9話
さて、どうしましょう。
灯り無しの状態では、足下ぐらいしか見えませんし。
これは、完全に立ち往生ですね。
「結構、ヤバイ状況なんじゃないでしょうか……」
つい小声が漏れてしまいます。
いやでも、灯りが無い状態でどう行動しましょうか⁉
足元は見えるので、街道に沿って王都に戻りますか?(自信はないですが)。
周囲を見渡します。
(おそらく)イケメンさんと案内人、反対側には他御三方のランタンの灯りが揺らいでいます。羨ましい‼
「あれ……?」
遠くのほうに、灯りがもう一つ見えます。
近衛兵の方々とは、全く別の方向です。
その灯りは点のように小さく、また時々、消えてしまいます。
おそらく谷を越えた先の、隣の山腹からでしょう。
「ランタンを持っているときは、気づきませんでした」
これはもう、行くしかありませんね。
街道に沿って行けば、そんなに遠くありませんし。
灯りがあればの話ですが……。
――でも、翌朝になったら軍や衛兵が動き出すかもしれないんですよねー。
じゃあ、行きましょう。
途中、何度も転びそうになりながら、淡い灯りがあったところらへんに着きました。
でも辿り着いたのは山中ではなく、ちょっとした林でした。
まだ、林の中には入っていません。
だって、灯りも無しに暗い林間に入るのは自殺行為でしょ?
でも……。
「きっと、先程の灯りはこの中なんですよねー」
この林は、子供だけで遊び半分で入ったら迷子になる、と王都では言われています。
まあ、わたしは大人な女性なので、行きましょう。
わたしは、林に足を踏み入れました。
この林間に街道は通っていないので、足場は整備されていません。
一歩ずつ、地面を確かめては歩き、そして何歩か歩いたら辺りを見渡します。
それを何回か繰り返し、
「あれは……」
背の高い草が生えている隙間から時々、灯りが姿を現します。
――なるほど、消えたり灯ったりしていたのは、こういうわけですか。
風に揺られ葉っぱがなびくと、葉と葉の間から灯りが漏れていたのです。
わたしは、その草むらを掻き分けながら奥に進みました。
緩やかな坂になっており、辿り着いた先は周りよりも地面が窪んでいました。
そこには野営をしていた跡と、
――洞窟?
が、あります。
洞窟の両脇にはかがり火があるので、灯りの正体はこれでしょう。
心臓が、うるさいです。
もし、この中に野盗が潜んでいると考えると、全身の震えが止まりません。
そう、王都で捕まった野盗が、ここの野盗とは限りませんし。
そもそも、旅人が休息をしていった痕跡かもしれません。
――行ってみましょう。
近衛兵さんとは、今回の件とは全く関係の無い場所の可能性もあります。
ですが行ってみないと、何の結論も出ません!
わたしって、勇気がありますね。教会育ち舐めんなぁこのぉ!
恐る恐る、洞窟に近づきます。
バキッ、という音に体が固まります。
ゆっくりと下を向くと、二つに割れた小枝がありました。
どうやら、踏んでしまったようです。わたし、そんなに重くない筈ですが……食事制限でもしましょうか。
そして、洞窟の入り口に差し掛かります。
入り口からでも、先が確認できないほど真っ暗闇です。
――そんなに深くないことを願いますっ!
ほんと深い洞窟だったら、いよいよ帰宅できません。
マスター、ニィちゃん。最後に聞いたわたしの言葉は何ですか?
まあ、死ぬ気はありませんが。
「ふぅ……」
軽く深呼吸をしました。
かがり火から炎を拝借し、ランタンに灯りを点けます。よし、準備OKです!
洞窟に入ります。
手で壁を触りながら、迷わないように奥に進みます。
幸いにも、途中で分かれ道はありませんでした。
それに、奥が深い洞窟でもありません。
少し歩くと、檻のような格子があり、その中には――。
「……っ!」
悲鳴を上げそうになりますが、歯を食いしばって抑えます。
格子の向こう側には、人がいました。素裸の女性が一人、こちらに背を向けています。
もうこれは、檻じゃないですか……。
しかも何のために、女性が衣服を纏わずに閉じ込められてるのか、想像するだけでおぞましいです。
「あの」檻の前まで行ったわたしは、女性に声を掛けます。
女性はゆっくりと、わたしのほうを振り返りました――えっ⁉
女性の顔に見覚えがありました。
やつれて、輝く金色の髪もボサボサで、目も虚ろですが、間違いようもない。
「アスティさん‼」
わたしは叫びました。洞窟に声が反響します。
「アスティさん、アスティさん!」
何度も、彼女の名前を呼びます。
久しぶりに会いました。ガスターさんから攫われたと聞いて以来、ずっと心配してたんですよ……っ。
大丈夫、なんて楽観的な言葉を掛けるのは、彼女の姿を見たら憚られます。
「今、扉を開けますからね」
檻の扉を見つけ、開けようとします。
幸いにも扉は、取っ手に角材をはめているだけなので、外側からなら簡単に開けることができました。
「アスティさん」と呼びながら駆け寄ります。
そして、わたしの上着をアスティさんに羽織らせます。
「アスティさん……」
とても、無事でよかったなどとは言えません。
彼女はわたしのほうを向いてはいますが、視線はどこか彷徨っているようで、目が合っている気がしないです。
でも、生きていることに変わりはありません。
優しく、ですがしっかりと、アスティさんの身体を抱きしめます。
すると、
「アーラちゃん……?」
掠れた声がして、アスティさんの顔を見ます。
虚ろな目は、わたしのほうを向いていても、やはり合っている気がしません。
でも確かに彼女は、私の名を呼びました。
「そうですよ、アスティさん! わたし、アーラ・ワックスハイトですよ」
この機を逃さず、まくし立てるように語り掛けます。
「いつも閑古鳥が鳴いている酒場で働いている、でもマスターもニィちゃんも、常連の方々も優しくて……っ」
気がつけば、アスティさんの身体を強く抱きしめていました。
泣きじゃくってしまいそうなのを堪えながら。
でも、頬を伝う生温かいものは感じて。
「そんな人たちに囲まれて、わたし、そんな酒場で働いているんです」
涙を堪えられず、ひっく、としゃくりあげてしまいました。
「そこにはもちろん、アスティさんたちがいらっしゃって……。でも、ある日を境に皆さん全然、来なくなっちゃうじゃないですかっ。そう思うのも束の間で、近衛兵さんが、お独りで来店されたと思ったら、指名手配されているし、アスティさんとエリュさんは攫われた、ってガスターさんが衝撃な言葉を言ってくるし……そのガスターさんだって、謎の襲撃によって殺されるし、もう何が何だか分かりませんよぉ」
とうとう、声を抑えきれずに泣き喚いてしまいます。
でも、堪えることができません。
やっと会えたアスティさんも、無事ではなかったんですからぁ。
もう嫌だ、ほんと。色々と、嫌になってしまいます。
アスティさんの身体を(自分では気づいていませんが)きっと、強く抱きしめすぎたのでしょう。
「痛いよ、アーラちゃん」
優しくて、ホッとするような声が、いつもの酒場で聞いていた懐かしい声がしました。
アスティさんの身体から離れ、代わりに彼女の顔を見ます。
今度は、視線が合いました。
「アスティさぁぁぁぁぁん!」
きっと、今のわたしの顔はしわくちゃになっているでしょう。
でも、アスティさんは優しい笑みを向けてくれました。
「何だか、懐かしい感じがするわね。でも、アーラちゃんがそんなに泣いているのは新鮮」
「そんなこと言ってる場合ですかぁ。こっちは、ずっと心配して、ようやく会えたと思ったら、アスティさんはアスティさんじゃなくなってる感じがして……」
「ごめんね、アーラちゃん。私も、心に余裕が無かったの。でも、アーラちゃんが来てくれて、凄く安心したよ」
「謝らないでくださいよぉ。とにかく、早くここから帰りましょぉぅ」
うん、アスティさんは言って、腕を見せてきます。
アスティさんの手首に、鉄の枷がついていました。
「これは……っ」
思わず、口を手で押さえます。
女性にこんなことをするなんて、赦せません。
「魔法を封じ込めるためのもの。どこか、これの鍵があると思うから探してもらえる?」
わたしは言われた通り、鍵を探しました。
ランタンの灯りを頼りに洞窟内を探します。
壁際にあった木箱に、それはありました。
わたしは鍵を持ってアスティさんの許へ行き、手枷を外します。
「ありがとう、アーラちゃん」
「いえ。――歩けますか?」
訊くと、アスティさんが立ち上がろうとします。が、立ち上がったとき、よろけてしまいました。
わたしは慌てて、自分自身の体をアスティさんの支えにします。
「ごめんね」
「これくらい、どうってことないです! ――では、行きましょうか」
待って、とアスティさんが止めてきます。
「あの子も、連れて行かなくちゃ」
わたしは、アスティさんが指し示すほうに向かいます。
檻の中、奥のほうです。
ランタンでかざし、そこには口元から血を流す女性が倒れていました。
「エリュ……さんですか?」
アスティさんに訊きます。
返ってきたのは、肯定の意味を含めた言葉でした。
ああ、分かっています、分かっていますよ。
顔を見たら、間違いようもないエリュさんです。でも、否定してほしかったですよ……。
だって、エリュさんはもう、生気がない顔をしています。
「死んで……しまったんですか」
アスティさんが何て返答するのか分かっていても、訊ねずにはいられませんでした。
「ええ。ここでの生活が耐え切れずにね。――私達、ここを根城にしている野党に、ずっと犯され続けていたの」
何ともなしに言っているようでも、声が震えているのを、わたしは感じ取ってしまいました。
「それで、エリュは……耐え切れず、そこら辺に転がっている石を飲んで、喉を詰まらせて自害したわ」
わたしは、黙り込んでしまいます。
何をどう返答すれば良いのか、分かりません。
そもそも、さっきから頭が整理できませんよ。
やっとアスティさんに会えて、そしたら今度はエリュさんが死んでいて。
「エリュも、連れて行ってもらえないかしら」
アスティさんのお願いでなくても、わたし自身、エリュさんを連れ帰りたいです。
でも、
「今は、アスティさんを連れ帰るので精一杯です……ごめんなさい、本当に申し訳ありません」
アスティさんを支えた状態で、エリュさんを連れ帰るのには無理があります。
「でも、エリュをここに置いては行けないわ」
アスティさんの意思は固いようです。
「ごめんなさいね。私も、アーラちゃんの負担が大きくなるのは分かっているの。でもエリュをこんな場所に、独り置いておけない。――私は、自分で頑張って歩くわ。だからアーラちゃんは、エリュをお願い」
ここまで頼まれれば、断れません。
わたしは、エリュさんの手枷を外し、おんぶします。
エリュさんには、わたしの服を着せます(裸の状態ではいけません)。
わたしのほうは下着姿になってしまいますが、構いません。
アスティさんにランタンを持って先導してもらい、街道を進みます。
「ところで、アーラちゃん。“近衛兵さん”が指名手配されている、って言ってたような気がしたのだけれど」
そう、アスティさんが切り出しました。
「はい。言いました。手配書を見たわけでもなければ、軍や衛兵の方に聞いたわけでもないのですけれど……ただ、ガスターさんが言っていて。後、ある近衛兵の5人も探しているようでした。実際に、わたしも本部まで連れて行かれて色々と質問されましたし」
「おかしいわね。いくら身内から指名手配犯が出ても、捜査はあくまでも軍か衛兵。近衛兵団は口を出さないわ」
やはり、近衛兵団が動いているのは変なんですね。
「それで、アーラちゃん。ここからが重要なのだけれど」
アスティさんの口調に、真剣みがあります。
わたしは、ごくんと唾を飲み込みました。
「ガスターの“クソ野郎”は死んだ、そう言ってたわね?」
クソ野郎? アスティさんって、ガスターさんのこと嫌ってました?