事後
「は?」
リーズブルの惨状を目の当たりにした司は、それ以上の語彙を失っていた。
「証と縁は死んだ。魔王は俺たちが殺した。これが鍵だ」
左腕を失い、必要事項だけを淡々と伝える潮の言葉も、正常な状態を欠いた司の脳味噌を虚しく過ぎ去るだけである。
「礼拝堂、見てきた……。潮くんの言ってることは本当だよ。二人とも死んでた」
こちらも淡々とした、だが装い切れない動揺に僅かな震えを孕ませた雀が憔悴した表情で報告する。特に証の遺体は損傷が激しく、平たく言うとSAN値がピンチ状態である。
「いやあ、参ったなあ。魔王を倒すのはここにいる主人公パーティの役目だって言ったのに。まあ、そういうイレギュラーも織り込み済みの召喚だったんだけどね」
微塵も参ってなさそうな様子のモョエモンが心底嬉しそうに困り顔を作る。この異常事態において、飽くまでも眼前の事実を受け入れようと努める帝は強く息を吸い込み、震えを堪えながら上機嫌のゲームマスターに向き合う。
「そのルールを破ったところで、どうなる」
「んー、ルール違反にはペナルティを課さないとだよねえ。でも、こういう違反は僕的にはオッケーな部類っていうか……。難しいんだけど、嫌いじゃないルール違反なんだ。だから、まあ、生き残った潮の話を聞いてみてから考えようかな」
話を振られた潮は、司たちとは比べ物にならないほどに落ち着いている。
四つの鍵を集め、灼熱の門を攻略すればゲームクリア。モョエモンの話では、参加者全員が生き返り、現実世界に帰ることも可能、という段取りだった。
裏を返せば、この世界での命を張らなければ攻略が困難な難易度ということ。その他にも細かいルールがあり、それぞれの鍵があるエリアは司、帝、雀のパーティが攻略しなければならない。
「鍵はここにある。門へのハードルは一つ下がった……。それはそうだろ?」
「うん。それは間違いない」
モョエモンの明瞭な答えに、潮は少し考える。なぜそこまで冷静なんだと、司の喉元まで不毛な問いかけが込み上げてくる。
「司……。お前たちは、俺たちの命を預けるに足る人間なのか?」
不意の潮の問いに、三人の背筋は屹立する。
命。
生き死に。
なんとなく分かっていたことだが、潮は既にその一線を超えてしまっているのだと、少し前まで平穏な高校生活を送っていた若者たちも理解せざるを得ない。
「あー……。まあ、一応規定通りのペナルティってことなら、ゲームクリア報酬の生き返りを没収する、ってとこかな。要するに、一度死んだら生き返れないよ、って話」
「おい、待てよ……。いくらなんでもそれじゃあ」
やっとのことで声を絞り出した司を、潮があっけなく遮る。
「いい、それでいい。俺はここで死ぬ」
なんの力みもない、あっ、どうせ出かけるから買い出ししてくるよ、くらいのノリで、潮は現世への未練を断ち切った。
司も、帝も、雀も、そんな唐突な宣言を理解できるはずもない。しかし、今の潮にはそれでも納得させてしまうような説得力がある。
「僕が言うのもなんだけど、君たちの功績を鑑みて特別な処置も考えないことはないんだよ?どうしたって助からない、ってんじゃプレイヤーのモチベーションにも関わるし……」
「何度も言わせるな。俺はここで死ぬ。もう既に……。二人死んでる」
潮のトーンは変わらない。変わらないからこそ、これがどうしようもない現実なのだと、背筋の強張りが三人の意識を悴ませる。
「それじゃ、話も済んだところで次の目的地の……。って、流石にまだそんなテンションじゃないか。まあ、しばらくはこの街でゆっくりしていくのもいいだろうね。君たちの仲間たち、どうやらなかなか骨のある子たちらしいからね」
潮は、ごく自然な足取りで姿を消した。
その後、司たちの旅路で姿を現すことはない。
半壊した街並みに、場違いな旅人たちだけが取り残されていた。