1話
こちらの作品は、完結まで書き終えています。全21話+8話です。
そのため一日一話以上の投稿を心掛けますが、断言はしません。
※追放タグ入っていますが、テンプレではないと思います。ざまぁ展開もありません。
「さあ今から始まるは、王国の終結から新時代の幕開けとなる黎明期の物語。
元凶は昔から暗躍していた。故に彼らは悪魔と称されるかもしれない。また元凶があれば、希望をもたらす存在も居ることだろう。その者は、神使かもしれない。
だが、ここで語るは単なる噂。風によって運ばれて来た噂に過ぎない。
さあさあ御清聴あれ。
最初に語らせて頂くは、王都の酒場で働く少女について――――――」
⁑
酒場にはいろんな方々が訪れます。
仕事帰りの職人、それに準ずる見習い、大通りで露店を出している人たちも、お医者様から街の治安を守ってくださっている衛兵まで、様々な職種の方々が来店してくれます。
ここは王都なので、農家の方はあまり見かけません。
あ、でも、向かいにある青果店を営んている皆さんは良く来ますね。
来るのはお金を稼ぎに出ている人々だけではありませんよ?
主婦だって、一時の休みが取れた、あるいは求めてかは分かりませんが、お酒を飲みに来ます(もちろん、妊婦は来ません!)。
そう、本当に様々な方がこの酒場に来ます。
中には、たまたま王都を訪れた騎士様も、こんな庶民の溜まり場となっている酒場を大層、楽しそうにして酔い潰れていらっしゃいました。
お客様を観察対象にしているわけではありませんが……見ているだけで楽しいですよ。
そんな中でも、わたしには特に気になっているお客様がいます――。
「アーラちゃん、近衛兵のお客様にお出しする料理ができたよ。持って行って」
この酒場のマスターが、わたしを呼んできました。
ちなみにマスターは、整ったダンディな口ひげが特徴です。
わたしは勝手に“へ”の字ひげと呼んでいます。
さて、マスターに言われた通り、料理を持って行きましょう。
近衛兵の方々は、店を入ってすぐ右に向かった席の壁際、4人掛けの席にいつも座っています。
カウンター越しに料理を受け取ったとき、目的の席をちらりと確認しました。
近衛兵の方々は、今日も仲が良さそうで、4人で楽しそうにしていました。
楽しそうなのですが……。
と、そうこうしているうちに、席に辿り着きました。
わたしは、運んで来た4つの料理を、テーブルの横から机上に置きました。
すると、
「うぉおーう、アーラちゃん~。今日もかわいいね~」
わたしの右手前に座ってらっしゃる方……えーと、確か、ガスターさんだったかな。が、そんなことを言ってきました。
この方だけでなく、他の常連さんからも言われます。
わたしって、そんなに魅力的なのでしょうか。自信がついちゃいますよ。
まあでも、こう仰ってくださる方は、酔い始めたときと一致しているので、信憑性は低いですが。
と、そんなガスターさんを窘めるように、
「こ~ら。絡み酒は止めなさいって。アーラちゃんに嫌われるわよ?」
ガスターさんの対面に座っていらっしゃる――アスティさんが、指を差しながら注意しました。
そして、その指先をわたしのほうに向けると、急にわたしの髪を褒めてくれました。
「でも、その艶のある赤茶の髪は素敵だけどね」
「アスティさんだって、綺麗な髪色ですよ! 夜の街を照らしてくれそうです」
「ふふっ。アーラちゃんは、お世辞が上手ね」
嘘ではないんですけどね。
実際に、アスティさんの金色にも似た髪は見入ってしまいます。
それと相まって、透き通った黒い瞳も、見ていると吸い込まれてしまいそうです。
そう言えば、ガスターさんも似たような髪の色をしているのに、不思議と魅力を感じません。
明るさの違いでしょうか(ガスターさんのほうがクリーム色に近いです)。
「でもでも、アスティは見た目もだけど、中身も美人だもんね。近衛兵の中でも人気高いし」
と、明るい声で切り出したのは、ガスターさんの隣に座っていらっしゃる、エリュさんです。
活発で元気な女の子……と、言いたいのですが、わたしよりも若干ですがお歳が上です。
「ね、君もそう思うだろ?」と、エリュさんは対面に座る人物に問い掛けました。
――そう、今、話し掛けられた人物こそが、わたしが特に気になっているお客様です。
壁側の席、一番、隅の席に腰掛ける彼は、エリュさんの投げ掛けられた言葉に、ただ頷くだけで返しました。
「でしょ! 同性のあたしだって、うっとりしちゃうぐらいだもん!」
「はいはい、良いから。それより、早く食べないと冷めちゃうわよ、料理」
この後も、こちらの方々は楽しそうに会話を続けました。
一見して、これだけでは隅に座っている彼が不思議な理由は分からないでしょう。
しかし、他の3人が言葉を交わす中、例の人物は“一言も喋らない”のです。
ただ、首を振ったり等の意思表示をするだけ。
分かっているのは、耳が隠れるほど伸びた黒髪と、それと同じ瞳だと言うことのみです。
外見しか分かりません。
少なくともわたしは、彼のヴォイスを聞いたことがありません。
アスティさんたちは近衛兵のお仕事が非番の日に来てくださるので、いつも私服です。
謎しかない彼も私服なのですが、長い袖の服と長い裾のズボンで一貫しています。暑い季節もです。
あと分かっていることと言えば、彼が近衛兵であることはエリュさんから聞いています。
それも、かなり優秀な方だそうで。
これ以外には分かりません。
だから、気になってしまうのでしょう。
謎に包まれた彼の、せめて声だけでも聴いてみたい気持ちはあります。
しかし――これはアスティさんに訊いたことですが――近衛兵の誰もが彼の声を聞いたことがないのです。
より一層、謎に満ちた彼のことを知りたくなってしまいました。
せめて声だけでも!
そこでわたしは、彼と親しくなるためにあだ名を付けたのです。
「“近衛兵さん”、味はどうでしょう?」
わたしが訊くと、近衛兵さんは無言で頷いて返してくれました。
やった! 美味しいそうです(作ったのはマスターですが)。
こうして常々、近衛兵さんの声を聞こうとコミュニケーションを取っているのですが、一言も発してくれません。
シャイな方のでしょうか?
「お~う~、アーラちゃんの料理は最高だぜ!」
「作ったのはマスターだよ」
ガスターさんの(ナイス?な)ボケに、すかさずエリュさんがツッコミを入れました。
わたしは苦笑しながら、次の質問に移ります。
「そう言えば、近衛兵の皆さんって『魔法』を使えるんですよね? 今度、よろしければ見せてください!」
そう、近衛兵は『魔法』と呼ばれる超神秘的なものを扱えるらしいですよ。
これも王室を護衛する近衛兵には必要な力だそうで、何でも手から炎を出したり(←熱くないんでしょうか)、身体能力を向上させる魔法があったりと、いろんなのがあるそうです。
まあ、わたしを含む一般人は使えないのですけど。
「ふふっ、それなら彼に任せなさい」
アスティさんは言いながら、あごで近衛兵さんを示しました。
「この中でも、随一の魔法の使い手だから」
お、それは是非とも見たいですね!。
「良いですね。わたしも、ちょっと使ってみたいです」
そう溢すと、じゃあ、とエリュさんが勢いよく席を立ちました。
「アーラも近衛兵の試験を受けにおいでよ」
「そうすれば、魔法を使えるようになるんです?」
合格できれば、とアスティさんが受け継いで、
「近衛兵に限らず、軍にでも入れば魔法は使えるようになるわよ。あれは“儀式”だから。――まあ、全員が平等な力を手に入れるわけじゃないけどね。守秘義務があるから、これ以上は言えないけど」
ウィンクを一つ、わたしにプレゼントしてくれました。
同性ですが、ちょっと惚れちゃいそうです。
大人な女性って好いですね。
「おーい、アーラちゃん。そろそろ、仕事に戻ってくれると有難いかな」
カウンターのほうから、マスターの声が掛かりました。
「はーい」と、振り返りながら返事し、再び近衛兵の方々のほうに向き直ります。
「それでは、ごゆっくりして行ってくださいね」
そう、笑顔で言ったわたしは、仕事に戻ります。
いえ、戻ろうとしたところで、ふと近衛兵さんが親指だけを曲げた手の平をこちらに向けているのに気づきました。
「あ、エールのおかわり、4つですね!」
注文を了承したわたしは、カウンターのほうへと向かいます。