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霊的霊式-05

 5.

 

 僕は再び、紺野さんの研究所を訪れていました。

 前回の時、帰り際に告げられていたのです。また、三日後に来るように、と。僕が依頼されているのはB町の調査ですから、詳細を聞いて、直接現地に行けば良いはずなんですが、どうもその前にやる事があるらしく、研究所にまで行かねばならないようなのです。

 「何、車で送ってあげるから、手間にはなりませんよ」

 という事でしたが、そういう問題ではなく、“その前にやる事”というのが不安で、僕は少し憂鬱な気分なのでした。

 何を企んでいるのでしょう?

 それに、まだ、どうして紺野さんが僕に仕事を依頼したのか、その理由を僕は知らなかったりするのです。

 研究所には紺野さん以外にも、二人ほど人がいました。

 妙に痩せた、暗い雰囲気の三十代くらいの男の人と、まだ若い20代前半くらいの女性。

 所員でしょうか?

 この前に来た時は、紺野さん以外はいなかったので、てっきり紺野さん一人しかこの研究所にはいないのだと思っていたのですが、どうも違ったようです(考えてみれば当たり前ですが)。

 ……と、はじめは思っていたのですが、ところが、どうもそんな雰囲気でもなさそうなのでした。

 紺野さんは白衣を着ていましたが、他の二人は着ていません。痩せた男性の方は、ヨレヨレのワイシャツをだらしなく着ていて、どことなく締まりがありませんでした。若い女性の方は、ノースリープの上着をカジュアルに着こなし、動くのに楽そうなスカートをはいていました。

 不健康そうな顔色の男性に対して、女性の方は明らかに健康そうで、どうにも変な組み合わせです。そこに白衣の紺野さんが居るのですから、ますますおかしいのでした。

 三人は居間にいて、男性と女性がソファに座って話しているのに、紺野さんは立ったままでした。

 そして、これだけ妙な組み合わせであるにも拘わらず、何故か会話は弾んでいるようなのです。

 紺野さんは僕が入ってきた事に気付くと、手招きで呼びました。

 「やぁ 星君。待ってましたよ。時間通りですね」

 因みに僕は、時間は守る方です。

 他の二人は、僕の来訪を聞かされていたようで、僕を見ても驚いた反応をしません。僕は戸惑いながら近づき、怖ず怖ずと尋ねます。

 「あの… こちらの二人は?」

 それを聞くと紺野さんはにっこりと笑って、

 「あ、こちらは探偵の藤井さん。それでもって、こちらは怪談…… 噂話の研究をしていらっしゃる、山中さんです」

 と、紹介をしてくれました。

 藤井という探偵の方は、そう紹介されても無反応でしたが、山中さんという人は、にっこりと笑って、「あらやだ、先生。研究なんて大袈裟ものじゃなくて、趣味ですよ」と、そんな事を言います。

 趣味? 趣味で怪談の研究?

 聞いた事がありません。それに…

 ……探偵? なんで、探偵がいるのだろう?

 と、僕は訝しげに思いましたが、この紺野さんに関しては、訝しげな事ばかりなので、もう動じません。

 なんでそんな人種がここに集まっているのでしょうか?

 僕が困っていると、若い女性… 山中さんという人が、こんな事を言います。

 「先生、こちらが例の憑人の方ですか?」

 よ・よりまし?

 何でしょうか?それは…

 「アハハハ 本人にはまだ話していないのだから、言っちゃわないで下さいよ」

 それを聞くと、紺野さんはそう笑います。一人、藤井さんという探偵の方だけがなんだか不機嫌そうでした。

 「……で、先生。私の件についても、それと一緒だと考えてよろしいのでしょうか?」

 話題が見えませんでしたが、藤井さんはその笑い声を遮るようにそんな事を言いました。紺野さんは笑いを止めます。

 「……さぁ? どうなんでしょう? 今の段階では何とも言えませんね。情報が少なすぎるのですよ。でも、興味深い話ではありますね」

 僕が何のことだろうと依然戸惑っていると、紺野さんはそれに気付いたのか、僕にこう説明してくれました。

 「こちらの探偵の藤井さんは、情報を持って来てくれたのですよ。というか、自分の依頼された仕事で、私に意見を求めに来たのですけどね… いえ、もっと言っちゃえば、私に仕事を丸投げしに来たのでしょうか?」

 それを聞くと探偵さんは苦笑しつつで、こう言います。

 「人聞きが悪いな…」

 「でも、半分は事実でしょう?」

 紺野さんは澄ました顔。

 ……詳しく話を聞いてみると、なんでも藤井さんの所に、奇妙な仕事依頼が来たのだそうなんです。

 “『Hakaba@111』というメールアドレスに、願い事を送ると、その願いをホームレスが叶えてくれる”

 という噂話があるのだそうなんですが、恐喝され続けていた高校生が、そのメールアドレスに助けてくれというメッセージを送ったところ、実際にそのホームレスが現れ、その高校生を助けてくれた…

 「………で、その助けた手段ってのが問題でね。この事件だよ」

 藤井さんは、新聞をテーブルの上にバサッと放り投げます。粗雑な態度。どうも、根がこんな人みたいです。いつの間にか、言葉遣いも丁寧語じゃなくなっていますし。

 “高校生グループ。ホームレスを恐喝の上、暴行を加え殺害”

 新聞にはそう書かれています。

 その事件は知っていました。

 ちょっと前に話題になっていましたから。何でも、そのグループのメンバーの一人に、戸田猛という、市長選挙に立候補している人の息子もいたとかで、それで騒がれていたはずです。ですが知っていたにも拘わらず、僕は新聞の内容を見て驚いていました。最初に見た時には記憶に残りませんでしたが、その事件が起きた場所は……

 紺野さんは僕の表情を読み取ったのでしょう(この人は、他人の表情を読むのがどうやら得意なようです)。こう言いました。

 「そうなんですよ。星君。この事件が起きた場所は、B町… しかも、例の水死体が発見をされた森林公園の直ぐ近くだったりするんですよ」

 僕はちょっとびっくりしました。なんか、話が大事になって来ています。

 そして、そこに被せるようにして……、次に藤井さんがこう続けます。

 「言わなくても、もう分かると思うけどな、この高校生グループってのが、その依頼主…… 正確には依頼主じゃなくて、依頼主の子供なんだが、依頼主の子供を恐喝していた奴らでね。それで、どうやらこの事件、その『Hakaba@111』の主が、仕組んだ疑いがあるらしい。子供は事件が起きた後で怖くなったらしくて、親に相談。親は警察に相談する訳にもいかず… まぁ、相談しても信用しないわな… うちに調査の依頼をしてきたって訳さ。ただ、聞けば聞くほど、話の内容が怪談じみてて… 何しろ、そのホームレスはまるで子供みたいだったらしい。背がとても小さく、声質も高い。信じられないだろう?それで、どうやら、これは紺野先生の管轄っぽいな、と、こうして話を持って来たって訳ですわ。まぁ、紺野先生が、あの町の事件に絡んでいるってのも知ってましたから…」

 探偵さんが言い終わった後で、紺野さんは僕に向かってこう言います。

 「ね? 仕事を、私に任して、それで楽をしようとしてるでしょう?」

 「コネクションがたくさん在って、それに頼るのも探偵の能力で、仕事のうちなんですよ。……それに、大体、金払うじゃないですか」

 それを聞くと、面白くなさそうに、探偵さんはそう愚痴りました。

 「コネも何も、元々は私はただの客だったじゃありませんか。客をコネとして使われても困りますよ…… それに、私を利用するからこそ、あなたの所には、そんな依頼も来るのでしょう? まぁ、お陰で助かったりもしていますから、文句ばかり言えませんけどね」

 その反対に、紺野さんは面白そうでした。どうやら、紺野さんは、この探偵さんをからかうのが好きなようです。口で言ってる程、嫌っているのでもないのでしょう。

 「その『Hakaba@111』の噂話。実際にあるようですね。ネットを使って調べただけですが、確かだと思います。B町に住む人間に限って、願いを叶えてくれる場合がある… と」

 そこで山中さんがそう補足しました。

 「ふむ……」

 それを聞くと、紺野さんは真剣な表情になります。それから、探偵さんの方を向くとこう尋ねました。

 「そのホームレス… 名前は“ハカバ”と名乗っていたんでしたっけ? そのハカバは、あなたの依頼主にメールで指示を出していたのでしょう? そのメールアドレス元はどうだったんです?」

 「何回か変わってるんですが、全て落とし物の携帯電話からでしたよ。本当に“ハカバ”がホームレスだとするなら、拾った物をそのまま使っていたのでしょう。あそこのホームレス達は、ゴミ拾いなんかもしてるから、それは容易く手に入る。つまり、手がかりにはなりません……」

 「聞き込みは? 子供みたいなホームレスなんてそうはいないでしょう? 背が小さくて、声が高い。簡単に見つかりそうですが」

 それを聞くと、探偵さんは首を振ります。

 「ところが、見つからなかった。第一、あそこのホームレス達は、市に登録して仕事をもらっているんです。子供のホームレスがいたなら、当然、養護施設に送られてますよ」

 紺野さんは首を捻ります。

 「うーん。まぁ、登録していないって事も考えられますが、どちらにしろ、おかしいですねぇ…」

 「おかしいでしょう? だから、私はあなたの管轄じゃないかと思ったんですよ」

 「つまり……?」

 「つまり、ハカバは幻だった。私の依頼主はハカバなんて見ちゃいない。ハカバは実は幻で本当は存在していなかった。あなたの研究しているナノネットは、人間の精神に直接影響を与えて、幻を見せるだとかいった事もするのでしょう? なら、その子がそうだったとしても、何も不思議はありませんよ」

 紺野さんはそれを聞くと、ますます首を捻りました。

 「うーん…… 確かに、その線も考えられますが…… やっぱり、まだ、今の段階では何とも言えません。そうだ、藤井さん。その子に血液検査をお願いできますか? 血液検査の結果、ナノマシンが発見できたら、その可能性も強くなります。体内に、ナノマシンがなければ、ナノネットには影響の与えようもないんですよ…… それと、だとするのなら、後は場の方も問題になりますね。もしも、ナノネットの仕業だとするなら、そのハカバを見たという神社に何らかの“霊”を軸にしたネットワークが存在していなければならなくなります。……こちらは、山中さん」

 山中さんは、紺野さんが全てを言う前に、

 「はい。回るコースに入れておけばいいのですよね」

 と、何故だか嬉しそうにそう答えました。

 何が嬉しいのやら。

 紺野さんは「その通りです」と、頷きます。

 ……それから、探偵さんの方は、もう用件が済んでしまったからなのか、直ぐに研究所を出て行ってしまいました。しかし、山中さんは出て行きません。彼女には、何か他に別の用事があるのでしょうか? 彼女が此所にいる理由は何なのでしょう? それに、そういえば、現地調査をする前に、僕にはしておかなければならない事があったはずです。忘れていましたが、元々はその為に僕は此所に立ち寄ったのです。

 「さて。では、準備をしましょうか? 星君」

 紺野さんが不意にそう言います。

 その声を聞いて僕は身構えます。

 一体、何をするのでしょう?

 紺野さんは、先ずはこう語りました。

 「この研究所には人が少ないでしょう? 実を言えば、常勤しているのは私くらいのもので、後は人手が必要になる度にその都度、臨時で雇っているのですよ。まぁ 早い話、お金がないのですね」

 「はぁ」

 「だから、今回みたいに調査が必要な時は、こうやって外部の人に頼むんですよ。ただ、私の調査は少々特殊でして、ピッタリな人ってそんなに見つからないんですよね……」

 そう言いつつ、紺野さんは何かの白いカプセルを取り出しました。見覚えのあるカプセルです…… 悪い予感がしました。

 「さて、星君。このカプセルを飲んで下さい。今回の調査には、これがどうしても必要なんです」

 ……やっぱり。

 「それって……」

 「はい。ナノマシンがギッシリ詰まったカプセルですよ。これを飲んで、調査を行ってもらうからこそ意味があるんです」

 「でも… そんなものを飲んで危険はないんですか? ナノネットは、人間の精神に直接影響を与えてくるって…」

 それを聞くと、にっこりと山中さんが言いました。

 「大丈夫です。私は飲みませんから」

 そりゃ、あなたは大丈夫でしょうが……

 「私が講義をした時に、あなたにナノネットで、文字を読んでもらうって実験の被験者になってもらったでしょう? その時にあなたは、驚くべき感応性を示したんですよ。だから、今回のような調査には星君が最適任なんです」

 「驚くべき憑人なんですよ、あなたは」

 よりまし… って、どうやら、そんな意味だったらしいです。ナノマシンネットへの、感応性が優れている……。

 「さあ。大丈夫ですから。怖がらずに……」

 

 ――結局。

 それから僕は、ナノマシンカプセルを呑ませられてしまいました。迫力に押し切られ、断り切れなかったんです。

 そして今は、車の中。運転しているのは、山中さんです。どうも、彼女も僕の調査を手伝ってくれるらしいのです。

 「案内は私がしますから、星さんはただ一緒に付いて来てくれればそれで良いです」

 彼女はそう言いました。ただ付いて行けばいい… これでは、“僕の”調査と言えるかどうかも分かりませんが。

 僕は、何かの機械の代わりで、実際に調査を行うのは山中さん、とそう判断した方がどうやらいいみたです。

 「あの……、まずは何処へ行くんですか?」

 僕がそう質問すると、山中さんは直ぐに答えてくれました。

 「一番最初は、中央森林公園に向かいます。そこで、ホームレスの皆さんに話を聞いて、その後で池の近くにも行ってみましょうか。星君ならば、何か起きるかもしれません」

 池。

 はぁ……

 僕はそれを聞いて溜息を漏らしました。

 あの… 野田さんという医者の水死体。頭を殴打されてから放り込まれたという、紺野さんが会話をしていたあの水死体。あの水死体が上がった池は、確か中央森林公園にあったはずです。そして、水死体にナノネットが形成されていた事を考えても、池の中にはナノマシンが繁殖している可能性が濃厚。

 つまり、ナノマシンを大量に飲み込んでしまっている今の僕には、間違いなく危険な場所であるはずです。

 正直に言うのなら、僕は怖い話というのが苦手なんです。紺野さんによると感応性に優れているらしいですが、僕は今までにそんな体験は金縛りすらした事がありません。

 僕が不安で無言になると、何かを勘違いしたのか、気を遣って、山中さんは僕に話しかけてくれました。いえ、もしかしたら、ただ単に話し相手が欲しかっただけなのかもしれないですが。

 「今の時代だと、ホームレスって不思議ですよね…… どうして、なってしまうのかしら?」

 今の時代……

 そうなんです、今の時代は職を失っても、再就職先を見つけるのがかなり容易なんです。だから、生活に困ってホームレス、というパターンはあり得なそうに思えるのです。

 ……かつて、資本主義経済の夢の象徴であるかのような市場万能主義は、市場の自由に任せておけば、失業者は出ないという考え方をしていました。支配的だったその考えはケインズによって否定された訳ですが、しかし、21世紀の最初の頃、失業者を理論上はゼロにできる理論が提唱され、再び失業者のいない社会の実現を人々は夢見たのです。

 5人で5個生産していたものが、たった1人で生産できるようになれば、残りの4人は失業者になってしまう。しかし、そこに新たな生産物が登場し、それを残りの4人が生産するようになれば、再び職に就けます。

 理屈はそんな感じ。

 更に言うのなら、余った労働力を、環境問題や福祉医療教育などの問題解決に充てれば、様々な社会問題を改善する事で失業問題を解決できる、という事になるのです。

 つまり、労働者が生産し、消費者がそれを消費する“通貨の循環場所”をうまい具合にコントロールし創り出せれば、それだけで、社会はずっと良い状態になるのですね。

 ……ですが、その理論が応用され、実際に失業者対策に使われるようになっても、失業者はいなくなりませんでした。そして、もちろんホームレスも。

 その数は減少したものの、彼らは依然として存在し続けたのです。

 「もっとも、今回私たちが調査しに行くホームレスの皆さん達には、仕事がちゃんとあるみたいですけどもね」

 山中さんはそう言います。それを受けて僕はこう返します。

 「或いは、それも一つの文化なのかもしれないですよ… ホームレスという文化。状態と共通理解… つまり“社会”が形成され、そこに縛られて、ホームレスから抜け出せなくなってしまう…… やる気がない、だとかそういう短絡的な考えに原因を求めてしまう人もいますが、実際はそんなに単純なものではないと思います。なんというか、“場”に縛られてしまうのですよね。人間って。それが、例えどんなものであろうとも……」

 僕は山中さんの問い掛けにそう答えた後で、これは犯罪心理学の範疇なのかもしれない、とそんな事を考えました。

 犯罪者。

 それも、同じ。

 いえ、同じ場合もあるんです。

 犯罪を行うような環境条件に巻かれ、つまり、社会に縛られ、そこから抜け出せない事で、犯罪を繰り返してしまう……。

 「どうして、そんな“社会”が形成されてしまうのか… それを調査できるという意味では、今回のこれ、少し僕にとって有意義であるかもしれません。もっとも、何処まで充分に調査できるかは分かりませんけどね」

 山中さんは、それを聞くと運転をしながら横目で僕を見、

 「真面目なんですね。星さんって。もしかしたら、頭の中でも、ですます調を使ってたりして……」

 と、そんな事を言ってきます。

 僕は照れて少し下を向いてしまいました。

 いえ……、まぁ はい。使ってますけども…。

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