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霊的霊式-03

 3.

 

 わたしがどうなってしまったのか、わたしにはまったく分からない。身体がない。否、身体が在るという感覚が全くない。視覚もない。真っ暗だ。苦痛も、快感も退屈もない。耳もまるで聞こえない。

 在るのはわたしの意識だけ。意識だけが、そこにぼんやりと浮かんでいる。

 わたしは、どうなってしまったのだろう?

 情報が全く入って来ないのだから、どうしようもない。考えを進める事も確かめる事もできない……。

 記憶。

 唯一の頼りは記憶だけだ。

 わたしは何をしていた? わたしは、何をしていた先から、こんなに真っ暗になったのだ?

 殴られた?

 そんな事を漠然と思う。しかし、それが確かなのかどうかは分からない。

 もしや… と、そこでわたしはこうも思う。

 わたしは殺されてしまったのか?

 確かな根拠はなかったが、しかし、その微かにある殴られた記憶と、今の現実とを照らし合わせてみると、そうとしか思えなかった。

 真っ暗。

 記憶の中の風景も真っ暗だった。ただし、それが夜だから真っ暗なのか、それともわたしがイメージできるビジョンが既に闇のそれしかないからなのかは分からない。とにかく、真っ暗なのだ。暗い中に、眼鏡だけが見える。眼鏡…… わたしを殺した相手は、眼鏡をかけていたのだろうか?

 そこまでを思って、わたしは笑う。

 馬鹿馬鹿しい。殺されているのなら、既に脳も機能していないという事だろう。ならば、こうして思考できるはずもない。

 我思う、故に我あり だ。

 例えば、何か土塊の中にわたしが埋められているのだとして、この肉体が既に朽ちているのだとして、腐り、既に骨くらいしか残っていないのだとして、一体何によってわたしは思考していると言うのだろう?

 土の粒子だろうか?

 それとも、わたしの身体を喰らったであろう数多の虫や微生物であろうか?

 それとも、思考そのものが、そこに浮いているのか?

 馬鹿馬鹿しい。

 (そこで、声が聞こえた)

 (――声? 否、違う。文字データだ)

 『――どれも、違いますね』

 なんだ?

 『土や虫に思考する能力はありませんよ。ましてや、思考だけが存在するなんて事は…… ない事になっていますね。ただ、微生物というのは少しだけ合っていますが……』

 わたしはその言葉に驚愕をした。この状態にわたしがなってからというもの、わたし以外の存在を感じる事ができたのは、それが初めてだったからだ。

 『どうも、はじめまして。私は紺野秀明といいます』

 その声の主は、次にそう自己紹介をしてきた。

 何? なんだ、お前は? お前は一体何処にいるのだ? 何処から、このわたしに問い掛けている?

 『位置的な事を説明しても、今のあなたには無意味でしょう。それより、今のご自分の状態に興味はありませんか? 自分がどうなっているのか、知りたくは?』

 ――わたしの状態?

 ……それを、わたしは、知りたかった。

 お前は何者なんだ? どうして、わたしの状態が分かるのだ?

 『まぁまぁ その話は後にしましょうよ。まずは、今のあなたについて、あなた自身がよく理解する事が最重要です。

 ……あなたは、ナノマシンネット、というものを知っているでしょうか?』

 ナノマシンネット?

 わたしはそれを聞いて驚愕した。

 それは……、ナノマシンと呼ばれる極小サイズのロボットによって形成されるネットワークの事だ。確か、脳のように思考が可能だと聞いた事がある。

 『おや? 知っている。しかも、よくご理解されているようだ。ならば、話が早いですね』

 なんだって?

 まさか、わたしは…。

 まさか…… 事実なのか? そんな馬鹿な…

 『馬鹿なもなにも、あなたは今のご自分の状態を、それ以外で説明できますか?』

 嘘だ!

 そんなワケあるか!

 お前は、わたしを騙しているのだ!

 『いいえ 騙していません。認めたくないのは分かりますが、事実ですよ』

 そんな… そんな… では、では。

 ――わたしは、既に死んでいるのか?

 『その言葉は正しくもあり、また間違ってもいますね。人間であったあなたは確かに死にました。しかし、あなたという人格は、ナノマシンネットワークにコピーされ、そこに存在している。そして、ナノマシン達は生きていますよ』

 細菌と人を一緒にするな! 細菌になってしまったのでは、既に死んでいるのと同じではないか!

 『まぁまぁ 怒らないで。それは、価値観と解釈の違いでしかありません。――ところで、野田さん。あなたは、ご自分が誰によって殺されたのか、覚えてはいませんか?』

 誰に殺されたか?だって。そんなもの、覚えていないよ…

 『さっき、あなたは眼鏡が見えたとか、そんな事を言っていたじゃないですか。その人物にお心当たりは?』

 ない。

 大体、わたしは自分が誰かもよくは覚えていないんだ。――わたしの名前は、野田というのか?

 『今のところは、そうなっています。財布に残っていた免許証から分かった事ですが。野田孝義さん… 58歳。地位のある方で、お医者さまですね… それも忘れた?』

 …覚えていない

 『そうですか… もしかしたら、それほどうまく、記憶のコピーが行われなかったのかもしれないですね。或いは、記憶のある部分は何処かに流れて… 既に、喰われてしまったのか……』

 何を言ってるんだ?

 『いえいえ、こちらの話ですよ。さて、こちらがお世話になってばかりいても、申し訳ないですね。次は、あなたの番です。何か頼み事があったら言ってみて下さい』

 ………。

 わたしがそれを聞いて、直ぐに思い浮かべたのは、こんな言葉だった。

 ――どうか、わたしを消してくれ。

 (紺野とかいう男は、一呼吸の間の後でこう答えてくれた)

 『……分かりました』

 ―――そして、

 

 ブッ

 

 「――もう少し、優しく話してあげても良かったのじゃないですか?」

 僕は、初めて見た、というか、見させられたそれに驚きながら、そう紺野さんに尋ねてみました。

 優しく尋ねれば、もっと色々な事を聞き出せたのじゃないかと思って。

 紺野さんはそれを聞くと、ヘラっとした笑いを浮かべながら、こう返してきます。

 「いえいえ、あれらは、感情のようなものを持っている事は持っていますが、飽くまでそれは感情のようなものであって感情ではないのですよ。人格をコピーする際に作られた擬似的なものですから、人間の脳が持つそれとは違います。だから、人間に対するのと同じ方法でやっても、それほどの意味はないんです……」

 ……私も最初は優しく接するべきか、と思っていましたけども、経験で学びました。と、紺野さんはそれから、そんな嘘なのか本当なのか分からない事を言って、細い目を更に細めていました。

 「さて。それでもって、どうです? これで完全に信用しましたか?」

 それを聞いて、あははは… と、僕は笑うしかなく、

 「そうですねぇ… こんな場所で、あんなものを見せられちゃ、信用せざるを得ないでしょうねぇ」

 困ってしまって、そう降参します。

 そんな僕らが今何処にいるのかといいますと… 警察署。その、死体安置所にいたりするのでした。もちろん、こんな場所に来るなんて、僕は生まれて初めてです。そして、そんな場所で… 紺野さんは何やら警察の人に頼まれたらしく…、信じられない事に、死体から事情聴取していたのです。

 もちろん、コンピューターを使って、画面を通し、打ち込みで、死体に残っていたナノマシンネットと会話をしていた訳ですが。

 「取り敢えず、眼鏡をかけた相手に殴られたらしい事は分かりましたよ。事故じゃないみたいですね。この件に関しては、誰か犯人がいます。野田さんは、殴られて気を失い、それからあのB町の中央森林公園の池の中に放り込まれてしまったのでしょう」

 紺野さんは、そう警察に報告します。記録を取ったディスクを渡しつつ。どうやら、それは警察の検証結果とも一致しているらしく、彼らはそれを聴くと頷いていました。

 僕は恐縮しながら、紺野さんに話しかけます。

 「まさか、警察に協力までしてるなんて、思いもよりませんでしたよ」

 「アハハハ 信用していなかっただけに、肩身が狭いですか? でも、これ、当然ですが、非公式なんですがね。データは、参考や手がかりにはなるけど、証拠にはなりません。世間で、まだまだ疑問視されているナノネットじゃ、それが限界で……」

 「あの… もっと、詳しく調べる事はできなかったのですか? 直ぐに止めてしまっていましたけど、時間をかければ手がかりを拾えたかもしれませんよ?」

 「そうですね。その可能性もあった。けれど、あそこまでデータが崩壊していると、それには膨大な時間を要するでしょう。そして、全くの無駄骨に終わる可能性もある。時間と労力を考えると利口な選択肢ではありません。他にできる事がありますから、そちらを優先させようと思いましてね」

 ……他にできる事?

 僕がそれを聞いて不思議に思うと、紺野さんはそんな僕の表情を直ぐに見抜いたのか、にやりと、なんだか嬉しそうに笑いました。

 ……さて、さて。

 紺野さんが何をやっているのかというと、実は僕は全く知らなかったりします。大体、どうして紺野さんとこの僕が一緒にいるのか(一緒にいなくちゃならないのか)、その理由すらもまだよく分かっていないんです。

 

 ――犯罪心理学の先生から、ある日僕は呼び出しを受けました。それで、何だかよく分かりませんが、何の前触れもなく、いきなり特別現場実習を命じられてしまったんです。元来いい加減で社会性のない先生なのですが、それにしても、その時の急な話にはびっくりでした。僕はもちろん承諾するつもりなんてなかったのですが、「バイト代も出る上に、実習ができて、単位も取れる。こんないい事はないだろう」と、質問や意見を挟む間もなく強引に押し切られてしまい、それで、有耶無耶の内に、次の日紺野さんの研究所… 『紺野ナノマシンネットワーク研究所』を訪問する事になってしまったのです。

 そんなに遠くない場所に研究所があったのが救いでした。そうじゃなければ、無理にでも僕は断っていたかもしれません。地図を見るとどうやら森の中です。ただ、森の中、と言っても、実際に到着してみるとその森はかなり削られていて、所々に地面が露出し、道路が通り、民家なんかもちらほらでしたが。しかし、交通の便はそれでもやっぱり良いとは言えず、バス停から僕は少し歩く事になりました。

 それほど分かり難い場所にある訳でもなく、僕は比較的直ぐに研究所を見つける事ができたのですが…… ただ、見つけた当初は、それが『ナノマシンネットワーク研究所』であるとは思わなくて、何かの植物を研究する施設だと勘違いしてしまっていました。

 庭に、ガラス製のハウスが幾つもあったからです。

 そして、そのハウスの中には、何か管のようなものが天井と地面にぐるり繋がって取り付けられていて、その管が繋がった恐らくアルミ製だろう長方形の細長い容器の中には、繊維を固めて作られたスポンジが見え、そして、そこからは植物が伸びていました。何かの作物を育てているのでしょうか。

 聞いた事があります。

 これは、養液栽培というヤツです。

 養液を循環させ、それを浸したスポンジを土の代わりにして植物を育てる……。

 割とポピュラーな栽培方法ですから、これで真っ白な如何にも研究施設ってな建物が隣に見え、そしてそのハウスの中に大型のコンピューターとしか思えない巨大な機械がなければ、僕は恐らく、この施設を農家のものと勘違いしていたと思います。

 そして、僕が何の研究所なのかと興味をそそられ、そこの看板の文字を読むと、そこには、

 『紺野ナノマシンネットワーク研究所』

 と、そう書かれてあったのです。

 僕は少しばっかり驚いてしまいました。

 想像と違っていたからです。想像と違っていた、と言っても、僕は具体的にどんな場所かを想像していた訳ではありませんが、それでも、まさかこんな、農家と言われても信じてしまうような施設だとは思いません。

 研究所の外には、人の姿は見えませんでした。呼び鈴のようなものもありません。それで僕は、勇気を出して、研究所内にいきなり足を踏み入れてみたのです。

 建物の中は、とても静かで、誰の気配もありませんでした。声を出して呼んでみても、誰も出てこないので、僕は仕方なしにそのまま中へと入りました。廊下を垂直に曲がるといきなりドアがあり、それを開けると理科の実験室のような部屋で、その奥にはソファの置いてある居間が見えます。一応、棚を境界線にして分けられているものの、それは大きな一つの部屋になっていました。

 そして、その空間の中にも人影は見えません。

 この一室しかないのだとすれば、今この研究所には人がいない事になります。僕は困ってしまって、建物内を探しましたが、それでも誰も見つかりませんでした。静まりかえった実験室内には、不気味な緑色をした水槽が幾つもあって、時折、ボコボコ…と、厭な音を立てています。

 しばらくそうしていましたが、呼ばれた時間通りにやって来て誰もいない、というのも失礼な話です。怒ってもいいと、判断すると、もう帰ってしまおうかと僕は一度建物の外へ出てその時にふと思いました。ハウス内も見ておこうかな、と。

 こんな所までわざわざ来て、何もしないで帰るのはなんだかシャクです。少しでも多く見物してやろう、とそう考えたのです。ハウス内は湿気が酷く、その上かなり暑かったのですが、それでも、その見慣れない光景は少し面白かったので、しばらく僕は散策を続けました。そして、二つ目のハウスに入った時です。いきなり、

 「やぁ 待ってましたよ」

 と、そう声が聞こえたのは。

 はい?

 と、僕は驚いて声のした方を見てみます。すると、地面に座って、片手には試験管を、もう一方の手にはスポイトを持ち、日除けの帽子を被って首にタオルを巻いた、妙な男の人がいるじゃありませんか。その男の人は熱心に容器内をゆっくりと循環している恐らく培養液だろう液体にじっと見入っていました。

 その声には聞き覚えがあります。

 「もしかして…… 紺野さんですか?」

 僕がそう問い掛けると、紺野さんはジェスチャーで僕に黙っているように伝えます。真剣に養液に見入っている。

 その内、紺野さんはスポイトをフルフルと震わしながら、養液の方に伸ばし、そして何かを見つけたのか、チュポッと吸い取りました。

 「ふぅ……」

 それが終わると紺野さんはそう息を漏らします。

 「さて、取り敢えず、これくらいでいいでしょうかね…」

 どうやら、その作業は終わったのか、そう言ってから、多分紺野さんだろうその人は僕を見ました。

 アウトドア(?)な格好をしているので、印象は変わりますが、それは間違いなく以前講義に来ていた紺野さんです。紺野さんは僕を見ると、にっこりと笑い、

 「どうしました? 少しだけ、遅かったみたいですね。迷ってしまった?」

 と、そう問い掛けてきました。僕はそれを聞いて酷い誤解だと思い、時間通りに来たけれど、誰もいなかったので戸惑っていた事を伝えました。すると、紺野さんは大きく笑って……、

 「あっはっは 君の先生は、何も説明しなかったのですか。あの人らしいですね。私はちゃんと、最近はハウス内に居る事の方が多いから、そちらを訪ねるようにして欲しいと言っておいたのですが」

 僕はそれを聞いて、あの教授は〜 と、当然怒りを覚えました。

 「まぁ こちらも作業に思ったよりも熱中してしまっていましたから、丁度良かったかもしれませんが」

 その意見には、僕の立場が抜けている、と思いつつ僕は紺野さんがそう言うのを受け、質問をしてみました。

 「ところで、あの… 何を、やっていたのですか?」

 見たところ、養液中の何かをスポイトで吸い取って、試験管に集めていたみたいに見えました。

 「ふふふ」

 と、それを聞いて紺野さんは笑います。

 「僕がナノマシンネットを研究している事は知っていると思いますが… 実は、この養液の中に、ナノマシンを繁殖させていまして。それで、このナノマシンは、ある程度集まるとコロニーを形成するといったタイプなものですから、それをスポイトで採取していたんですよ。コロニーは、肉眼で見えるくらいの大きさになるのです。今は、このナノマシンの研究を行っているのです」

 僕はそれを聞くと、ちょっとだけ驚いてこう質問をしました。

 「はぁ それは、自然界で勝手に進化したナノマシンなのですか?」

 その時、どうやら僕は、怪訝そうな表情になっていたらしく、紺野さんはそれを聞くと、こう返してきました。

 「そうですよ。ははぁ〜ん、君、さては信用していませんね」

 何故か、嬉しそうです。

 

 ……それから、僕は建物の中に通され、居間で麦茶をもらいました。まだ、初夏とはいえ、ハウス内だと流石に暑くて、たくさん汗をかいてしまっていたのです。それで僕は、美味しくそれを飲み干しました。

 しばらく、落ち着きます。

 紺野さんの話によると、この研究所は、元々はバイオテクノロジーの研究施設で、主にトマトの研究を行っていた場所だったそうです。それでハウスや養液栽培の設備もあり、ナノマシンネットワークの研究に、それらを利用しているのだとか。

 「まぁ 早い話が、金がないってだけなんですがね… お陰でかなり助かってます。研究費用、少ないのですよ」

 紺野さんは、ぐるりと実験室を見渡すと、たくさんある水槽を指さして、

 「ほら、あの水槽でも、実はナノマシンを繁殖させているのですよ。もちろん、自然界で採取したものを、ですよ。今まで様々なナノマシンを私は採取して来ました… 中には面白いものもあって… タンコロリンって妖怪を知っていますか?」

 「いえ、知らないです」

 タンコロリン?

 そんな可愛い名前の妖怪がいるのでしょうか?

 妖怪だとか、怪談だとか、そういうのに全く興味のない僕は、当然そのひょうきんな名を知りませんでした。

 「収穫されないでいた柿が、化けて入道となって街を歩く、という、まぁ、タンコロリンはそんな妖怪なんですがね。この、タンコロリンが出た、と僕の所にそんな話が来たことがあったのですよ。で、調べてみたら、どうやら地面に落ちて腐った柿の実の中に、ナノマシンネットが形成されていて、それが人に幻を見せていたようなんですね。もちろん、ナノマシンを体内に摂取している人にだけ、見えるものであった訳ですが… そんな風にお化けの正体がナノマシンだったって例もたくさんあるんで、私は怪談を集めていたりもするのです」

 怪談…… ねぇ

 「ちょっと前に、某会社の研究所から、ロボットが盗まれたって事件があったでしょう? 新聞にも出ていましたが」

 その事件は知っていました。巨額の経費をかけて作られた、高度かつ精巧なロボットが盗まれたと大騒ぎでしたから。

 「実は、そのロボットが、自ら動いて一人で歩いて逃げて行ったという目撃証言がありましてね。それで、まだ電子回路も埋め込んでいないのに、という事で、ロボットが魂を得たのじゃないか? なんて、噂も立ったんです。或いは、この話もナノマシンネットで説明可能かもしれない… と、私は少しだけ思っていたりします。ただ、やっぱり、ちょっと無理がありますけどね」

 「はぁ」

 熱心に語る紺野さんの話を聞いて、僕はやっぱりそんな気のない反応しか返せませんでした。そこで、大袈裟に驚いてみせればいいのかもしれませんが、僕は、どうも、そういう演技みたいなのが苦手で…

 紺野さんは、そんな僕の反応を見て

 「………やっぱり、信用してないみたいですね」

 と、そう言います。

 僕は答えにくいと思いながらも、やはり正直に言ってしまいます。

 「正直に言うと、自然界に存在するまでは分かるのですが、それが独自の進化を遂げて、人間の精神にまで影響を与えているとなると、やっぱり… その、突拍子もない、というか、実感が…」

 それを聞くと、紺野さんは愉快そうに笑いました。

 「アハハハ いいねぇ 君みたいに正直だと逆に気持ちが良いですよ」

 そして、それからその笑いを引っ込めるとこう言ったのです。

 「分かりました。実は、元々の予定でもあった訳なんですが、これから、私と一緒に来てもらいましょう。そうすれば、納得すると思います」

 「え、何処にですか?」

 僕が不安になってそう訊くと、紺野さんはサラッとこう答えたのでした。

 「警察署です」

 

 それから僕は、紺野さんと一緒に警察署に行って、機材の搬入だとか設置だとかを手伝ったのです。しかもそこは、警察署と言っても、死体安置所。それは死体の検査だったのです。水死体。案外大変な作業で、これじゃ、まるで雑用に来たみたいだと思ったその時に、先生がバイト代も出ると言った話を思い出し、なんとなく納得したのでした。

 作業には、死体に電極みたいなヤツをたくさん刺し込むというものもあって…… それこそ、身体中に。もちろん、僕は、死体に触れる事すら初めてで… その上、ぶにゅりとした粘土のような生々しいそれに電極を差し込むのですから、当然ショックを受け、吐き気を覚えてしまいました。

 紺野さんは慣れているのか、平気な顔です。

 たくさん刺すのは、何処にどうナノマシンが分布しているのか分からないからだそうです。コードを全部機械に装着し終えると、紺野さんは機械を起動しました。しばらくが経つと、もの凄く旧式のワープロソフトのような画面が現れ、黒の画面に白い文字が、それで死体… といか、ナノマシンネットの独り言が画面に羅列されて、しかも、それから紺野さんはそれだけじゃなく、なんと、会話をし始めてしまったのでした。その、死体に残っているナノマシンネットと。

 そう。それは、どう考えても… というか、本当は違うのですが、いえ、それでも、それは、死体に対する事情徴収でした。

 まるで、ホラー映画の世界。

 そして僕は、その迫力に圧倒をされ、戦慄してしまったのです。

 全てが終わった後で、僕は降参し、自然界におけるナノマシンネットとその影響力の存在を認めたのでした。

 「……にしても、死体にナノマシンネットがあるとよく分かりましたね。自然界に存在していると言っても、そんなに頻繁に在る訳ではないのでしょう?」

 僕は紺野さんにそう問い掛けてみます。

 「ええ、まぁ、そうですね。全ての死体にナノマシンネットが憑いている訳じゃありませんよ」

 もしも、あの野田さんという人の死体にナノマシンネットがなければ、僕を説得する事はできなかったはずです。それなのに、紺野さんは、確信に満ちて作業を行っていたように思えます。どうしてでしょう?

 そこまでを考えて、僕は思います。

 ああ、もしかしたら、警察はナノマシンネットが残っている事を既に知っていたのかもしれない。だけど、それを調べる手段まではなくて、それで紺野さんに依頼を…

 ところが、

 「因みに、警察もそれを知っていた訳じゃありませんよ」

 と、そこで、僕の考えを見抜いているように、紺野さんはそう言ったのです。

 それで、それじゃあ…… と、僕が別の事を考えようとすると、

 「それと、あのB町の中央森林公園の池からは、今までに何度か水死体が上がっていますが、僕がそれを調べたのは初めてです。あの池を調べた事はない。今回は殴打の痕があったので、協力を警察に依頼されたのですね」

 と、先回りをされて、僕の思考は否定されてしまいます。全てを封じられた僕は、それで仕方なく紺野さんに尋ねました。(……少し紺野さんが意地悪なのは、僕が紺野さんの研究を信用していなかったからでしょうか?)。すると、

 「なに…… 簡単な話ですよ。メールが届いたんです。昔の知り合いから、あの池を調べてみるように、と」

 「ああ、その知り合いが、同業者でその人が先に調べて知っていたのですね。ナノマシンの存在を…」

 「ええ、そんなところです。ただ、ちょっと補足すると、その知り合い、八年前に死んでいるのですがね。あの池に落ちて」

 

 へ? 死んでいる?

 

 僕はその言葉に驚愕し、そして同時に急速に不安になっていったのでした。果たして、僕はこの紺野さんという人と一緒にいていいものなのだろうか……? と。

 

 「因みに、今回君に犯罪心理学を専攻している学生として頼みたいのは、その池があるM市B町の調査です。少々、興味深い場所でしてね… よろしくお願いしますよ」

 

 本当に。

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