聖女登場
半壊したリーズブルの街並みにおいても、ここは元来の都。多くの冒険者の類が訪れる場所である為、inn、即ち宿屋は辛うじて営業を続けている。
昨晩はお楽しみでしたね……。
「まあ、色々あってみんなも疲れてるでしょ。ってことでここで一服。ああ、一服と言っても煙草じゃないよ?未成年喫煙は推奨してないからね?勘違いしないでよね!?」
やかましいモョエモンのテンションも、潮との再会、そしてあっけない別れを経験した三人には薄ら寒いだけだ。
「一つ目の鍵は手に入った。けど……。この調子じゃ、他のボスがいるところも壊滅的なんじゃないのか?先を急がなくていいのかよ」
やつれた司の問いかけにも、モョエモンは飄々とした態度を崩さない。
「腹が減ってはなんとやらだよ。急がば回れとも言うよね。要するに、君たちの仲間を慮ればこそ、君たちに必要なのは充分な休息であって、焦りは禁物なんだな。それに、リカバリースポットには欠かせないあの人も呼んであることだし」
モョエモンはあたかもみんな知ってるでしょ?みたいな前提で話してくるが、当然三人にはなんのこっちゃ分からない。雀も帝も、横で聞いているだけで既に辟易している。
「みなさん、はじめまして。私は泉の聖女、クレア」
スタンダードな造りの宿屋のエントランスに、明らかに不自然なエメラルドの輝きを放ち、その光の只中に美しい一人の淑女が立っていた。
「彼女は泉の精霊……。精霊だっけ?エルフ?正確なところはなんなんだっけ」
「みなさん、はじめまして。私は泉の聖女、クレア」
「駄目だ、NPCのフリをしてる……。まあ平たく言うと、この綺麗なお姉さんに話しかけるとセーブできるよ、って話。行く先々でなぜか毎度現れるから、どうやって瞬間移動してるの!?とか、何人いるの!?とか、そういう不用意な質問は御法度ってことで。まあ、そこら辺のお約束はRPGあるあるだよね……。納得してくれたかな?」
お前の言っていることに納得したことは未だに一度もない、という空気をありありと発する三人と、魔王と勇者たちの激闘で憔悴しきったリーズブルの人々。モョエモンとクレアだけが場違いな明るさと能天気さを発揮し、彼らがプレイヤーではなくサプライヤーの立場なのだと嫌というほど分からされてしまう。
「みなさんの仲間が大変な目に遭ったことは知っています……。年端も行かない少年少女たちが、とても痛ましいことです。しかし、ならばこそ、貴方たちに必要なのは癒し。この泉の聖女たる私の神性に触れ、その心を苛む災厄を鎮めるのです」
「ちなみに、クレアさんはキレると斧を振り回して暴れるからあんまり舐めた態度を取らない方が……。痛い痛い痛い!!頭を掴まないで!!」
「それはそうと、みなさん。セーブしますか?」
マスコット兼ゲームマスターを万力のように締め上げながら、朗らかな笑顔で聖女が問う。
「その……。セーブっていうのは、具体的にどういうものなんです」
どうにかこうにか、帝が生産性のある返しをする。
「ここまでのみなさんの旅路を記録するのです」
「仮にそれをしなかった場合、俺たちはどうなるんです」
「セーブをしなかった場合、ですか……」
不意に、クレアの柔和な表情が掻き消え、しんと冷たい空気が宿屋に満ちる。
「ちょ、ちょちょちょ、不味いよ帝!!クレアさんはセーブをしない人に対しては容赦ないんだ。要するにそこがこの人の地雷なんだっ」
「地雷かどうかは知りませんが……。ただ一つ言えるのは、セーブをしない人に私の存在は必要ありませんよね?なぜなら、私は勇者のみなさんにセーブをしてもらう為にこうして現れたのですから。つまり、ここでセーブをしないということは私の存在意義を真っ向から否定するのも同然……。違いますか?」
「帝!!いいからここは黙ってセーブしておくんだっ。泉に不法投棄された斧をクレアさんは大量に保管してる。いつかそれで復讐を……。痛い痛い痛い!!帝、僕の身の安全の為にも早くセーブをっ」
これはゲームだ。
セーブしていない旅の記憶は、破棄される。
しかし、ここでセーブをすれば、これまでの全てが確定してしまうことにもなる。
後戻りはできない。
そんなの、当たり前のことだ。
司も帝も雀も、都合のいいセーブ機能のついた人生など、ただの一度も送ってきたことはないはずだ。
しかし、人は、問いかけられると逡巡する。
なぜ生きる?
なんの為に?
君はどうしたい?
どう生きたいんだ?
そんな巷に溢れる無意味な問いかけのように。
「それはそうと……。セーブ、しますね?」
三人の眼前に、立体空間なのに平面的な情報が唐突に浮かび上がる。
【はい】
【多分はい】
【部分的にはい】
【どちらかと言えばはい】
「この選択肢から選んでください」
「あの、これ……。どれを選んでも同じじゃ」
「はい?」
「いや、なんでもないです」
司ももうなにも言えない。
こんな時に必ずなにかテンションの下がることを言うのが雀の役割だと、この短い旅の中で二人は理解し始めていた。
「生き残れる訳ないよ、こんな世界で。ここでセーブしようとしまいと、結果は同じ。どうせみんな死んじゃう。だって見たでしょ……。証くんたちが、どんな風に死んだか」
沈みきった気分を更に沈ませてどうする。
しかし、近い未来になんの希望も描けない状況において、悲観的な雀の見解はむしろ冷静に的を射ているとも言える。
とにかく三人は、疲れていた。
とにかく今は眠りたい。
【はい】
「セーブしています……。終わるまでは電源を切らないでくださいね」
「そろそろオートセーブ機能でもつけようかな……。嘘嘘、嘘だから。だからそんなに睨まないで」
2021/9/1/00:00
セーブ完了。