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6話

「ここは、あいつの部屋だ」


 と、案内人が呟きました。

 わたしは、え、と彼女の顔を見つめます。


「言うまでもないと思うが、お前が、近衛兵さん、と呼んでる奴の部屋だよ。最も、この部屋の調査はすでに完了しているがな」


「まだ、物は残っているのです?」


「ああ、気になるか?」


 そりゃ、まあ。

 もしかしたら、近衛兵さんに繋がる物があるかもしれないですし。


「だが、悪いが見せられない。知り合いとは言え、あいつは追われている身だし、一応な」


 ですよねー。

 そうですか、とわたしは返答します。

 その語調が残念がっていたように感じたのか、案内人が、


「まあ、何もない殺風景な部屋だよ」


 少しだけ室内の様子を話してくれました。


「必要最低限の調度品と……後は、やたら手記みたいなものは多かったな」


「手記、ですか?」


「ああ。多すぎて、まだ全部は検閲できてないけどね。内容は……ちょっと言えないな。――それより、トイレは大丈夫?」


 あ、すっかり忘れてました。

 もう、思い出させないでくださいよ!

 急に尿意が戻ってきちゃったじゃないですか。

 これだと漏れ……やっぱり、思い出して良かったです。

 廊下の奥にあるのが手洗い所で、用を足し終えると再び案内人に付き従います。

 そして、近衛兵さんの部屋の前で、


「あ、おーい、そこの。悪いがこっちを手伝ってくれないか」


 廊下を真っすぐ、先のほうから誰か(と言ってもわたしではないでしょう)を呼ぶ声が聞こえました。


「荷物を運んでいるんだが、人手が足りないんだ」


 これに、案内人が答えます。


「すまないが、こっちも人を送るところなんだ」


 そうか、と廊下の先から肩を落とすような声が返ってきました。

 なんだか、申し訳ない気持ちが生まれましたね。

 案内人がこちらを振り返って、


「すまない、行こう」


「行ってあげてください」


 わたしが言うと、案内人がきょとんした顔をしました。


本部(ここ)はそんなに複雑ではないので、ひとりでも帰れます」


 案内人は少し悩むと、


「分かった。もし分からなくなったら、その辺に居る奴らに訊いてくれ」


「はい、分かりました」


 廊下を駆けて行く案内人を見送り、わたしは深くお辞儀をします。

 ――さて、近衛兵さんに部屋の前で独りになれたのは、なんたる偶然でしょう。

 と言う訳で、失礼しますぅ~

 わたしは極力、音を立てないように部屋のドアを開けます。

 中に入り、これまた静かにドアを閉めます。

 近衛兵さんの部屋は、彼女が言った通りでした。

 机と椅子と、ベッドと。やたら机は多いですが、一つは手記が大量に乗っかています。

 わたしは、手記の一つを取りました。

 ページをめくってみると、


『魔法と神、天使および悪魔に関する研究』


 と、達筆な字で書いてありました。

 わたしは、ページを進めていきます。


『魔法を得るには“儀式”を受けるしかない。』


 んー、これは、ガスターさんだかアスティさんだかが言っていた気がします。


『以下に儀式の簡略な手順を綴る。

1.祈祷師と共に特別な祭壇に入り、そこで神に祈りを捧げる。

2.祈りを聞き届けた神は、その者に恩恵を授ける。これが、俗に“魔法”と呼ばれている代物だ。

3.賜った魔法は、人により異なる。同じ魔法を扱う者も複数いるが、逆に稀有な魔法を扱う者も居る。尚、賜る魔法の法則性は不明。要調査

 注釈:儀式の際、供物が必要。これは本人の気持ちによるものなので、常識的に考えられるものなら何でも良いとされている。しかし、神を冒涜、侮辱するような物は当然だがダメだろう。』


 ふむふむ。わたしには、さっぱり分からない内容ですね。

 とりあえずまあ、先を読み進めてみましょう。


『祈祷師は、国中に潜んでいる。いや、普段は一般人として暮らしていると言ったほう正しい。

彼等は、魔法を賜る儀式があるときにだけ召集され、姿を現す。

魔法は危険なため、犯罪抑止、王国転覆等で悪用されないよう、一般人には出回らない。そのため、魔法を得るには、魔法を活用している軍か近衛兵などに入るしかない。』


 へえ、なるほど。それで、私は魔法のまの字も知らないわけですか。

 ――あれ、だとすると……。

 近衛兵さんは、近衛兵団に入った後に魔法の研究を始めたんです?


『無神論者の俺にとっては、辻褄が合わないと思う。

第一、神自体が人間が創り出した想像に過ぎない。それ故、創造物から恩恵を授かっている。よって、魔法も人間が創造した物に過ぎないのではないか。』


 む、毎朝そして毎夜、お祈りを欠かしていないわたしにとっては、やるせない文章ですね。

 でも、平等に魔法が与えられないのは不思議です。


『しかし、逆に言えば神が本当に存在していると言う証拠になるかもしれない。

そこで俺は、“天使”と“悪魔”に注目した。

もし、ここで言う神が神話に出てくる神のことを言うのならば、神の使いである天使や、逆に悪魔からも魔法を授かることができるのではないか。』


 何だか、わたしの中でミステリアスな魅力を持った近衛兵さんのイメージが、段々と崩れていきます。


『今まで観測できている魔法は、神話の中で――神話ほど大規模ではないが――神々が扱っていたものに酷似している節がある。

ならば、神話に登場する天使や悪魔の力に類似する魔法を観測すれば、神話と魔法の関係性がある可能性が生まれる。

しかし、あくまで俺の研究対象は魔法であるため、神話に関しては、魔法と関連する事柄だけを参照し、必要ならば解明する。』


 ……魔法の解明。

 ここまで読んだ限りでは、近衛兵さんは魔法の全貌を、根拠を基に解明したいのでしょうか?

 それより、いったい、近衛兵さんは何者なんです?

 どうして、魔法を研究しようと思ったのでしょう?


『まずは、天使の力に類似する魔法を観測する実験を始める。

【実験内容】

協力者に儀式を受けてもらい、そこで天使の力を得る。

通常通りに儀式を行っても、まず天使の力を得ることはないだろう。そこで俺は、媒介を特定の何かに変えることで授かる魔法が変わり、ひいては天使の力に類似した魔法も得るのではないかと仮定した。

1回目~10回目を、媒介を変えて実験してみた。魔法の威力や規模は大なり小なりあれど、全員が異なる魔法を手にした。しかし、神話上で神々が使っているものに酷似している。』


 10回って、どんだけ協力者いるんですか。

 いえ、近衛兵さんは、それだけ協力者を募れるような人物なのでしょうか?


『これ以降は、成果を望めない。

11回目以降は媒介を統一し、神に祈るのではなく、天使に祈りを捧げることとする。しかし、結果は魔法と言う力を得ることすら叶わなかった。

ならば、神話と魔法は関係ないのか。まだ悪魔との関係性を証明する実験はしていないため、ひとまずは、そちらに移る。』


 いよいよ、悪魔の力を得る実験……ですか。

 正直、わたし自身、悪魔に良い印象を持っていないせいか、この実験の意義が分かりかねます。


『悪魔の力を得るのには然程、時間が掛からなかった。

以下には成功内容だけを書く。

【悪魔の魔法】

ここでは、悪魔の力のことを“悪魔の魔法”と呼ぶことにしよう。

天使から魔法を授かるよりも、はるかに簡単だった。

実験内容の詳細は別手記に記録しているため、ここでは悪魔の魔法を得る方法と結果だけを書く。

>用意するもの

悪魔の魔法を取得する人間(できれば、信仰心が低い者のほうが良い)』


 まさか、人間まで“もの”扱いですか……。

 近衛兵さん、あなたはいったい……。


『贄(成功例:ヤギ、ヒツジ、ニワトリ)

供物(贄とは別途用意。こちらも動物類、生きている生物を用意すると良い。ふんだんに必要)

光が届かない場所(洞窟、地下室などの(そら)とは隔絶された場所)

自身の血(1滴あれば問題ない)

※儀式は独りで行うこと。祈祷師は必要ない。

※贄は生きているもの

>時間帯

日没後、夜中。

>天気・天候

絶対条件ではないが、曇りや雨などで太陽が隠れていると成功率が高い。

>実験結果

悪魔の魔法にも様々な種類があった。

規模も、神話に描かれているような規模だ。神話に登場する悪魔の力が、そのまま行使できている模様。

これにより、神話と魔法が関係している可能性を証明できた。

※悪魔の魔法を得た者は、何かしらの障害を抱えた。

症例:自我喪失、精神崩壊、思考能力の低下、体の一部(あるいは全部)が動かなくなる、五感の(一部あるいは全部)機能停止、幻覚、内臓の欠損・・・etc.』


 え……。

 言葉が……でません。

 なんです、これは……。


『悪魔の魔法は強大だった。強大な力を得るには、見返りが必要だと仮定する。

俺はこの現象を“代償”と呼ぶことにする。』


 え、代償?

 すでに、生きたヒツジさんたちを捧げているのに?

 魔法を得た人からも、何かを取るんですか?

 そんなの、


「そんなの、わたしが使ってみたかった魔法でも何でもありません……」


 悪魔の魔法には、憧れも期待も微塵も無いです……っ!

 わたしは、次のページをめくるのが怖くなりました。

 ――途端、耳をつんざく音がしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんな死ぬほど怪しい手記が何故残っていたのか、罠になのか、それともまた別の意味が…?
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