足跡
轡市は人口三十万人ほどの地方都市である。ここの大学で轍、厨、佃、調は出会った。
「厨さーん!遅いですよ」
「なんでそんな元気なのあんた……」
県市立図書館の前で待ち合わせをした厨と調。歳は一つしか違わないが、肉体派の調と夜型の厨では朝の血圧の具合が違う。
「ていうか、先についてるなら先に入ってるなりなんなりさ……」
「いえ!私一人ではどうにも理解できそうにないので!」
「なんで記者やれてるの?」
「持ち前の人当たりの良さと、元気と根性です!!」
「館内では静かにね」
調は轡市内に本社を置く地方新聞の記者をしている。とはいえこれは本業の取材ではなく、大学時代の友人、先輩と休日をのんべんと過ごしている範疇に含まれる……。のかも知れない。
「どこ行くにもパンツスーツの一張羅でゴリ押しする私がいえたことじゃないですけど……。厨さん、いくら休日で会う相手が私とはいえ、もうちょっと身嗜みに気を遣われた方がいいかと」
よれよれのTシャツにくたくたのジーパン、敷地内の駐車場に軽トラで乗り入れた厨に調は目を細める。
「今日は朝から重労働でさ。大吟醸の散歩もあるし、普段は店開けるの十時半からだからいいけど……。休日の方が疲れるってどういうこと?」
大吟醸は厨が飼っている豆柴である。
「あまりにも枯れ過ぎてませんか……。私たち」
「枯れてるくらいが好みの男も結構いるわよ。腐りかけの果物が一番美味しいのと同じ」
「私、二日目のカレーはいけますけど、腐りかけの……。の理論は受け入れられない人間なので。あと注ぎ足し注ぎ足しの秘伝のタレも勘弁してください」
衛生観念をどこかに忘れてきた与太話もそこそこに、二人は館内に入る。
少しずつ、口数が減っている。
図書館なのだから当然ではあるが、厨と調の脳内には全く別の、ここにはいない人間のことが思い出されていた。
環。
いつかの彼がこの古錆びた古書の匂いを嗅いでいたかと想像する。
無意味なことだと思い直し、二人は別々のフロアに手分けして向かった。