死角からの刺客
帝は、馬鹿どもに反省を促す旅路の途中、【禁忌の町】に立ち寄り、
「あ、はじめまして!」
「え……。誰」
そこで、黒髪の少女に声をかけられた。
「私です、鶫ですよ。覚えてませんか?」
「えっと、その手の詐欺はお断りしてるんで」
「いや、そういうんじゃありませんから!忘れたんですか!?【大災害の夜】、一緒に焚き火を囲んだあの日を……」
え……。
いや、
待て。
確かに、そんな奴、いたな。
でも、
あの時の女とは、見た目も、名前も、なにもかもが違うんだが。
「当然です。私はやっと、帝さんの【自意識の裏側】に辿り着いたんですから。これが、かっこつけない、本当の私です」
「な、なるほど」
「そして、帝さんの心が限界を迎えた瞬間、駄救世主によって、帝さんは別の世界線に転生したんですよ」
「はあ」
「そこで、私は他の、帝さんに好意を向ける女を鏖殺し、あの焚き火を……。すいません、言葉が過ぎました」
「え、え、なんて?」
「私は努力により、【独身男女交流会】を勝ち抜いたんです。褒めてください!」
「すごい、マジですごい」
「うーん……。私、貶されて伸びるタイプなので、いまいち興奮しませんでした」
「なんだこいつ」
それから、鶫はじりじりと汗ばんだ動きで帝ににじり寄り、
「私、理解ってますから。なぜ、司さんと雀さんを、ヒーローとヒロインに見立て、この【異世界夭逝】から追い出したのか。それはつまり……。自身の最終決戦花嫁から、一旦、目を逸らそうってことなんですよね?」
「そそそそそ、そんなことないっていうか……。違うから、万が一、ほら、気の迷いだったら困るし」
「その程度の気の迷い、私の殺意が見逃すとでも思ってるんですか?」
「あ……。はい」
「そんなことより」
一転、鶫は【禁忌の町】を振り返り、
「私は、【戒めの里】からきたんです。きっと、帝さんにとって、【戒めの里】は最も、自身の原風景に合致した場所だと思います」
「は、はあ」
「そして、ここ、【禁忌の町】は、【霊言】の発祥の地でもあるんです」
「マジか」
「私は、【戒めの里】の現人神として、口に出してはいけない【霊言】……。【霊言禁句】の封印を、護り続けていました」
「【霊言禁句】、とは」
「平たく言えば、死ねとか、消えろとか、殺すとか。暴力的で、誰かを傷つけようとする言葉の数々です」
「へえ〜。おおおおお、俺は、一度も使ったことがないから?理解らなかったなあ〜。あはは」
「逆です」
「え?」
「言葉で、人は死なないんです」
鶫は天を仰ぎ、歌うように言葉を紡ぐ。
「【禁忌の町】の住人は、ほとんど言葉を話しません。【霊言】の力を濫用しない為です。そして、溜め込んだ言葉を、【戒めの里】に奉納する。そうして、【霊言】の霊験を高めているんですね」
「はあ」
「でも、【霊言禁句】の封印に囚われたままなら、私は一生、あの里から出られなかった」
真っ直ぐに、帝の瞳を見詰める鶫。
「【戒めの里】は、大好きな故郷です。でも、ずっとそこにいたら、永遠に帝さんに会えないままだった」
「確かに……。それは、道理だ」
「これから、ガタコーのみなさんを探しにいくんですよね?」
「ああ、そうだ。厳しい道のりになるのは、目に見えてる」
「だったら、私も連れていってください」
「お前を?」
「もう一度、説明しましょうか?【独身男女交流会】について……」
「いや、もういいです」
鶫は、スクールバッグからなにかを取り出した。
いつの間にか、【倫理委員会】の制服、【童貞を護るパーカー】を身に纏っている。
「え!?」
「形だけですよ、形だけ。そしてこれは、【猫又の羅針盤】。【十二原獣】の居場所を知らせてくれる道具です」
「いや、それ、どうせ討伐しにいかないし……」
「兎も角、私は帝さんを支えたいんです!黙って受け取ってください」
【霊言禁句】の軛から解放された鶫は、
容赦がなかった。
「私は、頑張る帝さんが大好きです。ずっと、その背中を見ていました」
「お、おっふ。マジか……」
「なので」
すっ、と自然な所作で間合いを詰め、
頰と頬が触れ合わんばかりの、接近戦。
「浮気なんてしたら、ぶち殺しますからね♡」