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都の場合

 祖父は私の師匠だった。


 だった、と過去形にするとあたかも既に亡くなっているようだが、齢八十を超えてバリバリ現役のトンデモ師範である。


 私は物心がついた頃から竹刀を握っていた。いや、もはや竹刀を握っていたお陰で物心がついたと表現しても過言ではない。


みやこよ、大事なのは守破離だ」


「分かってます、師匠」


「ただ頭で理解していることと、全身で実感し納得することとは天と地ほどの違いがある」


「そのくだりも含めて何回も聞いています、師匠」


「弟子よ……。流石に段々と可愛げが薄れてきたな」


 高校では剣道部をやっている。


 いや、そもそも私は部活動に所属していなくても全国的にそこそこ名前が知られている猛者だ。


 自分の言うのもあれだが、実力を客観的に鑑みるにどう考えてもそうだ。無理な謙遜はむしろ失礼に当たる。


「剣の道は果てしない。どれだけ竹刀を振るっても、その答えに辿り着くことはない」


「師匠でも、ですか?」


「そうだ。答えが未だこの掌中にないからこそ、未だにこうして刀を振るっていられるとも言える」


 大人の言うことは、変に含蓄が大きて回りくどい。


 私にとっての剣の道は、簡単で明瞭だ。


 勝てば勝つし、負ければ負ける。


 試合に負けて、涙を流したことがない。そもそも負けた絶対数が少ないんだが。


 負けて大粒の涙を流す対戦相手たちを見ていて、ああ、私はどこか大事な部分が欠落した人間なのかも知れない、と思うことがある。


 これは本気の殺し合いじゃないし、試合に負けても死ぬことはない。


 かつて、本物の真剣で斬り合っていた時代より、遥かに私たちは安寧な世の中に生きている。


 私は、強すぎるなかも知れない。


 師匠はこうも言う。


「強さを持つ者ならば尚更、それを扱い切れるだけの心を持たねばならない」


 心。


 心か……。


 私は強い。


 誰が見たって明らかだ。


 でも私には、師匠が言うような心が備わっているのだろうか。


 分からない。


 分からないから、今日も刀を振るう。


 休日は家の道場で稽古をし、平日は校内の武道場で練習に励む。


 正直に言って、部活の練習の方が遥かに楽だ。


 この程度で弱音を吐く姿を見ると、苛立ちよりも困惑が先に立つ。


「みゃーさん、あんた強すぎ!!鬼!!強さレベルで言ったら鬼っ」


 弱音を吐きながら、滂沱の汗水を垂らしながら、軽口を叩きながら、それでも私に向かってくる。


にしき、それは都が強すぎる訳じゃない。お前が弱すぎるんだ」


「ちょ、おま、事実をありのままに伝えるなよ!傷つくだろっ」


 師匠との稽古には介在するはずもない、騒々しい会話。


 ここにいる誰よりも、私は強い。それは間違い。


 じゃあ、ここにいたってなにも得るものはないのだろうか?


 それは違う、と思う。


 心……。


 私に足りないなにかが、ここでなら見つかりそうな気がする。


「あ。みゃーさんがニヤけてる!!激レアだ、激レア映像だっ」


「珍しいな……。お前が笑うなんて」


 気づくと、私は思ってもいないような表情をしていたらしい。


「まるで、私が感情を持たない殺戮マシーンかのような口振りだな」


「いや、そこまでは言ってないが……」


「よし、錦。減らず口の数まで練習に付き合ってもらうぞ」


「え……。具体的な数が分からなくて怖い。無量大数?」


 なんなんだろうか。


 この時間は。


 この日々は。


 分からない。


 分からないからこそ、今の私は確かに高揚している。


 私は……。


 竹刀を振るい続けたこの腕で、この居場所を掴み取ったんだと。


 そう信じてもいいですか?


 師匠。


 いや……。


 誰に確認する必要もないことだ。


 私は強い。


 そしてこれは、私一人だけの強さじゃない。






「殺せ!!錦っ」


 ゴヨウ村攻略班、都、いわお、錦の三人は討伐目標である鬼が潜む伏魔殿で壮絶な修羅場を迎えていた。


 長九郎ちょうくろうを羽交締めにしたまま、片方の視界が完全に真っ赤に染まった都が叫ぶ。


 いや、切られていないはずの右目も徐々に視界が狭まってきた。


 どれくらいの出血量かも分からない。人間が、どれほどの血を流せば死んでしまうのかも分からない。


 殺せ?


 人に人を殺せと、私はそう命じているのか。


 だが。


 既にこれは、殺すか殺されるかの一線をとうに超えている。


 この腕に締め上げるこの男は、間違いなく私たちを殺そうとしている。


「錦……。早くっ!!」


 錦は男の癖にひどく弱虫だ。


 だけど、本当に肝心な場面で弱音を吐いたことは一度もない。


 信用に足る人物。


 巌はどうしたんだろうか……。


 明日の稽古。


 いや、もうなにも考える必要はない。


 思考が錯綜している。


 痛みで感覚が麻痺しているが、腕の力だけは一向に衰える気がしない。


 嗚咽。


 誰の?


 私は泣かない。そもそも、死にかけで嗚咽を漏らすような余裕はないはずだ。


 じゃあ、いつもの錦か。


 ああ……。


 気が抜けたら、ひどく苦しい。


 痛みがひどい。


 これはもう、助からない。


 こうなったら人は、むしろ冷静になる。


 私は錦に介錯を頼んだ。


 介錯を頼んだ?


 こんな言葉を現代社会に生きていて使うことになろうとは思わなかった。


 ははっ。


 面白い。


 ああ……。


 やっぱり私も、笑えるんだな。


 これでいい。


 鬼は討った。

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