分前に創られたありあわせの野菜炒めみたいなものかもね、って話。思考実験?とか言うんだっけ」
「ふうん。我々もまた宇宙に漂う質量の一点に過ぎないのだ!とかいうのが好きそうな人が好きそう」
「でもさ、私も思うんだよね。ずっと永く生きてるけど、この瞬間に思い出せるこれまでの全ても、実は他の誰かから観測すれば一瞬のことで、実は別の時間軸では一秒にも満たない瞬間のことなんじゃないか、って」
「お前もそっち側の人間だったのかっ」
「ふふふ……。実はそうなの」
食器を片付けながら、今日の予定をカレンダーで確認する。今年のカレンダー。来年には来年のカレンダーを見ていることだろう。
「いつまでだっけ」
今度はAが問いかける。
「なにが」
「なにが、っていう部分が、どうにも思い出せないんだけど」
「老化だね。介護される前に死んで頂戴」
「普通にひどいな……。でもさ、きっと俺たちは待ってるんだよ。変わり映えしない生活でも。きっとなにかを待ってる」
「もうちょっと具体的に話して」
「なんか、なんかこう、あった気がするんだよな。大事な約束、みたいな」
「どこの女との約束?」
「お前ってそういうこと言うタイプだったか……?」
ただひたすら時は流れて、先走ることのない現実を刻み続けるだけだ。
千年分の一秒。
ただそれだけの朝の光景。
神樹の草木が靡いて、陽光をA、Bの周辺に降り注がせる。
「これで、いいんだよな」
Bは語るでもなく、呼吸をするように言葉が漏れる。
「意味なんてないよ。意味がないことが意味なんだ」
よく分からなさそうことをAが言う。
次の千年……。
「「まだかなあ」」
不意に言葉が重なることも、特別なイベントではなくなった。