3話
――翌日。
わたしは、マスターにお休みをいただきました。
そして王都の中央を通る大通りを使って、北に向かっています。
やはり、王都の主要で使われている全ての通りが、この大通りに合流するだけあって、人通りが多いです。
そのため、人混みの合間を身体を捩りながら進みます。
丁度、王都の中央の辺りに到着しました。
ここまで来れば、人は滅多に来ません。
それもそのはず、ここから先は巨大な門によって一部の人間以外には通行を禁じられています(裏路地などのほうは、鉄格子で侵入防止を対策しているようですよ)。
……まあ、王都を横に割って上半分は貴族街なので、王侯貴族、あるいは関係者しか入れないんですよね。
ちなみに王城は、貴族街でも最北にあるそうです。
近衛兵はもちろん関係者なので、彼のことが何か分かると思い、ここに訪れました。
2人の門衛がお仕事を全うしていますね。
わたしは、
「お勤めご苦労様です~」
と、なるべく愛想を良くしながら話し掛けてみます。
「「……」」
お二人は無言で、わたしのことを見つめています。
何と言うか、圧迫感が凄いです。
「あのぉ……」
もう一度、今度は及び腰になりながら話し掛けてみます(←決して圧に負けた訳ではありませんよ!)。
あくまで、下手に出て、こちらは威圧的な態度を取らないように心掛けます。
すると、門衛の1人が口を開きました。
「何の用だ」
きっぱりと短い言葉でしたが、全てが詰まっていました。
貴人が来れば門を開け、逆にわたしのような平民たちには重く門を閉ざす。
それが、彼らの仕事なのでしょう。
でも、わたしは退きません。
「ここに、近衛兵として勤めている方に用事があって来たんですけどー、」
「荷物か? それなら、こちらで預かり中を検めさせてもらった後、その者に渡そう」
やはり、厳戒ですね。
そもそも、荷物を渡しに来たわけではないのですが。
「いえ、荷物を渡して頂きたいのではなく、昨日の件でお訪ねしたいことがあって訪ねた次第です」
うん。こういうとき(自称)丁寧な対応をできるのは、普段の接客のおかげでしょうか。
まあ、わたしとしても穏便に行きたいのですからね。
昨日のような暴力的な解決はわたしにはできませんのでね。
「分かった。なら、こっちで用件を紙にしたためてもらう」
そう言われ、門の脇にある詰所に案内されました。
そして紙と書くものを渡されます。
にしても、“昨日の件”を深堀してこないのは、職分が違うからでしょうか?
それとも、人によるのでしょうか?
どちらにせよ、変に聞かれないのは説明が省けるので、ありがとうございます。
「はい。では、こちらをガスターさんか、アスティさんかエリュさんにお願いします」
そう言いながら、適当な机の上で書いた手紙を門衛に渡します。
「誰でも良いのか?」
はい、と言いながら頷きます。
「分かった。同名の者が居るかもしれないから、念のために氏名を全て言ってくれると助かる」
えーと、確か……。
「ユールハルト・ガスター、アスティ・シャイム、エリュ・キッペンドラグです」
わたしの喋りに合わせて、門衛の方がメモ帳に殴り書きをしています。
きっと、御三方の名前を忘れないように書いているのでしょう。
「了解した。後ほど、渡しておく」
わたしはお礼をして、その場を後にしました。
――帰り道、わたしはマスターの顔を拝見がてら酒場を訪れました。
「にしてもマスター、ここってやっぱり立地が悪いと思うんですよー」
正面のカウンター席に腰掛けながら言います。
マスターは、カウンターの内側から苦笑いしました。
「はは……客が居ないからって、寛いでいるね。時にアーラちゃん、その食事代はちゃんと払うよね?」
そう言ってマスターは、わたしが食べている料理を指さします。
「もちろん払いますよ~、そこの“ニィちゃん”が。あと、今はわたしも客ですので」
わたしは、後ろのほうで窓を拭いている女給――ニイナことニィちゃんを指さします。
するとニィちゃんは、わたしの声を聞き、
「ちょっ、先輩⁉ 従業員に代金を押し付ける客がいて、たまるもんですか! ちゃんと、自分で払ってくださいね」
「後輩なら、先輩に飯を奢る気前の良さを見せてくれても、良いのではないですか?」
「……逆なら、アタシも大歓迎なんですが」
そう言い残したニィちゃんは、掃除を再開しました。
背が小さいニィちゃんは、とても愛くるしいです。リスやウサギのような、小動物に見えてきます。
そんな可愛らしい後輩だからか、ついつい、からかってしまうんですよね。
それから食事を終え、マスターと談笑をしていると、バタンッ! と何か勢いの良い音がしました。
振り返ると、店の扉が開いていました。
そして1人、入店してきたのは――。
「ガスターさん⁉」
わたしは立ち上がり、彼の許に駆け寄ります。
手を膝について肩で息をしているガスターさんは、ここまで走って来たのでようか?
「ガスターさん、お久しぶりですね。ひょっとして、手紙を読んで来て……」
言いかけた途端、ガスターさんに肩をがっしりと掴まれました。
そして、こちらを覗く瞳は、どこか余裕がないような、怒りに満ちているような、そんなふうに感じました。
わたしは、言葉を飲み込みました。
「なあ、アーラちゃん」
ガスターさんが、静かな声で、でも少しだけ震えているような声で切り出します。
「昨日、“あいつ”がここに来たってのは、本当か?」
あいつ、と言うのはおそらく近衛兵さんのことでしょう。
わたしは昨日の出来事を手紙に書きました。
いつも近衛兵さんと飲みに来ている御三方なら、事情を知っていると思ったからです。
「どうなんだアーラちゃんっ‼」
間髪入れずに、そう言われてしまい戸惑いました。
あの、えーと、と言葉に詰まってしまいます。
その間も、ガスターさんの剣幕は収まりません。
せめて、喋らせてくださいよぉ!
「アーラちゃん、質問に答えてくれ‼」
「ちょっと、落ち着いてください!」
割って入ってきたのは、後輩のニィちゃんでした。
「先輩が困ってるじゃないですか。何があったのか、ゆっくり聞きますから」
「ゆっくりじゃダメなんだ!」
ガスターさんの叫びが、店の中に響き渡りました。
その一声で、閑古鳥が鳴いていた先程よりも、更にしんと静まり返ったような気がします。
ガスターさんは、それに後ろめたさを感じたのか「すまない」と、わたしから視線を逸らしました。
しかし、すぐさま、
「だが、急がないとダメなんだ」
そう、力強く口にしました。
そんな彼に、わたしは言います。
「分かりました。ちゃんと聞きますから、わたしの話も聞いてください」
ああ、と返事がきたので、わたしはガスターさんを正面のカウンター席に案内します。
ガスターさんが腰掛けた隣の椅子に、わたしも座ります。
「ニィちゃん、取り敢えず彼に水を」
「はい、分かりました」
それで、とわたしは切り出します。
「ガスターさんは、わたしの手紙を読んで来たのでしょうか?」
「ああ。驚いたよ“あいつ”がここに来たなんてな。ったく、どの面さげて来たんだか」
何か、さっきから棘のある言い方ですね。
前は仲が良かったはずですが。
一応、確認をしてみましょう。
「その、“あいつ”と言うのは、近衛兵さんのことでしょうか?」
ああ、そうさ! とガスターさんは力任せに机を叩きます。
「名前も分からない、あいつのことさ」
「わたしには、昔は仲が良かったように感じたんですが、そうではなかったんです?」
「いや、直近の任務までは仲良かったさ。――ここ2ヶ月ぐらい、俺達、顔を出してなかったろ?」
「はい、お仕事で忙しいのかと思っていました」
「任務だったよ。王子の外交を護衛する任務に就いてた。俺も、他の3人もな。勿論、王子の護衛だから、他にも多くの近衛兵が任務に就いていたよ。――そして帰路の途中までは、順調に事が進んでいた」
しかしある日、とガスターさんが言ったところで、水が運ばれてきました。
ガスターさんは話を止め、運ばれてきた水を口いっぱいに含んで、ごくんと一気に飲み込みます。
「だが帰り道、強襲されたんだ。数は複数、全員が無地のローブを着てフードを目深に被っていたから、正体は分からなかった。でも、その中に一人、あいつが居た」
「ちょっと待ってください!」
思わず、話しを遮ってしまいました。
「それでは、まるで近衛兵さんも襲撃者の仲間みたいな言い分じゃないですか!」
「そうなんだよ! あいつはアスティとエリュを攫って、その後は襲撃者どもと一緒になって王子を殺そうと襲い掛かったんだ!」
攫った?
「まあ、何とか襲撃者達を退けることはできたが、それ以来、あいつは消えた。勿論、王子を殺そうとしたんだ。件の連中は全力で捜索されてるよ」
中でも、とガスターさんは吐き捨てるように言います。
「顔が割れてるあいつは当然、近衛兵団を追放処分とされ最重要指名手配犯として、国のあちこちで捜索されてる。現状、あいつが襲撃者に繋がる手掛かりを持ってるのは明白だからな。もうすぐ、手配書も出回る筈だ。――それで、そのあいつが、酒場に来たのは本当か?」
わたしは頷きます。
「間違いありません。それと手紙に書いた通り、彼を追って近衛兵の方も5名ほど来たんですが、そう言った情報はそちらで共有されてないんです?」
「いや、少なくとも俺は聞いてないが」
まあいい、とガスターさんは立ち上がりました。
「理由は何であれ、裏切者が王都に理由もなく来る筈もない。もしかしたら、王子を暗殺する計画を立てるためだと考えられる。――まだ近辺に居るかもしれないから、俺は探しに出るよ」
そう言って、ガスターさんは店を後にしました。
「にしても、気になるね」
ガスターさんを見送った後、ふとマスターがぼやきました。
わたしも、はい、と肯定します。
するとニィちゃんが、とぼけた口調で、
「何がですか? ガスターさんの話によれば、近衛兵さんでしたっけ?が王子を殺そうとして、仲間の近衛兵を攫っただけでしょ」
言ってきたので、わたしはため息を吐いてしまいました。
「だから気になるんですよ、ニィちゃん。ちゃんと、頭を働かせてください」
「先輩……ちょっと、アタシへの当たり酷くないですか」
でも、気になるのは事実です。
王子を襲撃する理由は置いといて、なぜアスティさんとエリュさんだけを“攫った”のでしょう。
王子を殺すのが目的なら、計画の目撃者は口封じするでしょうに。
それと、王子殺害が失敗して、次の計画のために王都を下見するのは分かります。
が、わざわざ店に顔を出す必要はあるのでしょうか?
それに、昨日のことが近衛兵の間で共有されてないのも気になります。
そう、ニィちゃんに伝えました。
「はぁ、そんなもんなんですか。アタシからしたら、ただ連絡が遅れているだけかもしれないし、攫ったのだって、そう見えただけで人知れず始末しているかもしれないですよ」
「はい……確かに色々と想像はできますが」
何よりも、
「お二人のことが心配です。それに、近衛兵さんも」
「そうだね。彼のこともだけど、まずは2人が無事であることを祈ろう」
マスターの言葉に、わたしは深く頷きます。
「それと、アーラちゃん。この件には、もう関わらないほうが良いんじゃないかな」
「……そうかもしれませんね」