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霊的霊式-16

 16.


 青空が鮮やかな昼下がり。

 僕は、紺野ナノマシンネットワーク研究所を訪れていました。豊かとは言えないまでも、自然が残るこの場所は、晴れた日にはとても気持ちが良かった。

 僕がその日に研究所を訪れたのは、まだアルバイト代を貰っていなかったからなのですが、それだけじゃなく… 事件について、幾つかの消えない疑問があったからです。

 紺野さんは最初に来た時と同じ様に、ハウスの方でアウトドアな格好をして、なにやら実験を行っていました。そして、僕の姿を認めると、「ああ、どうも。ちょうど、一息入れようかと思っていたのですよ」と、そう言って、僕を客間へと誘ってくれました。

 二人とも麦茶を飲み、雰囲気が落ち着くと、僕はこう尋ねました。

 「事件の方は片付いたのですか?」

 「ええ、大筋で、新島さんは全ての容疑を認めましたよ。……ロボットの窃盗に、殺人。因みに、戸田猛君他の容疑から殺人罪は消えました… それでも、恐喝や暴行なんかの罪は残るのでしょうが」

 部屋の外と内、格差のある空気の質が僕に夏を感じさせます。

 「……奇妙な事件でしたね。いつも、紺野さんはこんな事件を扱うのですか?」

 紺野さんは笑います。

 「毎回、こんなのだったら堪りませんよ。滅多にこんな事はありません。生きてる人間が深く関っていたり……」

 「……ところで、あの時、僕があの場所にいる必要ってあったのでしょうか? 結果的にはR―28を止める役をやったのですが、山中さんや祭主君に比べて、明確な役割がなかったようで…」

 それを聞くと紺野さんは笑いました。

 「アハハハ 予定は変わってしまいましたがね、ちゃんとあったのですよ。池の主のナノネットを消去した後で、憑人の星君には、再びハッキング世界に入ってもらっていたかもしれないんです。いえ、新島成行さんを捕まえられなかった場合の話ですが。彼の中には、ナノマシンがまだ残っていたはずですからね。それで場所をまた探すつもりだったのですよ。機械はないですが、感覚に飛び込んで、何が見えるのか伝えてもらえれば、場所を特定できるはずですから」

 それを聞いて僕は麦茶をまた一口飲みました。

 ……なんだ、そうだったのか。

 この人は、最初からそうですが、話を詳しく全部は語らない人のようです。それが面倒くさいからなのか、単に忘れているだけなのかは分かりませんが。

 まぁ どちらにしろ、マイペースな人だって事ですね。

 「まだ、疑問があるんですが、ハッキングといえば、僕が最初にハッキングした時に見た、子供のホームレスは何だったのでしょう? 僕はあの時、子供のホームレスを目撃しました。しかし、“ハカバ”が、ロボットだったと言うのなら……」

 「ああ、それは簡単です。だからこそ、私はあなたが最後に入った感覚の主が、新島成行さんだと特定した訳ですが…… 新島成行さんにとっては、あのR―28は、子供に見えていたのですよ。あなたは、彼の感覚でR―28を見ていた。だから、そのあなたの目には子供に見えたのです。あなたは目を見たと言っていましたが、実際に目が見えていたかどうかは怪しいですね…」

 それを聞いて僕は、ああ、なるほど、とそう思いました。そういえば、僕は他人の思い込みの世界を見ているかのような気分を、あの体験で味わっていたのです。

 「新島さん。あの人はきっと、理性の上では、ナノネットの中に存在するのが、聡君でないことを分かっていた。しかし、気持ちの上では、それを受け止めきれないで… 自分の息子は、まだ池の中で生きている、とそう思いたがっていたのかもしれませんね。気持ちと理性の間で揺れていたのかもしれない…。だから、あの結末もある程度は覚悟していたのでしょう。馬鹿な事だと自覚しながら、それでも、どうしようもなかった…… 人間ってのは不器用にできていますよ」

 紺野さんは、そうやや寂しそうに語りました。それから幾許かの間ができました。やがて、今度は紺野さんの方から、ゆっくりと口を開きます。

 「戸田猛君の件… 少し都合が良すぎるとは思いませんか?」

 「え?」

 僕には、それが何の事だか分かりませんでした。

 「何の事ですか?」

 「高木さん… 『梨子様』が、戸田梨園に行ってあの場を住処にしたのは、恐らく戸田猛君に対して、新島聡君が何らかの固執を持っていた、という事で説明できます。その意識が、高木さんにも移っていて、それで霊になった高木さんは無意識の内に戸田梨園を目指してしまった。結果的に戸田猛は池の主の敵になった。しかし、その戸田猛君の素行が悪くなり、友人の中目君を恐喝して金を脅し取るようになる、とここまで来ると少し偶然が過ぎます。罠に嵌めるべき条件が整い過ぎている」

 「ああ、なるほど…」

 そう言われてみれば、なんだか変な話です。

 「でも、それは、起こってしまったのなら仕方ないのじゃないですか。やっぱり偶然なんじゃないですかね?」

 世の中何が起こるか分かりません。

 「……そうですか?」

 紺野さんは少し笑っています。

 それから、机の引き出しを開きました。

 「私は、あれから、戸田猛君と仲の良い学友の住所…… つまり、一緒に暴行事件を起こした子達の住所を調べたのですけどね…」

 「え? そんなの、簡単に調べられるのですか?」

 「まぁ 深くは訊かないで下さいな。捜査協力者ですからね、私。公開も悪用もしないという条件で貸してもらえたのです。 ……で、調べてみたら、ですね」

 「はい」

 「その子達の住所、中央森林公園の周囲に散らばっているのですよ」

 ……中央森林公園の?

 「……え? それってつまり…」

 僕がそう言うと紺野さんは頷きました。

 「ええ、その通りです。その可能性がありますね… 戸田猛君には直接、影響を与えていないかもしれない。しかし、池の主は… いえ、もしかしたら、新島成行さんかもしれませんが、他の人間を通して、戸田猛君を操っていたのかもしれないのですよ。ナノマシンで仲間グループを形成させ、その仲間グループによって戸田猛君をコントロールし、そして罠に嵌めた…… 随分と長い時間のかかる作業ですが、ナノマシンネットワークを用いれば、不可能じゃないでしょう… あくまで憶測ですがね。ただ、そう想定すると、捕まった後の彼らが、中目くんの事を警察に語らなかった理由に納得がいきます。刻印付けをされていたのかもしれない。まぁ、自分達にとっても不利な情報だったてのもあるかもしれませんが」

 それを聞いて、僕は軽いショックを受けます。

 「ちょっと待ってください。それは、幾らなんでも…」

 それを受けると、紺野さんは頬杖をついてこう言いました。

 「人間は、自分の所属する社会がどんな性質を持っているかによって、あっさりと変わってしまう… 個人というものの主体性の弱さを、犯罪心理学を学んでいるあなたは知っているはずです。それは、充分に可能なんですよ」

 その理屈は分かります。分かりますけど、僕はそれでも少しだけ戸惑っていました。

 「でも… どうして、戸田猛君なんですか? ターゲットにするのは、家族の内の他の誰かでも良かったじゃないですか」

 「新島聡君は、戸田猛君に対して、何らかの固執を持っていたらしい……。そこまでは分かっていますね。では、その固執とは果たして何だったのでしょうか?」

 固執?

 そういえば…

 「って、それは…」

 「そうですね。或いは、悪意のない遊びでかもしれませんが、新島聡君を池に落としたのは、もしかしたら……」

 そこまでを言い掛けて、紺野さんは言うのをやめます。

 「まぁ 単なる憶測ですよ」

 しかし、僕はそれを言及しない訳にはいきませんでした。こう言います。

 「でも、もし紺野さんの推測通りだったとするのなら、彼らの罪は…」

 「そうですね。彼らの罪は、どうなるのでしょう? これは難しい問題です。もし、それがナノネットの所為であったとしても、彼ら自身は自らの主体性を信じ、自らの意思で罪を犯したと思っています。ならば、それを許してしまうのは、彼らにとって果たして良い事なのか…… ただ、これは他の人間にだって言える事ですよ。どんな人間だって、人間関係や環境、自らの立場、それらの影響をによってたくさんの過ちを犯す… 政治家やら、官僚やら、企業トップ。不良グループに、ヤクザ。その原因はナノネットでこそありませんが、主体性なく、人間関係に操られているだけ、という点は同じです。しかし、彼らの罪はそれでも裁かれなければならない。社会にとって、それは必要な事ですからね……」

 僕はそれを聞いて何も返せませんでした。

 そんな事を言い出せば、全ての“罪”という名の概念は、意味をなくしてしまう。ですが、しかしその一方で、その事実を無視してしまって良いのかどうか、僕には分からなかったからです。

 どうしようもなく。

 “個人の主体性”というものも“責任”というものも、それらはみな、犯罪と同じ様に社会によって作り出される幻……。

 なら、自己責任なんて…。


 ……人間として生きているのって、しんどいですねぇ 生物である、という以外の様々なものに縛られなくちゃならない。……いっそ、人間をやめて、ナノマシンネットワークにでもなってしまいたいですよ。


 それから、紺野さんはそっとそんな事を呟きました。外には夏の光が満ち、真っ白い研究所を照らしています。


 でも、それでも、僕らは幽霊じゃない。生き続けなければ、ならないんだ。

 暗がりの中で、僕はそう思いました。

科学者は、現代の魔法使いか?って議論があります。

つまり、科学者という名前を冠する事で、不思議な事ができる位置づけ、肩書きを演出している、というのですね。それは、一般の人達が、科学者を未知なる存在と見なしている事を意味してもいます。

恐らく、その傾向が少なからずある事は否定できないでしょう。科学者が登場するのが、物語の中ならば特に。

もちろん、この小説内でも、その効果を使っています。科学者という肩書きを、登場人物の味付けにしている。

ですが、僕はそれと同時に科学者を未知なる存在から、身近な存在にしようとがんばっているつもりでもいます。それは、多分、世の中に必要な事だから。上手くいっているかどうかは、分かりませんが。簡単な科学知識を説明するのは、そんな意味もあるんです。

このシリーズはまだ続きますが、もしこれからも読んでいただけるのなら、そんな思いもあるんだよってな事を、心の片隅にでも残しておいてくれると嬉しいです。では、また。

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