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霊的霊式-01

 1.

 

 21世紀。

 次社会への黎明期と言われるこの時代、ナノテクノロジーの進歩により、ナノマシンの開発が急速に発展をした。

 ナノマシンとは、極細微… ナノという非常に小さい単位の領域で、活動が可能なロボットの事で、細菌のように小さく、また実際に細菌と同じ様な事ができる。

 それをコントロールする事で、物質を分子レベルで加工したり、体内に入った病原菌の駆除、或いは病気の治療といったことまでが可能になるのだ。

 そして、その発展方向の一つに『ナノマシン・ネットワーク』というものがあった。

 これは、無数に集めたナノマシンに、自己組織化現象を利用し、まるで脳細胞のようなネットワークを形成させ、演算等の情報処理を行わせる、といったもので、その特性から特殊な利用法が期待できた。

 例えば、人の体内にナノマシンを大量に注入し、ナノマシンネットを形成させ、脳と連携させる。すると、人が心の中で念じるだけで、ナノマシンを通じて、何かしらの処理を実行させるといった事が可能になる。また、人の心は電気信号であるから、それをナノマシンネットが読み取り、人格のコピーをしてしまう事なども可能になる。

 その他にも、これを応用すれば、体内にナノマシンネットを形成させる事で、テレパシーのような情報伝達もできるし、お互いの気持ちを自動的に通じ合わせる事だってできるようになるのである。

 この技術は、初期には主に催眠状態への誘導に用いられていた。体内にナノネットを形成させ、そこにシグナルを送る事により、催眠状態に誘導する。催眠状態には、様々な治療効果がある為、頻繁に活用されていたのである。

 数年が経過すると、やがてナノマシンネットによって、気持ちの通じ合いを行わせる実験が実施された。

 ……しかし、ここで大きな問題が発生してしまったが為に、結局、この技術は医療分野以外に普及する事はなかった。

 実験途中、被験者間では、ナノネットによる気持ちの通じ合いによって良好な人間関係を保てる、という効果が確認された。しかし、逆にナノマシンを注入されていない人間達とのコミュニケーションは阻害されてしまう事が分かったのだ。ナノマシンネットを注入したグループの中に、注入をしていない人間を入れる。すると、その人間はほぼ例外なく、いじめの対象となってしまったのである。

 実験グループの中で、注入されていない人間は、“気持ちの理解ができない不気味な存在”になってしまうからだ。

 また、ナノネットに、『気持ちの通じ合い』の機能を頼ってしまう為、個々人のコミュニケーション能力が育ちにくい事も分かった。

 ナノネットに頼り過ぎた結果、ナノネットがなければ、気持ちの交流ができない人間になってしまうのである。

 このような問題の為に、先にも述べたが、結局この技術は、限定された一部の医療分野の活用にとどまり、一般に用いられる事はなかったのである。が、……しかし、ナノマシンには細菌のような自己増殖能力がある。その為に、ナノマシンが自然界に流出をし、生物が進化するのと同じように、何らかの変異を遂げてしまう事は、防ぎきれなかったのだ。

 

 「――はじめ、技術者達は、繁殖能力も限定され、コンピュータと電磁波によって制御が可能なナノマシンが、自然界で繁殖をする事はありえない。と、そう主張していました。しかし、近年になって自然界にその存在が確認されると、管理が完全ではなかった事を認め、逆に注意を呼びかけるようになったのです。無責任な話のようにも思えますが、ナノネットに関する深い知識のある彼らの意見は重要でしょう。注意は真摯に受け止めるべきです。様々なタイプに進化をしているナノマシンネットは、特に精神的な面で、人間に影響を与えてきます」

 

 はじめてその人…… 紺野さんを見たのは、紺野さんが講師として僕の大学を訪れた時の事で、その時の僕はその他大勢の内の一人、ただの一受講者に過ぎませんでした。

 俗にナノネットと呼ばれるそれは、人間の心理にも影響を及ぼす為、心理学のフィールドでも無視できない。そんな関係から、紺野さんは講師に呼ばれていたのです。うちの専攻の先生が、この人によく協力をしているという伝手もありました。

 「――この、人間の精神にも影響を及ぼす、といった点が問題でして、彼らは時に人格のコピーすらも行い、それを自分達の生存に役立てようとします。彼らは細菌でありながら、ネットワークを形成する事によって意思を持ち、そして、高度な思考も行います。場合によっては、人間を操りすらする…… 例えるのなら、我々の脳細胞がそのまま細菌になった…ようなものですかね… そして、体内にナノネットが混入してさえいれば、電磁波によって、我々に働きかけてくるのです。しかも、精神に直接……」

 紺野さんは、とても細い目をした、やや面長の顔の人で、見ようによっては狐のようにも見えました。その狐のような顔が講義している様は、お伽噺を連想させます。いえ、或いはそれは、僕の感覚に一方的な原因があるのかもしれませんが。

 このナノマシンネットは、最近になって世間に認知され始めたばかりで、未だに、ともすればその存在すらも疑問視されています。確認がされた事はされた。しかし、本当にそれがどれだけの影響力を持つのかは分からないし、どれだけ広範囲に繁殖しているのかも分からない。そんな事が言われているのです。

 UFOやUMAとまでは言いませんが、それでもまだ、世間ではマイナーで、それに近い扱われ方をしているケースもある。

 それで僕は、その講義を半ばいい加減に聴いていたのです。面白い事は面白いけど、TV娯楽番組を見ているような感覚で。真剣なものとはほど遠い…。

 そしてだからこそ、紺野さんが今からそれを実験してみるといい、そして、その被験者に僕を選んだ時には、心の底から驚いたのです。

 不真面目な、半信半疑な姿勢がばれたのかもしれない、と思って。

 僕は、何かのカプセル… 何か、というかナノマシンの入ったカプセルを飲ませられ、そして、パソコンに向かって打たれた文字を、画面を見ないで読み上げる、という実験をやらされました。電磁波によって、その情報を体内のナノマシンネットに送り、それを更に僕の脳に直接送るらしいのです。それは不思議な感覚でした。本当に、画面を見ないでも、文字が頭に映像として浮かんできたのです。

 その時、紺野さんは、しきりに僕の感応性は凄いと褒めていました。どうやら僕は、ナノネットとの相性がとてもいいようなのです。

 ただ、僕はそれで、なるほど、ナノマシンネットは凄い、と感心はしましたが、それが自然界にも当たり前に存在する事までを信用した訳ではなかったのでした。

 紺野さんは、更に講義を続けます。

 人間の脳から影響を受け、そして、影響を与えられる、という事は、このナノネットの研究には人間の心理や文化も無視できない。だから、噂話… とりわけ、怪談の収集なども重要で、社会や文化制度も大きく関係してくる。

 「――怪談の正体が、実はナノネットだったという例も、これまでに何度もありました。もしかしたら、あなた方の知っている怪談の正体も、ナノネットかもしれませんよ」

 紺野さんは、笑いながらそんな事を言います。

 もちろん、ナノマシンは半ば生物として自然界に存在しているのだから、生態系や環境などの知識も重要になってきます。

 ナノマシンが繁殖している場所を特定するのにも、それは必要だし、ナノマシンの種類を見分ける手がかりにもなるそうで。

 「まぁ 種類と言っても、ナノネットの場合は少し複雑でしてね。ナノマシン自体で分ける方法の他にも、そこに形成されたネットワークの種類で分ける方法があります。例えば、怪談になった例ですと、女性の人格をコピーし、それを軸にネットワークを形成していたものがあったのですが、そのネットワーク一つで一種類とも見なせるのです。数種のナノマシンで一つのネットワークが形成されている場合もありますし。因みに、このネットワークの軸になるものを、我々は便宜上“霊”と呼んでいます」

 ……霊。

 それを聞いて、僕はぴったりなネーミングだとも思いましたし、同時に誤解されそうだな、とも思いました。

 (……しかし、後になって、関われば関わるほど、そのネーミングが妥当だ、と判断するように僕はなっていったのです)

 「ナノマシンの群れ。それが、あるだけならば、実はそれほど恐ろしくはありません。彼らは、ネットワークを形成さえしなければ、意思も持ちませんし思考も行えません。その点だけを言うのであれば、細菌と変わらない。しかし、そこに人間や動物の人格… 特に、人間の場合の方が恐ろしいのは言うまでもありませんが、人格がコピーをされると、何かしらの意思を持ち、そして人間に影響を及ぼしてきます。もちろん、時には、邪な意思を持つ場合だってあるのです……。だから、そういった場合は、どうにかして、そのネットワークを壊してしまわなければならないのですが…」

 紺野さんがそこまで説明すると、会場は静まりかえりました。分かります。皆、怖かったのでしょう。僕だって、その説明を聞いて怖くなったのですから。話を信用していたって、いなくたって、この場合あまり関係ないのかもしれません。まるで、怪談のようではありませんか。そして、その時、受講者の内の一人がこんな質問をしたのです。

 「あの…… 紺野先生は、そのネットワークの破壊を… つまり、ナノネットの軸である“霊”の破壊を行った事があるのですか?」

 それを聞くと、紺野さんは即答しました。

 「あります。むしろ、私のこの分野の研究は、そこから始まっているのです。“悪霊”の存在をなんとかしよう……」

 その時、紺野さんは、明確にその言葉を用いました。

 

  “悪霊”

 

 そんなものが、本当に存在するのでしょうか?

 ナノマシンによって形成されたネットワーク。それが、思考し、人間に悪影響を与えてくる……。

 まるで、何かの物語だ。

 その講義が終わった後で、冷静になり、僕はそんな事を思いました。

 悪霊退治。

 そうなんです。当に、悪霊退治なんです。もし、言っている事が全て本当だとしたら。あの人のやっている事は……。

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