5話
さて、これからどうしましょう。
ガスターさんの話を聞いて、ますます近衛兵さんのことが気掛かりです。
ですがマスターからは、もう関わらないほうが良いと言われました。
「とは言え、関わろうにも手掛かりは無いんですよね」
王都は南東の、酒場の近くにある広場にて、わたしはぼやきました。
広場と言っても、雑草ばかりが生えた土地に木製のベンチがぽつんと設置してあるだけです。
わたしはベンチに座って、雲一つない青空を眺めていました。
わたしは、ため息を吐きました。
当の本人である近衛兵さんの居場所は分からないし。
ガスターさんの話では、事の全貌を把握できませんし。
ほんと、どう言うことなのでしょうか?
近衛兵さんが王子様を襲撃……仲間を裏切ったってことですよね?
わたしの頭では、考えても何が起こっているのか皆目見当もつきませんね。
わたしは、ベンチから立ち上がります。
「お仕事に戻りますか」
そうして通りのほうへ向くと、数人の人が立っていました。
わたしは通りへ出ようと、構わず彼彼女らを素通りしようとしました。
すると、
「おい、待て」
呼び止められました。
仕方なく声のほうへ振り返ると、
「あなたは……⁉」
そこには、例の(キリっとした顔立ちの)近衛兵の方でした。
以前、近衛兵さんに吹き飛ばされたご本人に違いありません!
「お前、あの酒場の給仕だな」
彼は言いながら、ここから見えるお店を指さします。
うーん、正直に言って、この人はあまり好いていないのですが……。
個人的な理由で、全近衛兵を敵に回すのは良くありませんよね。
ここは、大人しく会話に応じましょう。
「はい、そうですが」
「“あいつ”と知り合いの給仕で間違いないな?」
「あいつ、と言いますと?」
「とぼけるな。名前も知れない近衛兵だよ。確か、“近衛兵さん”だっけ?」
やはりそうですか。
「ええ、それがどうかしましたか」
「アーラ・ワックハイト。16歳。王都の教会で孤児として過ごす。最近、働き手を見つけて自立。――お前の調べはついている。大人しく、質問に答えてもらおうか」
ふむふむ。人の情報を勝手に調べやがったのですね。
イケメン(個人的視点から)だからって、して良いことと悪いことがありますよ!
「わたし、何も罪は犯してないかと存じますが」
まあ、近衛兵の方には逆らえませんよねっ。
「罪人を捉えるのは、あくまで衛兵か軍の職務だ」
話を続けようとする彼――イケメンさんと呼ぶことにしましょう――を、手振りでこう促します。
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」
わたしはイケメンさん(その他4人)を、店の裏庭に案内します。
ここには、マスターがリラクゼーションするために置いた、外用のテーブルと椅子があります。
早朝は、ここでコーヒーを嗜むそうですよ。
友人等を呼んだときのために、椅子は多めに買ったそうです。
丁度、5脚あるので全員が座れます。あ、わたしの分はありませんね。
5人を椅子に勧めます。
「申し訳ありませんが、他のお客様にご迷惑をお掛けしないよう、こちらでお伺いします。――お茶でも淹れて来ますので、少々お待ちください」
「いや、お構いなく。――それより、話を聞かせてもらおうか」
言われたわたしは、イケメンさんの隣に立ちます。
「まずは、お前とあいつの関係性だ」
お前、扱いですか。
ちょっとだけムカッときますね。
「関係性も何も……ただの、客と店で働く者の関係ですよ」
「だが、随分と仲が良いようだが? それだけの理由では、我々が店を来訪した際、あいつを庇う理由にはならんだろう」
んま確かに、ガスターさんたちも含めて常連さんでしたし。
名前すら分からない、ある種、神秘的な近衛兵さんに惹かれていたこともなくはないですが、
「はい。知人を庇うのに、理由は必要ですか?」
うん。今のセリフは決まった気がしますね!
「知人……か。取り敢えず、事情を聴取したい。近衛兵団の本部まで、ご同行願おうか」
ん? 本部? ご同行?
「え、あー、それは、わたしが近衛兵団の本部に連れて行かれると?」
「そうだ」
「なぜです⁉ わたし、何も悪いことしていませんよ⁉」
「いやだから、ただの事情聴取だ」
納得できません!
「嫌です。だってわたし、前科を付けたくありませんし。それに、わざわざそちらに行かなくても、ここでたんまりと訊けばよろしいではないですか!」
「別に、本部に来たからと言って前科が付く訳ではないぞ。逆に訊くが、本部に来ると何か不都合があるのか?」
「いや、それはそのー……」
わたしが口ごもると、イケメンさんが盛大にため息を吐きました。
「念のため、詳しく聞きたいだけだ。あっちのほうが、もし何かあったときお前を拘束しやすいしな」
「めっちゃ脅しじゃないですか」
「やましいことがないなら、問題ないだろ」
ぅ、そう言われてしまうと、確かにそうなのですが。
でも何か、納得できないところがあるんですよね。
腑に落ちない、と言いますか。
わたしは、指をすり合わせてもじもじしながら、
「だって、本部って貴族街でしょ? すごく緊張するじゃないですか」
すぐに同行に応じなかった言い訳をしました。
すると、5人は目を合わせ、一斉に肩を竦めると同時に苦笑しました。
今のわたし、ちょっとだけ恥ずかしいです。
と言うことで、わたしは5人の近衛兵に連行……もとい、案内される形で貴族街とを隔てる中央の門に到着しました。
途中、道行く皆様方の視線が痛く刺さりました。
そりゃぁ、そうですよ。一介の町娘が、何故か近衛兵に囲まれながら歩いているのですから。
まあ、それよりもマスターに半休を申し出たときは、少しだけ胸が痛みました(今日はニィちゃんも休みなので、現在はマスターが一人で切り盛りしています(泣))。
「ここで待っていろ」
イケメンさんは言って、門衛の方と話をつけに行きました。
そして、しばらくすると門が開き始めます。
軋む音と、ゆっくりと開く様は迫力があります。
よくよく目に焼き付けておきましょう。
こんな機会は二度と訪れないかもしれませんので。
門が完全に開け放たれ、再び案内されながら門を潜ります。
そして、わたしは貴族街に足を踏み入れてしまいました。
「わぁぁ……」
つい、感動の声が漏れてしまいました。
そのせいでしょう。イケメンさんが、こちらを振り向いたのは。
「どうした?」
「いえ、ただ感動しただけです」
正面の、いちばん遠くにぼんやりと見えるのが、おそらく王城でしょう。
なんせいちばん遠い筈なのに、いちばん迫力があります。
周囲を見渡しても、一目で格が違う家々があることが分かります。
そして、王城ひいては貴族様のお家に繋がる道は石造りです!
3台の馬車は余裕ですれ違えるでしょう。
王都は砂利道ですのにね。
まったく、どこにお金を掛けているのでしょうね。
道に関係ない場所は、綺麗な庭園で、歩いていても馬車に揺られながらでも、景色を楽しめそうです。
門を潜って歩いた先に、1台の馬車が停まっていました。
わたしは、その馬車に乗せられます。
「王城までは、これで行く。遠いからな」
わたしの対面に座ったイケメンさんが言いました。
そうして間もなく、馬車が出発しました。
馬車に揺られながら、景色と共に流れていく庭園でも眺めながら暇を潰します。
と言っても、3人の近衛兵と同乗していると、落ち着きません。
まあ、1人は御者を、もう一人も御者の席に着いたので、わたしは意外と良い扱いかもしれません。
うとうとし始めた頃になって、
「着いたぞ」
と、イケメンさんに言われます。
馬車を降りると、お城が物凄く近くにありました。
正直、壮観の一言につきます。
城門前で開門を待ち、開いたら王城の敷地内にある近衛兵団の本部……その客室でしょうか?に通されました。
勧められるがままソファーに腰掛けると、テーブルを挟んだ対面のソファーに、イケメンさんが座ります。
「それじゃ、色々と訊いて行くが……」
イケメンさんから訊ねられた内容は、まあやはり、近衛兵さんのことです。
わたしと近衛兵さんとの関係、いつから店に来るようになったかなど。
後は、店に来なくなった時期。彼の居場所なんかも訊かれました。
むしろ、教えてほしいです。
「なるほど。――協力、感謝する。もし、あいつを目撃した場合は、連絡をしてくれ」
「はぁ……まあ、分かりました。門衛の方に、伝言を頼めば良いですか?」
それで構わない、とイケメンさんが頷きました。
まあ、情報提供するとは言っていませんが……。
「それじゃ、案内の者に従って帰るように」
「あのぉ……」
わたしは恐る恐る、手を上げます。
「お手洗い、拝借できないでしょうか……?」
実は緊張のせいか、事情を訊かれている最中、コップで3杯ほどの水を飲み干しました。
おかげで、急に催してしまいました。
「分かった。それも案内の者に従ってくれ」
客室(仮)を出て、案内の近衛兵さんに従って歩きます。
この案内人、女性です。意外と、気が利きますよね。
真っ直ぐ廊下を歩いて行き、突き当たったところを右に曲がると、
「あれ、ガスターさん?」
突き当り、一つ目の部屋から、ガスターさんが出てきました。
「アーラちゃん? どうしてここに」
「知り合いか?」
案内人が訊ねてくるので、
「はい、お店の常連さんです。――で、ガスターさん。わたしはちょっと、事情聴取されてて……」
「事情聴取……?」
「はい……近衛兵さんのことで。あ、もう終わってお手洗いを借りたら帰るとこなのですが」
そうか、とガスターさんは言って、わたしたちとは反対方面にそそくさと歩いて行ってしまいます。
「ここ、ガスターさんの部屋なんです?」
案内人に訊くと、彼女は深く考えるように顔をしかめました。
「……いや、ここは」
“あいつ”の部屋だ、と案内人は呟きました。