8話
「この手記、息子のじゃないわ」
え?
「こんな達筆な字は見たことないし、何より、息子が書く内容じゃない」
お婆さまは、手記をわたしに返してきます。
差し出され、拒否することもできず受け取りました。
お婆さまは、少しだけ微笑んで言います。
「何より私達、生まれも育ちも王都だから」
じゃあね、と老夫婦は去ってしまいました。
わたしは、ぼけ―っとしながら、その後ろ姿を見送っていました。
――どんな内容だったのでしょう。
手記は、どんな内容だったのでしょう。
生まれも育ちも王都、と言うことは出自に関する何かでしょうか?
老夫婦の姿が見えなくなってから、わたしも帰り道を歩き始めます。
――この手記は、いったい誰の物なのでしょう。
いえ、何となくですが近衛兵さんの物だと思います。
近衛兵さんの部屋にあった手記、ガスターさんが近衛兵さんの部屋を出たタイミングからして、おそらく。
「どちらにせよ、人の物を勝手に見て良いのでしょうか……」
でも、近衛兵さんへと繋がる手掛かりになるのなら。
わたしは、返された手記を見つめながら、家に帰ろうと歩き出しました。
「知ってるか? 東で旅人や商人を襲ってた連中が捕まったそうだ」
「ああ、近くで出てる野盗どもか。へぇ、やっと捕まったんだな。これで、そっちのほうに行っても追い剥ぎには遭わずに済みそうだ」
帰り道、ご近所さんたちの会話が聞こえてしまいました。
夜ですし、もう少し小声のほうが良いですよ(心のアドバイス)。
何となく聞き流し、通り過ぎようとしましたが、足を止めました。
――東に巣食っていた盗賊。
「そう言えば」
近衛兵団を襲撃した攻撃も、東から来たような。
これは、確かめたほうが良い気がします。
近衛兵さんは、兵団を追放処分されたと言っていました。
もしこれが、近衛兵さんによる仕業なら彼に会えるかもしれません。
「いや」と、頭を振ります。
近衛兵さんが処分を受け、本部が壊された。
ただ、タイミングが合っているだけです。
それだけで近衛兵さんの仕業だと決めつけるのは、早すぎます!
それに、処分を受けた復讐をするような方には見えませんし(わたしの勝手な意見ですが)。
手記にしたって、そうです。
ガスターさんが近衛兵さんの部屋を出たのと、わたしが来たタイミングが合っただけです。
それだけで近衛兵さんが関わっている手記、と断定はできません。ええ、断じて。
「でも、期待は持ってしまいますね」
再び、帰り道を歩き始めます。
でも、仮に近衛兵さんに会えたとして、何を話すのでしょうか。
やっぱり、ガスターさんの言っていた、賊を引き入れた理由でしょうかね。
――そんなことをするような人には見えないんですけどー。
夜道は危険ですが、今すぐにでも、東に行ってみましょう。
時間が経てば経つほど、近衛兵さんの痕跡は無くなるでしょう。勘ですけど。
王都は城壁に囲まれてるため、街門と呼ばれる、南にある門で出入りをします。
この門は常時、門衛が出入りを管理しています。
今はまだ開いている街門ですが、定刻になったら閉まるので、早いとこ行って帰って来ましょう。
ランタン片手に東のほうへ、街道に沿って歩いて行きます。
山中に通じる道を登っている途中、街道から外れたところに人影を確認しました。
わたしは咄嗟に、近くの茂みに隠れます。ランタンの火も消しました。
丁度、この場所は丘のようになっていて、人影はわたしよりも上にいます。
――3人でしょうか?
茂みに隠れながら、確認します。
全部で3人でしょう。少なくとも灯は3つあります。
今の時間帯は、ランタンやたいまつを使わないと前が見えません。
なので、灯りの数がそのまま人の数だと思いました。
――いえ。
反対側の斜面から2人ほど上がってきました。
2人はわたしが隠れている茂みの前を通り過ぎ……。
――え⁉
思わず、声がでそうになるのを必死に抑えます。
通り過ぎた2人の顔が、彼らが手にしていたランタンの灯りであらわになりました。
それも最近、嫌というほど知ってしまった顔です。
――イケメンさんと案内人。
前を通った2人は、イケメンさんと、本部でお世話になった案内人でした。
彼らは茂みの前で立ち止まり、上のほうから下りて来た3人と合流しました。
よりにもよって、茂みの前で。
それに、合流した3人のほうも……。
――近衛兵さんを追って店に来たときと、わたしを連行した際にもいたような。
仲の良い5人ですね。
てゆーか、何でこんな場所にいらっしゃるのでしょう。人のことは言えませんが。
「そっちは見つかった?」
イケメンさんが言い、別の誰かが答えます。
「いや」
「あの野盗どもは、この辺りを根城にしていると吐いた。必ず探し出せ」
野盗と言いますと、王都を出る前に聞いた、捕まった野盗のことですかね?
それにしても、何で近衛兵が野盗の根城を探しているのでしょう。
現場を検めるなら、衛兵でも良い気がするのですが。
――あ、そうだ!
今、イケメンさんたちが本部にわたしを連行するとき、納得できなかった理由が分かりました!
イケメンさんは、『罪人を捕まえるのは軍か衛兵』と言いました。
罪人を捕まえるのが軍か衛兵なら、捜査をするのも軍か衛兵でしょうに。
だから、あのときは腑に落ちなかったのです。
「だけど、本当に居るのか?」
「いる。あいつが言ったのだから、必ずいる筈だ」
あいつ? こりゃまた、意味深なことを言いますね。
それに、誰かを探しているような口ぶりです。
――近衛兵が?
それこそ、衛兵方の仕事でしょう。
――そう言えば、近衛兵さんのことも追っていましたね。
指名手配犯を、近衛兵団が追うことはあるのでしょうか。
同僚で、手の内を知っているからでしょうか。
いえ、案内人も仰っていましたが、近衛兵団の本分は王族の身辺警護のはずです。
でしたら、罪人のことは軍か衛兵でしょう。
――それに、近衛兵さん関連でお会いするのも、決まってこの5人です。
いよいよ、何か裏がある気がしてきますね。
「捜索範囲を広げる。もう一度、二手に分かれて探すぞ」
「すでに暗い。早朝のほうが発見しやすいだろ?」
案内人の言う通りですよ、イケメンさん。
「いや、衛兵が動く前にどうにかしたい。我々は、非公式に動いているのだから」
分かった、と案内人が頷きました。
そして、さっきと同じ組み分けで5人は離れて行きます。
皆さんが離れるのを確認し、わたしは立ち上がりました。
――さて、野盗の根城とやらを先に見つければ、近衛兵さんに繋がる何かがあるかもしれませんね。
イケメンさんたちは今回、非公式に根城の捜索をしている。
そう、これだって本来なら衛兵とかに任せれば良いものです。
でも、そうしない。そうしない理由がある。
――イケメンさんたちと、ガスターさんも近衛兵さんを探していましたね。
ですが、ガスターさんは店に近衛兵さんが来たことを知らなかった。イケメンさんたちが彼のことを追って来たことも。
指名手配犯を追ううえで、情報交換がされていないことなんてあるのでしょうか?
もし、近衛兵さん探しも非公式で行われていることだとしたら……。
――野盗の件と、何かしらの関りがあるかもしれない。
以上の理由から、先に野盗の根城を見つければ、何か情報があるかもしれません!
さすが、わたし。ニィちゃんでは到底、この結論に辿り着けませんよ!
と言う訳で、探しましょうか。
ですが、ランタンの灯を咄嗟に消してしまい、真っ暗闇なんですよね。
どうしましょう。