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霊的霊式-06

 6.

 

 M市B町の中央森林公園には、ほぼ迷う事なくたどり着きました(カーナビが付いているので、当たり前ですが)。

 話には聞いていましたが、本当に大きな公園で、ここを巡るとなるとハイキングをするくらいの覚悟は必要かもしれません。

 もしかしたら、山中さんが軽装なのはその為なのかもしれないです。

 東口にある駐車場に車を駐めて、そこから森林公園の中に入ります。山中さんは事前に準備をしていたらしく、用意していた地図を見ながら迷う事なく進んでいきます。

 「あの……」

 それを見て、僕は話しかけました。

 「紺野さんとは、どういう関係なんですか?」

 こういった調査に慣れているとしか思えない手際の良さに不思議を感じたのです。初めての経験とは思えません。

 それを聞くと、山中さんはハハハ…… と、笑いました。

 「関係というか… 私は、怪談なんかが好きなネット上のクラブに所属してましてね、それで偶々知り合ったんです。都市伝説の類、或いは怪談を集めて、その出所だとか、そういったモノを調査するのですが… それで、心理学的に分析する… だとかいった、そんな学者の真似事みたいな事もする内に、ナノマシンネットの存在も知ったんです。それで、紺野先生の事も知りました。興奮しましたね〜 初めて知った時は。是非とも、体験がしてみたくて…… で、こっちからお願いして、調査に同行させてもらっている内に、こんな仕事も依頼されるようになったんですよ。ただ、私には残念ながら、星さんみたいな才能はなかったみたいで…」

 才能………。

 自分では全く自覚ないのですが、ナノマシンと感応し易いってのも、才能の一つにしてしまって良いのでしょうか?

 というか、欲しくありませんし、そんな才能……。

 そこまでを話した時でした。

 「あ、」

 と、山中さんは声を上げます。

 「早速、見えてきたみたいですよ。ほら、あれがホームレスの皆さんのコロニーです。多分」

 山中さんが指す先には、段ボールとビニールシートで作られた小屋の群衆がありました。僕は少し緊張をします。

 「――こりゃあ、中々の迫力ですね」

 想像していた以上に、そこには独特の雰囲気が漂っていたからです。

 木々の下に、段ボールの建築物が建ち並ぶその様は、ちょっと見るとたくさんのテントが並んでいるような眺めにも見えなくはありませんが、その構成している材質の違い…… なんとも言えない生々しい生活臭が、僕の認識する現実世界とその場所とに隔たりを感じさせます。

 間違いなく、現実。

 でも、それが信じられない。リアリティを持って存在しているからこその非現実感とでも言うべきでしょうか?

 まるで、おもちゃの世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えます。

 ……あそこに、行くのか。

 それを見て僕は、その迫力に、少したじろいでしまったのですが、山中さんは臆することなく構わず進んでいきます。だから、僕も仕方なく付いていきます。頼もしいわ、山中さんったら……。

 きっと、今までの調査で、こういう事には慣れっこになっているのだと思います。というか、思いたい(自分が情けな過ぎるから)。

 段ボールの集落に、人影はそれほど多くはありませんでした。皆、何処かへ行ってしまっているのか、それとも、それぞれの家の中に入っているのか。

 山中さんは迷うことなく、二、三人で話しているホームレスを見つけると、近付いていき「ちょっと、いいですか?」と、早速質問を開始しました。

 「なんだい? 嬢ちゃん?」

 その中の一人が、好々爺の面持ちで、機嫌良さそうに返してきます。他の二人も、僕らを見てそれほど警戒しているような素振りを見せません。どうやら、温和な人達みたいです。それで僕は安心しました。

 「少しで良いんですが、怖い話…… というか、怪談があったら訊かせて欲しいんです」

 怪談?

 僕はそれを聞いて驚きました。

 怪談……って。そういえば、調査をしてくれと頼まれてはいましたが、一体何を調査するのかまでは聞かされていませんでした。

 山中さんは怪談を集めて研究しているそうだから、彼女にしてみればそれは定番の質問なのかもしれませんが、でも、それにしても、ナノネットの調査としては、何か意味があるのでしょうか?

 「怪談……って、どんなものでもいいのかい?」

 「いえ、できれば、この公園に纏わるものが聞きたいんですが」

 山中さんがそう言うのを聞くと、ホームレス達は顔を見合わせました。

 「一体、なんで?」

 山中さんはその質問を聞くと、少し考えてから、「この森林公園の池から、何度も水死体が上がっていますよね? それで、もしかしたら、それに関する噂話もあるのじゃないかって思いまして」と、そう答えます。

 「ふーん」

 ホームレスはまた顔を見合わせました。

 「そういや、そうだったな」

 「あそこの池は、そういう池だった」

 「でも、なぁ……」

 どうも妙な雰囲気です。山中さんは追求します。

 「“でも” でもって何です?」

 「でも、俺たちは大丈夫だって話だよ、お嬢ちゃん」

 首を傾げる山中さん。

 「俺たちは、大丈夫?」

 「そう。大丈夫なんだ」

 「なんで、です?」

 「ちゃんと、水神様を祀ってるからな。だから、俺たちは祟られねぇ」

 「祟られる?」

 それを聞くと、山中さんは目を輝かせました。

 「あの池には、何か祟るものがいるのですか?」

 ホームレスは、その山中さんの反応を受けると、ゆっくりと立ち上がりました。

 「付いて来るかい? 説明するより、実際目にした方が早い」

 そして、そう言ったのです。

 ――それから、三人のホームレスは、僕らを池の近くにある祠にまで案内してくれました。木でできた小さい祠。ご本尊(?)には石の像が… それは、まるで子供のようで、水神というよりはどちらかと言うと、お地蔵さんを連想させました。小さくはありましたが、それでも中々、様になっています。

 「自分達で作ったんですか?」

 僕がそう質問すると、ホームレスの皆さんは、「まぁ 拾ってきたもんとかでな。色々、工夫してさ。だから、作ったちゃ、作ったんだけどよ。その、なんだ、半分くらい、かな?」と、答え、少し照れているようでした。

 次に山中さんがこう質問します。

 「それで、こうして祀ってからは、何も起きなくなったのですか?」

 「いや…… その前から、俺たちに水神様が何かしたって話は聞かねぇけど、でも、俺たちが何の問題なくこの公園で暮らしていけるのは、この水神様のお陰だって事に俺たちの間では、まぁ、なってるな」

 それを聞くと、山中さんは「ふーん」と、言います。

 「なるほど、それで、この水神様の正体だとかはどうなっているんでしょうか?」

 「正体?」

 「正体で言い方が悪ければ、どんな姿を執るかでも良いんですけど…」

 山中さんは熱心に質問を繰り返していましたが、僕は、というと、実はほとんど飽きかけていました。彼女にとってみれば面白い話なのかもしれませんが、僕にとってはどうでもいいですし、それに、こんな調査がナノネットを調べるのに、役立つとも正直思えなかったのです。

 それで、彼女たちを放っておいて、僕は少しだけ距離を置きました。それから、池を観てみます。池と言っても、それは湖だと言われれば信じてしまうくらいに大きくて、中々に不気味な感じを漂わせていました。

 淀んだ淵が、何かを吸い込もうとするかのように渦巻いています。

 その時でした。

 バシャッ

 水音。

 水音が、聞こえました。

 僕は、その方向に目を向けます。木々の間から覗く水面に、何かが見えるような気がしました。……蠢いている。

 子供?

 そこで僕は山中さんを顧みます。

 「……神様でも、白い蛇だとか、蛙だとか、そんな姿を執りますよね?」

 山中さんは、まだ相変わらずに熱心にホームレス達と会話をしていました。

 ……子供。子供に見える。

 そう。それは僕には子供に見えたのです。

 もしかしたら、溺れかかっているのかもしれない……

 僕はそう思うと不安になって、池の直ぐ近くにまで降りて行きました。

 木々のブラインドが開け、微かにしか見えなかったその姿が明るみになります。

 「……うーん。それなら、正体って言えるかどうかは分からないけど……」

 その過程で、そんな説明。

 ホームレスの声です。山中さんの質問に答えているのでしょう。

 「かなり前に、ここの池で溺れて死んだ子供の霊が、水神様の代わりに現れるんだって話なら聞いた事あるよ」

 え?

 僕はそれを聞いて、悪寒を覚えます。

 子供の霊?

 そして、目の前。

 そこには、子供が佇んでいたのでした。身体半分を水面上にさらし、僕の事をじっと見つめています。

 『ねぇ』

 話しかけてくる。

 声。

 それは、少なくとも、溺れている子供の声ではありませんでした。

 『こっちに来ない? お兄ちゃん』

 その子供はそう言います。

 僕は、怖い… 怖くなります。絶対に、これは人間じゃない。助けを… 振り返ります。ところが、何故か森は既に真っ暗なのでした。さっきまでは聞こえていたはずの、山中さんやホームレス達の声すらも、もう届いてはきません。まるで、空間のその先が、闇に削り取られてしまったかのように、遠くなってしまっているのです。

 そして、声。

 『ねぇ』

 声。

 『ねぇ』

 声。

 『ねぇ』

 “ねぇ”と、僕を呼ぶ声がどんどんと増えていきました。その声の質も様々。もう、幼い子供のものばかりではありません。

 僕は再び、水面の方を向きます。

 人。

 そこには、人、人、人。

 人の群れ。

 水面には、様々な人が、上半身だけを出してこちら側を誘っていたのです。手招きをして、呼んでいる。僕の事を。

 『おいで……』

 『大丈夫、怖がらないで』

 『ここは、とても良い場所よ』

 子供。中年の男の人。綺麗な若い女性。老人。眼鏡をかけた男の人。様々な、様々な人々が、そこにはいました。

 水死した霊達は、仲間を欲しがり、生者を誘う………

 そんな話を聞いた事があります。

 まさか、本当に……

 僕は、そのうち、頭がぼんやりとして来るのを感じました。そうして、何故、自分がこうして地面の上にいるのかが分からなくなります。何故、僕は水の中に消えないのだろう?消えてしまわないのだろう?

 あそこに消えれば、楽になれるはずなのに……。

 ふらり、と一歩。もう、一歩。

 池に向かって、僕は近付く……

 でも、その時でした。

 「星さん!」

 声。

 頭に直接響いてくるような数々の誘う声の質とは違った、あまりにリアルなその声が響くと、空間は一瞬にして切り替わりました。

 気付くと、世界は再び明るさを取り戻していて、目の前には山中さんが、そして、池の水面には何の異変もなく、怪しい気配など何一つないのでした。

 「おーい 大丈夫かぁ?」

 ここよりも、少し高台になっている森の中から、ホームレス達の声が。

 「大丈夫でーっす」

 と、それに応える山中さん。そう言った後で、彼女は僕を見て、「ああ、良かった。この携帯用の電磁波遮断機があって」と、独り言のようにそう言ったのです。

 見ると、彼女は妙な、ずっと昔の、トランシーバーのような機械を持っていました。

 「あの…… 何が、どうなったんですか?」

 と、呆然としたまま僕は尋ねました。

 「早速、憑かれてたんですよ。星君は。いやー 流石ですね! これで、目的の一つは果たせましたよ」

 ……なにが、流石なんでしょう?

 

  「――とにかく、これであの池の中にナノマシンネットワークが出来上がっているって事がはっきりしましたね。しかも、かなり巨大な」

 ……なんでも、彼女が持っていたトランシーバーのような機械は、電磁波を妨害する装置なんだそうで、それで僕はナノネットに憑かれた状態から、解き放たれる事ができたんだそうです。

 ナノネットは、電磁波によって、僕の体内に入り込んだナノマシンに働きかけ、それで人の精神に影響を与える。だから、電磁波を遮断してしまえば大丈夫らしいのです。

 「もっとも、二人ともナノマシンネットに憑かれてしまったら、幾ら電磁波を遮断できる機械を持っていても無駄ですけどね。だから私は、カプセルを飲まなかったんです。……それに、私は、星さんとは逆らしくて、ナノマシンに感応し難い体質みたいなんですよね。だから、こういう調査には、星さんとは別の意味で向いているんです」

 山中さんは続けて、そう説明してくれました。なるほど、僕がカプセルを呑んだ時の「大丈夫、私は飲みませんから」という台詞は、どうやらそういう意味だったみたいです。

 「さて。本当はもっとこの森林公園を調査したいのですけども、時間がないので次に行きましょうか… と言いたいところですが、ちょっと待ってて下さいね」

 場所を移動しようと、車に乗り込もうとする直前になって、山中さんは不意に何かを見つけたらしく、そんな事を言いました。

 小走りで何処かへ向かっていきます。

 何を見つけたのだろう? と、その先を見ると、そこには主婦の方々が、路上で井戸端会議をしていました。

 もう森林公園の出口ですから、住宅なんかも見えているのです。

 山中さんは物怖じせず話しかけています。

 僕は手持ち無沙汰になってしまい、何もする事がないので、それで、仕方なく彼女の後を追いました。

 「ここら辺の怖い話ねぇ…」

 おばさんの喋る声がそう聞こえます。どんな事を山中さんが訊いたのかは、直ぐに分かりますね。

 「まぁ お化けとかそういうのもあるには、あるけど… 私は、それ以上に怖い体験してるから…… やっぱり、生きてる人間の方が怖いわよ」

 「生きてる人間? どんな事が、あったのですか?」

 山中さんは興味津々といった様子で尋ねています。

 「いえね。随分前だけど、あそこの森林公園の中を通ってたら、ホームレスさんが池の所にいてね… それで、何か様子が変なのよ。池の方に近付いて行ったと思ったら、とつぜん膝をついちゃったの。しかも、それでそのまま池の水を飲み始めちゃって…… 公園には、ちゃんと水道もあるっていうのに。ズルズル… ズルル… って。絶対おかしいでしょう? わたしはもう、本当に怖くって、その場から走って逃げちゃったわ」

 「池の水を……」

 それは、確かに怖い。と、僕はそれを聞いて思いました。

 下手に幽霊が出てくる話なんかよりも、隣人の理解できない行動の方が、時としてよっぽど怖い場合があります。

 現実に、確かな形で自分に影響を与えてくる存在……、しかもそれまで理解の範疇だと思っていた人ならば尚のことですが、そんな存在が突然、常軌を逸した行動を執る。理解ができない。自分に危害を加えてくるかもしれない。だから、怖い。恐ろしい。

 「そうですか…… 池の水を…」

 それを聞いて、山中さんは何かを考え込んでいるようでした。

 彼女はそれから、「あ、どうも、ありがとうございました」と言うと、後ろを向き、「充分な成果がありましたね」と僕に向かって小声でそう言いました。

 ――車を走らせると、彼女は興奮を抑えきれないでいるようで、真剣な顔のまま「怖い話でしたね」と、そう呟きました。

 ですが、僕が頷き「ええ、怖い話でした。池の水を飲むなんて… 異常な行動です。絶対に食中毒かなんかになってしまいますよね」と、返すと、山中さんは、

 「そうじゃなくて」

 と、返しました。

 「そうじゃない?」

 山中さんは早口で説明します。

 「そうじゃないです。確かにそれも怖いですけど、私が言っているのは、ナノマシンネットワークの事です。池の水の中には、ナノマシンが繁殖をしているんですよ? その池の水をホームレスが飲んでいた、という事は、或いは、もう既に、あそこにいたホームレスの人達は、取り込まれてしまっているのかもしれないって事じゃないですか。もちろん、飲んでいたというのが、何かの勘違いってパターンもありえますけど……」

 「取り込まれてる?」

 「ナノマシンネットワークに、ですよ!」

 彼女はとても興奮しているようでした。

 僕はそう説明されて、ようやくそれに気が付きます。

 「え…… あ、そうか…」

 ナノマシンネットは、体内にナノマシンを取り込んだ人間にのみ影響を与えるんです。だから、体内にナノマシンが在ってもらわなければ困るし、取り憑いたナノネットが、更に自分の支配力を強める為には、或いは維持しようとする為には、体内にナノマシンを更に加えなければいけない事になります。

 そして、あの池のナノネットにとっての、一番簡単なその方法は、池の水を飲ませる事……。

 「思ったよりも、ずっと大変な事件かもしれませんね… 今回のこれ…」

 山中さんがそう言うのを受けて、僕は神妙な心持ちになってしまいました。

 

 次に僕らが訪れたのは、神社です。

 山中さんは言います。

 「藤井さんの話だと、依頼主がハカバに出会ったのは、この神社だったらしいです」

 探偵さん…… 藤井さんが正体はナノマシンネットじゃないかと言っていた、例の謎のホームレス“ハカバ”が現れた現場がどうやらここみたいです。もしも、本当に正体がナノマシンネットだったならば、僕が感応するはず… と、どうやら、ここに来た目的はそんならしいです。

 そんなに大きな神社ではなく、簡単に僕はそこを二、三周する事ができました。だけど、何にも感じませんし、何も見えません。

 山中さんが話しかけてきます。

 「どう?」

 僕は首を横に振ります。

 「怪しいものは、何も………」

 「そうですか……」

 辺りは少しずつ暗くなり始めていました。

 「本当は、充分とは言えないのですが、まだもう一カ所回る所があるから、これで引き上げましょうか」

 山中さんがそう言うので、僕らはその神社を跡にしました。

 「うーん ナノマシンネットは、そこにナノマシンがあれば必ず働きかけをしてくるって訳じゃないらしいんです。働きかけをしてこない場合もある。だから、簡単に調べる装置が作れなくて、星さんみたいに人間を媒体としているんですけど、でも、それでも完全じゃない。例えば、自分達が繁殖するのに役に立たない、とか、働きかける価値がない、と判断したなら、何にもしてこないで黙っている。だから、ないとは限らないですけど…」

 次の場所へ向かう車中で、山中さんはそんな事を語りました。

 ――あの場所にはナノマシンネットはない。と、そう判断した方がいい。

 どうやら、山中さんはそう思っているらしいです。だとするのなら、探偵さんの依頼主が見たという“ハカバ”と名乗った、子供のような不気味なホームレスは、実在するという事になります。

 ……そして、ホームレスと言えばあの池です。あの池には、確実にナノネットが存在しています。あの池のナノネットと、ホームレスが何らかの結びつきを持っているとするのなら、これは一体、どういった結びつきを考えれば良いのでしょうか?

 ……そういえば、ハカバの件で、高校生たちに殺されたのもホームレスです…

 僕は段々混乱してきました。

 そして、僕が混乱している内に、車は今日の調査予定の、最後の場所に着いたのでした。

 

 最後の場所は、なんと梨園でした。

 「あの…… どうして、梨園なんですか?」

 僕がそう尋ねると、山中さんは、

 「さぁ? 紺野先生の指示です。詳しい事情は何も。ただ、この梨園。戸田っていう例の市長選挙に立候補している人の梨園なんですよ… ほら、“ハカバ”の件。ホームレスを殺してしまった高校生の一人が、この家の息子さんなんです…」

 山中さんは、それから車を降りると、歩きながら説明の続きをしてくれました。

 「この戸田さんって家、少し変わってましてね。宗教って訳でもないんでしょうが、女の人の霊を祀っているらしいのです。何年か前に、女の人の霊が、突然この梨園に現れるようになった。それで、困った戸田家は、その霊を祀ってみた。すると、霊に悩まされる事がなくなったどころか、それからは、梨に虫が付かなくなったり、病気もしなくなったりで、いい梨がたくさん取れるようになった。お陰で、梨園は繁盛した…… それで、今でも祀り続けているんですよ。だから、半ば神様ですかね?」

 「つまり、祀ったら、祟らなくなったって話ですよね? それどころか、利益をもたらしてくれた… ホームレス達の水神様のパターンと同じじゃないですか…」

 「そうですね…… 荒神に近いような。まぁ こういう類の神様にありがちなパターンではあるのですけど…」

 話しながら、僕らは農家の大きな玄関に入っていきます。いえ、僕は呼び鈴を探すべきだと思ったのですが、例によって迷わず山中さんが足を踏み入れるので、ついつられてしまって…。

 「すいませーん」

 と、山中さんが大声で叫びます。

 すると、中から「はーい」という声が聞こえてきました。

 

 ……山中さんが、祀っている霊について話を聞きたいと言うと、中から出てきたおばさんは、警戒する事もなく、喜んで話し始めてくれました。

 どうも、自慢話の類らしいです。

 祀っている女性は、梨子様… と書いて『のりこさま』と呼ばれているらしいです。で、この梨子様を祀ってからというもの、コウモリやトカゲ、小鳥などが、たくさんやって来て虫だけを食べてくれ、しかも何故か、病気もせず、毎年いい梨がたくさん収穫できる、という事らしいです……。

 山中さんは話を熱心に聞き続けていましたが、僕はやっぱり興味なく、何となく聞き流しながらで、ボーッと歩いていました。

 歩きながら話していたんです。なんでも、祀ってある場所まで連れて行ってくれるとかで。このパターン、水神様の時と一緒ですね。まだ実り始めで小さく不味そうな梨しか実っていない梨園の眺めは退屈でした。

 ところが、そんな風に何ともなしに僕は梨園を見ていた訳ですが、ふと気付くと、目の前に白い服を着た女の人が見えたのでした。

 水神様の時のパターンと同じなら、あの女の人は、ここに生息しているナノマシンネットが見せる幻で、つまりは霊である事になりそうですが、今回は横にいる山中さんやおばさんの気配がなくなるなんて事はなかったですし、それに、あまりにも自然な様子でその場所にいます。

 恐らく、違うでしょう。

 それにしても、何処かで見た覚えのある女性でした。気の所為かもしれませんが。

 きっと、この農場の関係者の内の一人でしょう。

 その前を通り過ぎる時、女の人は僕に微笑みかけてきました。にっこりと笑って、こんな事を言います。

 「どうも。紺野君の遣いの子ね。ご苦労様。場所が分かってるなら、本人が直接来いって言ってやってね」

 はい?

 どういう事でしょう?

 紺野さんは、この農場の人と知り合いだったのでしょうか? それで、前もって連絡を入れてくれていた?

 でも、そう考えるとなんか変です。

 僕は山中さんを見てみましたが、彼女は無反応でした。相変わらずに、おばさんから話を聞いています。

 後ろを振り返ると、もう既に女の人は消えていました。

 やがて、梨園の中央辺りにある、『梨子様』を祀っている場所にたどり着きます。神棚のようなものが飾ってあって、お供えものがしてある………

 相変わらずに話し続けている二人に向け、僕はあまりに釈然としなかったので、こう話しかけました。

 「あの…… すいません。さっきの女の人は誰だったんですか?」

 「女の人?」

 この疑問符は、山中さんです。

 「女の人なんて見なかったですよ」

 「え?」

 僕が不思議そうな顔をすると、おばさんは目を大きく見開きます。

 「ちょっと待って。その女の人ってこんな人じゃなかった?」

 そして、神棚の中から、一つの絵を取り出しました。女の人の絵です。……僕は、嫌な予感を覚えました。

 「……この人です」

 そっくりの似顔絵でした。僕がそう言うと、おばさんは唖然となって一言こう呟きました。

 

 「梨子様だ……」

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