プロローーーーーーグ
災害。
病気。
事件。
事故。
自殺。
老衰。
死に方のバリエーションは数あれど、自身のそれを望み通りにコントロールすることは難しい。
「君は世界の味方かな?」
鬱陶しい、耳障りな声がそう問いかける。
誰も味方なんていない。
人の心は分からない。仲間のようでいて、腹の底で何を考えているかなんて知る由もない。
だが一つだけ言えるのは、自分自身の腹の底は嫌という分かってしまうこと。
俺は世界の味方なのか?
くだらない自問自答だ。
心底くだらない。
決まっている。
俺は……。
「御託はいいから、力を貸せよ」
問いを無視された耳障りな声の持ち主は、その反応こそ待っていたとばかりににんまりと笑い、愉快そうに言葉を継いだ。
「そうそう、やっぱりそうこなくちゃ。ゲームは本気でやらなきゃ面白くない」
一歩を踏み出すと、足の底の皮が燃えるように熱い。
化け物どもの不気味な相貌が一斉に俺の方を向く。
もう何度目かの地獄だ。
だが、
この苦しみこそが、本当に必要なものだったんだ。
「ゲームをクリアする為の唯一の方法は、ゲームをクリアするまで挑み続けることだ」
「ははっ、けだし名言だね」
次の瞬間、俺はセーブ地点まで戻されていた」
「糞っ!!」
県市は人口十万人ほどの程良い地方自治体である。
平凡な人々が平凡な日常を送るこの町に、平凡ならざる運命を抱えた少年がいた。
司。
母親の庵と二人暮らしを送る彼は、長大たる未来にビッグな夢を抱く健康的な若者であった。
「ねえ司、オムライスにはケチャップだと思う?」
「なに言ってんだよ母さん、オムライスには砂糖醤油だろ」
「そうだよね、流石は私の息子」
「DNAって怖いな……」
司の父親、昴は既に命を落としている。冒頭の死に方バリエーションで言ったら、事故。彼は轢かれそうな仔犬を庇って轢かれて死んだ。
「嘘みたいだよね」
「なにが?」
「お父さんの死に方」
「ああ……。ていうか俺、現場を目撃してないから未だに半信半疑なんだけど」
昴はなんということはない、夫婦二人での買い物の帰り道に轢かれて死んだ。その時の司はまだ胎児だった。
「新しい命が生まれて、さあこれからだぞ!!って時に逝っちゃってさあ……。勝手すぎるっちゃありゃしないよね」
「父さんのこと、嫌いになった?」
「死んだ人のこと、嫌いになってもねえ……。でもさ、変な話、血を流して倒れてるあの人を見て、ああ、やっぱりこうなったんだ。って……。酷い人みたいだけど、あの時の私は妙に納得しちゃったんだよね」
「子供に聞かせるには重いよ……」
「でも、司はお父さんのこと知らないでしょ?私が聞かせてあげなきゃ」
「オブラートってものをさ、もっとこう……」
「あらやだ、そんな難しい言葉どこで思えたのかしら」
庵はため息をつく。しかしそれは、悲しみや怒りというものとは少し違う、美しい思い出に思い馳せる時のような、そんな。
「あの人がああじゃなかったら、私はあの人を好きにならなかった」
すっ、と庵の瞳が司を捉える。司はなぜか動けない。
「ああじゃなかったら、司はここにいなかった」
世の理はなんとも残酷で、理不尽で、時に思ったより温かい。
そんな陽だまりの時間が暫しすぎて。
「じゃ、昔話はほどほどにして。買い出しに行きたい人ー」
「募集形式にしないでいいから。どうせ強制だし」
「嫌々やるより、自分からやる方がやる気出るでしょうが」
「買い物リスト、早く書いてよ」
何気ない会話を済ませたところで、司はいつものように買い出しに出かけた。
そして帰ってくると、母親が意識を失い倒れていた。
父親との思い出話もほどほどに、庵は昴の元へ旅立ってしまったのだ。