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霊的霊式-04

 4.

 

 『――ホームレスさ』

 

 布まみれな、背の低い謎の人物に正体を尋ねると、彼はそう返してきた。春でまだ少し寒いとはいえ、その格好は明らかにおかしい。

 「……ホームレス?」

 『そう。ホームレスだよ』

 ……ホームレス。噂通りホームレスなのか。でも、どうして、ホームレスが願い事を叶えてくれるのだろう? そして、なぜ今僕の事を助けてくれようとしているのだろう?

 僕は戸惑ってしまい、口には出さなかったけどそう思った。

 あれから、しばらくは僕は緊張が治まらず、まともに口をきく事ができなかったのだけど、やがて彼に敵意がないと分かると、なんとか正常な状態を取り戻す事ができた。

 夕闇は直ぐに通過する。

 やがて、暗闇が辺りを埋め尽くし、電灯の少ない神社の境内を黒に染め、急速に夜が拡がっていった。黒の中から、発せられるその声はとても幼く、ホームレスであるとはとても思えない。

 こんなに幼いホームレスがいるのだろうか?

 もっとも僕は、その姿をしっかりと見た訳じゃないから、確信を持って彼が子供であると言えはしないのだけど…。

 でも、背の低さと声の質とを考えると、子供であるとしか思えない。

 「あの…… 君の名前は? なんと呼べば良いのだろう?」

 僕はそれから、そう尋ねた。暗闇の中で、気配が動くのが分かる。何故か、間。少し、考えているようだ。

 『ハカバ… ハカバでイイ』

 ……ハカバ。そして彼は自分をそう名乗ったのだ。もちろん、本名であるとは思えないけど。

 「ハカバ…… くん で良いよね? ハカバくんは、どうして、こんな事をやっているの? どうして、僕を助けてくれる?」

 僕が当然の疑問を尋ねると、ハカバくんは淡々と答えてきた。

 『社会貢献と、利害の一致』

 利害の一致?

 僕にはそれが分からなかった。僕を助けてくれる事が、どうして彼の(或いは、彼らの)利害の一致になるのだろう? 僕が不思議がっていると、暗闇の中から声は言う。

 『余計な詮索はしない。それがルール。じゃなければ、ボクは君を助けない』

 そう言われてしまっては、それ以上を追求する訳にはいかなかった。僕はそれから、事の詳細を説明する。

 戸田とその仲間達から苦しめられていて、そして、金を脅し取られている事を彼に話した。

 聞き終わると、ハカバくんは案外普通の反応をした。

 『それは、酷い話だね』

 ただ、その言葉には感情がこもっていなかった。社交辞令というのとも違う。まるで、時計仕掛けのような返答。機械みたいだった。

 『大体は分かった。では、計画を練るから、できれば、その連中の顔かたち、背や体型なんかの特徴を教えてくれないか? もちろん、他の事も。データはあればあるだけイイ』

 計画?

 何をするつもりなのか僕が不安がっていると、ハカバくんは『ククク…』と笑った。

 『なに、極簡単な事さ… 案外楽に、君をその境遇から救い出せると思うよ。恐らく、君にも協力してもらう事になると思うけどね』

 もちろん、僕はその言葉を聞いて喜びはした。解放されるのなら、そりゃ嬉しい。でも、喜びはしたけど、それ以上に不安になった。なにか、よくない気がする。

 この存在は。

 『大丈夫。だいじょうぶ。ダイジョウブ』

 ハカバくんは、暗闇の中で、そんな言葉を連呼した。その言葉を聞きながら、逆に僕はどんどんと大丈夫じゃない気分になってくる。

 言い知れぬ悪い予感、というのだろうか?

 まるで、悪魔と契約を交わしてしまったかのような気分だった。

 『――計画を実行する為の指示は、携帯電話の方にメールで送る』

 それからそれだけを言うと、ハカバくんは夜のその神社から去ってしまった。

 指示。

 向こうの方が、上の立場な表現だ。

 ……まぁ、こちらはお願いをした方で、向こうはそれを聞き入れてくれた側なのだから、それも当然かもしれない。

 

 ……一番初めの指示は、早速、その翌朝に来た。

 『絶対に金を連中に渡すな。三日間は耐えろ』

 そして、その内容はそんなものだった。

 金を払うな? 三日間?

 よく分からないけど、それくらいなら耐えられそうだった。三日。期日がはっきりとしているのなら、それを言えばいい。大丈夫だ。

 それで、耐えた。

 僕が金を払わない事で、連中はピリピリしているようだったけど、不思議と僕にそれほどの嫌がらせはしてこない。

 或いは、およそ初めて見せた僕のその反抗的な態度に驚いているのかもしれない。僕は珍しく少し強気だったんだ。僕が誰かに… 学校の先生… 否、警察なんかに助けを求める可能性を考えているのかも。

 ……そして、その連中の態度を見て、僕は少しだけ後悔をした。

 僕にもう少しでも勇気があったなら、こんな事になる前に、連中を退けられたかもしれないのに…。

 そして、三日目。

 次の指示が来た。

 その指示の内容に、僕はとても驚いた。

 『中央森林公園の、東口のベンチに、ホームレスが一人いる。そのホームレスから金を受け取って奴らに払うんだ。ただし、その場所に奴らも一緒に連れて行く事』

 なんだ? この指示?

 『合い言葉は“スイコの遣い” ただし、小声で、連中に聞こえないように言う事』

 どういう事なのだろう? 僕を救ってくれるというのは、代わりに金を払ってくれるという事だったのだろうか?

 僕には意味が分からなかった。

 約束の三日目だったから、連中は何もしなくても僕に接触して来た。だから、誘うのは楽だった。「中央森林公園の東口まで一緒に来てくれ…… その場所に用意してあるから」。そう言うと、アイツらは渋々ながら納得をした。「一緒に」という部分がなければ信用してはくれなかったかもしれないけど。

 ハカバくんの言うとおり、東口のベンチの所まで行くと、本当にホームレスが一人だけ座っていた。

 僕は少しだけ離れた位置に連中を待たせると、ホームレスに近付いて行って、「スイコの遣い」と小声で言う。

 ホームレスは中年くらいのおじさんで、ボサボサの髪の間から、ギョロリとした目で僕を見ると、無言のままにゆっくりと立ち上がって僕に何かを差し出した。

 封筒。

 僕はそれを受け取る。

 僕がそれを受け取ると、ホームレスは何回か大きく頷き、ふらふらと森林公園の奥の方へ消えて行ってしまった。

 僕は呆然としていたのだけど、連中の「おい、ありゃなんだ?」という声で我に返った。そして、慌てて封筒の中身を確かめてみる。

 五万円……

 なんと、その中には、綺麗な一万円札が五枚も入っていた。

 僕は本当は思いっきり動揺しまくっていたのだけど、何とか必死に強がってみせて、連中にその封筒を渡した。

 「ほら、これで良いだろう?」

 少し、声は震えていた。

 連中は中身を確かめると、怪訝そうな顔で僕の事を見つめた。

 「何なんだよ?」

 そう言ってくる。

 ――何なんでしょ?

 それは、むしろ僕が尋ねたいくらいだった。だけど、僕は敢えて強がって見せた。演技で、『何もかもを知っている』、という態度を。弱気を見せると、その分だけこいつらは、強気の態度で接してくる。それを、僕は今回の事で学習していたから。

 「金は払ったんだから、いいだろう?」

 そう澄ました顔で言うと、その場を去る。

 ―――。

 その後も、連中が金を要求してくる度に、ハカバくんからの似たような指示が来た。この金は何処から出てるのだろう?とかは考えない事にする。しかし、驚くべきなのは、その金額が毎回増えている事だ。二回目は七万円。三回目は十万円。はじめ、不安がっていた連中も、何も起こらない事、或いは、金額が上がっていく事に気を良くした所為かもしれないけど、余計な詮索はしてこなくなった。

 ……どうやら、僕がホームレスから金を脅し取っていると思っているらしい。自分達が僕に対してしているように。

 しかし、払う金額が増えている事が僕には気がかりだった。僕の財布が傷む訳じゃないけど、アイツらは金が増えれば増えるほど増長して、更に多くの金額を要求してくる。そして、案の定、二週間に一回ペースだった金の取り立ては少しずつ早くなっていった。

 「どうせ、自分の金じゃないんだろう?」

 脅し文句は、それ。

 僕には連中の魂胆が読めていた。どうやら連中は、僕を通してじゃなくて、直接自分達の手でホームレスから、金を脅し取ろうと考えているようなのだ。それで、僕がどうやっているのか、なんとか突き止めようとしている。

 僕は不安だった。

 いずれ、僕が理由を知らずに金を受け取っている事が、連中にばれてしまうのじゃないだろうか?とそう思ったのだ。

 そして、連中の要求は変わった。

 「おい、中目。お前は、もういいわ」

 「いいって?」

 「だから、お前は付いて来なくて良いって事だよ。場所だけ教えろ。ホームレスの連中がいる、場所だけ」

 言うまでもなく、自分達で恐喝して金を巻き上げるつもりなのだろう。あいつらは合い言葉を知らない。教えるつもりもないけど、でも、だから、ホームレスはあいつらに金を渡したりはしないだろう。

 すると、どうなるのだろう?

 あいつらは殴ったり蹴ったりして、ホームレスから金を奪おうとするかもしれない。

 下手すると暴行事件だ。

 僕は青くなる。なんとか言い訳をして、それを断ろうとした。だけど、無駄だった。上手い理由なんて見つけられない。それで、とうとう、その場所を言ってしまう。

 場所は相変わらずに、中央森林公園内で、池の直ぐ傍だった。

 場所を訊くと、連中は満足そうに僕を置いて去っていった。僕は連中が行ってしまうと、大慌てで、ハカバくんにメールを送った。

 助けてくれ、と。

 返信は来ない。

 どうしよう?

 このままじゃ、何の罪もないホームレスが暴行を受けてしまう。

 そうだ! 警察!

 そこで僕はそれに思い至った。

 警察に匿名で連絡をして、暴行を止めてもらおう。

 僕は急いで110番を押して、警察に連絡をする。場所を言い、ホームレスが脅されていると伝えた。

 これで大丈夫だろうか?

 警察を信用してもいい?

 しかし、僕は何となく落ち着かなかった。もしも、間に合わなかったらどうなるのだろう?

 分かってる。

 本当は、アイツらにばれる事を怖れているんだ。もしも、ホームレスが口を割って、僕がハカバくんに助けを求めるメールを送った事がばれたら、僕は恐らく、前と同じ… いや、もしかしたら、前以上に酷いいじめを受けることになる。

 そう思うと不安で仕方なかった。僕が強気でいられたのは、飽くまでハカバくんの後ろ楯があったからなんだ。それがなければ、僕は以前の気の弱さを取り戻してしまう。

 僕は気付くと駆け出していた。

 連中が、ホームレスから何かを聞き出す前に、気付かれないように小声で「スイコの遣い」と言ってしまえば、恐らく、それで何とかなる。

 そう思ったんだ。

 だけど、しばらく行ったところ… 後、もう少しで約束の場所にたどり着くといった所で僕は足を止めた。

 サイレンの音が聞こえたからだ。

 救急車?

 息を整えながら歩くと、今度は何台かのパトカーが見えた。更に約束の場所に近付くと、人集りがある。僕は近寄って行って、その中の一人にそっと尋ねてみた。

 「あの… どうしたんですか?」

 「うん? ああ、なんでも、高校生がホームレスに暴行を加えて、殺しちゃったみたいなんだよね」

 ……殺した?

 僕はその言葉に愕然となる。

 もちろん、連中の中には戸田猛もいる。あの、かつて、僕と仲良く一緒に遊んでいた戸田猛も。

 人と人の合間に、パトカーが見えた。数台停まっている。やがて、ゆっくりとパトカーは発進し、道路の方へ向かって行った。

 あの中には、恐らく戸田猛も乗っているのだろう。

 呆然と僕はそれを見送っていた。

 一体、どうして、こんな事になってしまったのだろう?

 これは、全てハカバくんが仕組んだ事だったのだろうか? 否、警察は僕が呼んだのだから、それは違うだろう。

 それに、もしも彼だったら、仲間であるホームレスを殺してしまうはずはない。これは、やっぱり、あの連中が脅して金を巻き上げる為に暴行を加え、誤って殺してしまったと判断した方が良い。

 でも…

 僕はハカバくんの不気味に幼いあの声を思い出していた……

 「大丈夫。だいじょうぶ。ダイジョウブ」

 ちっとも、大丈夫なんかじゃなかったあの声を。

 僕は目の前が真っ暗になるのを感じていた。

 まさか……

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