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霊的霊式-15

 15.

 

 「…なるほど、それで納得しました」

 

 声が聞こえ、ハカバくんの帽子が取り払われる。

 覚醒した僕の視界に、いきなり入り込んできたのは、そんな光景だった。

 ……ロボット?

 僕はそれを見て驚愕した。信じられなかった。はじめのうちは、それを夢だと思っていたくらいだ。しかし、それから、徐々に頭の中を整理して、それが現実である事を受け止めていった。

 森に向けて設置してあったあの機械を、僕はコードを抜いて止めた。それから先だ。それから先が上手く思い出せない。頭がボーっとなって… そして、気付くと僕は森林公園の真ん中にいて、こうして、帽子が取り払われたハカバくんの、その機械の姿を見つめているのだ…。

 前後関係はよく分からない。

 しかし、それはどうやら、現実であると考えた方が良さそうだった。

 ハカバくんは… ロボットだった?

 なんだかSFじみている。やはり、現実感がない。

 辺りを見回すと、たくさんのホームレスがいた。輪になっている。そして、そのホームレス達は一様に、眠りから覚めた後のような感じで、僕と同じ様に現実を上手く把握できないでいるようだった。ホームレス達に囲まれて、幾つかの人影があった。

 ハカバくん… だと、思っていたはずのロボット。この森に入る前に見た狐目の男性。同じく、入る前に見た大学生くらいの青年と額に黒光りするものを嵌めた、高校生。そして、まだいた… こちらを背にしているので、しばらくは誰だか分からなかったのだけど、ホームレスのような格好をしているその人は、新島さんだ… 新島聡の父親。

 僕はその姿を認めて唖然となった。

 確か、この人は行方不明になっていたのじゃなかったっけ?

 なんで、ここにいるのだろう?

 「…こんな生き方しかなかったのですか?」

 狐目の男性が静かに言った。

 新島さんは淡々とそれに応える。

 「妻は、聡がここの池で溺死した時には、もう既に死んでいた。私の生き甲斐は、息子と研究だけだったんだ」

 「……そうですか、では、その二つが、歪んだ形で結実してしまったのですね、あなたの人生において」

 それから、そこに静かな間。やがて、その場に女性がやって来た。くまのぬいぐるみを抱えた小さな女の子も一緒だ。確か、この二人も森に入る前に見たはず。

 「どうやら、うまくいったみたいですね」

 女性は来るなりそう言った。すると、狐目の男性がこう応えた。

 「ご苦労様です、山中さん。お陰で助かりましたよ」

 それを聞くと、大学生くらいの男の人は苦笑いを浮かべて「僕は、とっても痛かったですけどね」と、そう言う。

 ――なんだろう? 何があったのかは分からないけど、何かが起こっていたらしい。

 それから、続けて大学生が喋った。

 「あの… すいません。いまいち、よく分からないのですが、この新島成行さんは一体何をやったのでしょうか?」

 狐目の男性がそれに答える。

 「何をやったか、と言われれば、色々ありそうなので説明が面倒ですが、何をやろうとしたか… と言うのだったら、直ぐに答えられますよ、星君。この人は、死者を蘇らせようとしていたのです。 ……現代版“反魂の術”ですね。左道だ」

 ――死者を?

 僕はそれを聞いて、ギクリとなった。

 女性が言う。

 「死者。死者って、つまり、新島さんの息子さん。新島聡君を… ですか?」

 狐目の男はそれを聞くと頷いた。

 「――そうです。その通り。それが全ての始まりだった」

 ――それが全ての始まりだった。

 ……全ての始まり、新島聡。

 僕は、心がシクシクと痛むのを感じていた。

 「ここの池で、息子さんが溺れ死んでしまい、とても悲しんだだろう新島さんは、それから、恐らくここの池にナノマシンが生息している可能性を考えたのでしょう。そして、そのナノマシンが聡君の人格をコピーし、その“霊”を軸としてナノネットを形成しているかもしれない、とも考えた……」

 狐目の男性は、それからゆくっりとそう語りだした。

 ……ナノネット?

 人格のコピー… って、なら、まさか、もしかして……

 「もしそうだったなら、こういった事も可能かもしれないでしょう? そのナノネットから、聡君の人格の部分だけ取り出してコピーし、身体を与え、復活させる… そして、この人は、それを実行に移したんだ」

 新島聡を……?

 「なんですって?」

 「なんだって?」

 狐目の男が説明すると、そういったような驚きの声が上がる。大学生くらいの男性。後から来た女性。高校生。エトセトラ… 皆、一様に驚いている。

 僕は、これがどういう状況下なのか、よく把握していなかったのだけど、なんとなく予想はついた。

 ……信じられない話だけど、池の中にナノマシンネットワークとして残った聡の人格に、聡の父親であるこの人は、機械の身体を与えようとしていたんだ。

 目の前に、どこか物悲しく佇んでいる、このロボットの身体を。

 それから、その皆の動揺を治めるかのような声が聞こえた。

 ―――新島成行さんだ。

 「理論的にも、現実的にも、充分に可能である、とそう私は判断したのだ。もちろん、ナノマシンネットは人格であって人格じゃない。それは“人格のようなもの”だ。が、しかし、それでも、より人間に近付ける事はできる」

 それを受けて、まるでその続きを語るようにして、また狐目の男が口を開いた。

 「自己欺瞞ですね、新島さん。所詮、ナノマシンネットは、人間じゃあない。伝えられている“反魂の術”も、復活した人間には、大切な心が抜け落ちていたそうですが、ナノマシンネットも同様です。その証拠に、この池のナノマシンネットには、人間に害を及ぼす性質があったんだ。人間を池に誘い、そして溺死させる、という性質が。もちろん、自分達の繁殖の為に。そして、最初の犠牲者の“高木則子さん”彼女は、恐らくそれに気が付いていた…… 彼女は自然界のナノマシンを研究してもいましたからね。それであなたは、多分、この池のナノマシンの採取でもしに来ていた高木さんを、池に突き落として殺したのじゃないですか?」

 新島さんは、淡々とそれに答えた。

 「私も、この池のナノマシンを採取していたので、それで話しかけられたんだ… この池のナノネットは、人を誘って溺死させる可能性がある。消去が必要かもしれない。 と、そう言われた。気付いたら、咄嗟に突き落としていたよ… 後は、落ちた時に飲んだ水にナノマシンが含まれていたらしく、そのまま池の主が身体を麻痺させたようだ……」

 それを聞いて、狐目の男は少しだけ沈黙した。やや悲しそうな表情をしているような気もする。

 「彼女、泳げなかったのですよ。そのくせ、直ぐに危険な場所で採取をしようとする…… だから、足を踏み外して池に落ち、服を着たままだったので、溺れ死んでしまった… 仲間内ではそういう事になっていました。今もそうですが、当時はもっと、ナノマシンネットに関しての知識が不足していたし、私もまだ駆け出しで、そこまで頭は回らなかった。だから、それ以上の調査は行われなかったのですが…… 今、思い返せば、間抜けな話です」

 どうやら、その女性とこの人は、知り合いだったみたいだ。それで、かもしれない。少しだけ悲しそうにしているのは。

 「それは、半ば事故的な事件だったのかもしれない。しかし、その後、新島さん。あなたは、もしかしたら、彼女を使って実験を行っていたのじゃないですか?」

 「……実験?」

 それを聞いて、女性が声を上げる。

 「もしかして、それって、あの『梨子様』生誕の怪談じゃ……」

 「勘がいいですね、山中さん。自力で、高木さんが池の主のナノネットから抜け出し、梨園に移った話、少し裏がありそうじゃありませんか? あの怪談に出てきた生首は、或いはこの新島さんが、ナノネットの中から特定の人格を取り出す、サルベージの実験をしていた過程で作り出したものかもしれない、とそう私は考えたのですよ」

 その二人の疑問に答えるように、新島さんは口を開いた。

 「あの実験は、失敗したのかと思っていた… 池の中で、自動的に特定の人格を纏め、繊維の塊に付着させて取り出す… そんな事を行ったつもりだったが、朝になるとそれが消えていたんだ… しかし、まさか、夜の内に自力で抜け出していた、とはな」

 「そうですね。偶然もあったでしょうが、それにしても凄い精神力だ。高木則子さんの自我はそれくらい強かったのでしょう。そして、池の主の敵、『梨子様』が誕生してしまった…… その生息場所が、戸田梨園だったのは、戸田さんの家… 多分、息子さんの猛君にでしょうが、彼に、聡君が何かしらの強い感情を抱いていたからですかね。一時的にとはいえ、聡君と混ざっていた彼女はその影響を受けたんだ」

 強い感情?

 聡が、戸田猛に対して…

 僕はそれを聞いて少なからず動揺した。戸田猛は、新島聡の死以来、変わり始めたんだ……。

 「それから、新島さん。あなたは実験や研究を続けていった。恐らく、その為に自分の人格を、ナノネットにコピーし、この池に放しましたね? その方が、この池に関する情報を集め易い……。ナノマシンネットに対する研究も必要だが、その身体となるロボットの研究も会社で進めなくてはなりませんから、できるだけ手間を省いたんだ。そして、その間にここの池の主は、ホームレス達を取り込み… もしかしたら、このホームレス達もあなたが呼んだのでしょうか? ナノマシンを飲ませて… 分かりませんが、そして人を誘い殺し続けた… あなたはそれを放置し続け、それどころか、手伝いすらした。医者の野田さんは、あなたが殺したのでしょう? 恐らく、野田さんは、血液検査でこの森林公園の周辺に住む人の体内に、ナノマシンが多く含まれている事に気が付いたんだ。それに気付けば、当然、毎年出ているこの池の水死者との関連も考えるでしょう。ナノネットが原因であるかもしれない、と。どうやって、野田さんが気付いている事を知ったのかは分かりませんが… 否、或いはあなたは最初から気付かれる可能性を考慮して、警戒していたのかもしれませんね」

 新島さんは、それに対しても淡々と応えた。ほぼ、無抵抗だ。既に観念しているのかもしれない。

 「池のナノマシンネットと、インターネットを繋げたのだよ。それで、気付きそうな人間を絶えず監視させていた、池の主に、な。血液検査のデータ… 病院ともインターネットは繋がっている」

 狐目の男は、それを聞くとため息をもらした。

 「素晴らしい情熱だ… ホームレス達の住居の何処かに、その為の機械は隠していたのでしょうか? 一見は、旧式のパソコンでも装わしておいて…… なるほど、それでそこにいる中目君の情報も手に入れたのですね。同時に、戸田猛君が何をやっているのかも…」

 え、僕?

 突然、自分の名が出て、僕は驚いた。

 「それで、『Hakaba@111』の噂を利用… いえ、或いはその噂自体、池の主かあなたが流したのでしょうか? とにかく、その噂を頼って、この中目君がメールを送ると、それを利用して戸田猛君を罠に嵌めた。ホームレスが都合よく死んだのは偶然じゃありませんね? 恐らく、元々体の弱い人間を選び、池の主がナノマシンを通してショックを与え、そして、殺したんだ」

 罠だった?

 僕は、最初から、利用されていた?

 それを聞いて、僕は自分の心が少しだけ楽になるのを感じていた(それは或いは、少し卑怯な心理なのかもしれないけど)。

 罪は僕にはなかったんだ。

 情けない話なのかもしれないけど。僕には主体性がなく、導かれ、操られていただけだったのだから。

 ……でも、いったい、この狐目の人は、何処までを知っているのだろう? 随分と色々な事を知っている。僕は少し怖く思った。

 新島さんは、それには何も応えない。

 それを見て、狐目の男性は言う。

 「まぁ あの事件に関しては、あなたはそれほど関与していないのかもしれませんがね… “ハカバ”を… いえ、このR―28を人目にさらす事も避けたかったはずだ。なにしろ、自分の会社から盗んだものですからね。R―28が、独りでに動いて、会社を抜け出した噂話… あれは、あなたが操っていたのですね」

 やはり、新島さんは何も応えなかった。狐目の男性は構わず続ける。

 「しかし、あなたにとって、問題はその後ですね。研究は完了し、聡君の人格のサルベージも終わった。何処かにコピーした聡君の人格を保存しているのでしょう? 後は、R―28に、聡君の人格を植え付けるだけだ… ですが、池の主は依然として存在し、あなたを仲間だと思い、そして何より、R―28を占拠していた。池の主に、R―28を与えたのは、あなたにとっては実験の一端だったのかもしれませんが、池の主はR―28を気に入ってしまい、放そうとしない。池の主の存在は邪魔だったはずだ。だから、あなたには、ここの池の主を消去する必要が出来てしまった」

 狐目の男は、そこで間を置く。或いは、新島さんが何かを語るのを待っているのかもしれない。しかし、新島さんは何も語りださなかった。

 狐目の男は、ため息をつくと続けた。

 「そして、そこに都合よく、この私が登場した… 高木則子さんの記憶の中にもあったでしょうが、ナノネットにも詳しいあなたが私の事を知らないはずはない。あなたは私を放置し、そして、ナノネットを消去してくれる事を願った。ただし、ここで唯一にして最大の誤算があったのですね。私はあたなの存在に気が付いてしまい、警察に協力を要請した… ただね、言わせてもらえば、元々、あなたの計画には無理がありましたよ。ほんの少しのミスで破綻するし、事が進めばどんどんと大掛かりになる」

 ……それで、狐目の男性の話は、大体終わりであるようだった。その時、僕の背後から、駆け足で近寄ってくる数人の足音が聞こえてくる。

 「――もっとも、そんな事は、あなた自身、充分に分かっていたのかもしれませんが」

 その数人の足音は、森に入る前に見た、あの警察官達のものだった。ホームレス達の輪の中に入り、新島さんを取り囲む。新島さんは何も抵抗をしない。それが当たり前であるように、警官達を受け入れている。必死な警官達の姿が、なんだか滑稽に思えた。狐目の男は最後にこう言った。

 「――本当に、あなたはどんな結末を望んでいたのですか?」

 

 ……新島さんは、そのまま警察官達に捕まり、そして連れて行かれた。やはり抵抗はしなかった。狐目の男性は、警官の一人から礼を言われ、ホームレス達は不思議そうな顔でその光景を見ていた。そして僕は立ち竦んでいた…… こんな事になってしまったのは、元はといえば、新島聡を溺死させてしまった、僕らの所為であるのかもしれないんだ…。

 僕は落ち込みかけていた。

 だけど、

 あの狐目の男性は、去り際、立ち尽くしている僕に向かってこんな事を言ってくれた。

 「安心しなさい。少なくとも、聡君はあなたの事を許している。“ハカバ”があなたの前に現れた理由を考えてみなさい。無理に出てくる必要はなかったはずだ。恐らく、聡君は友達のあなたに会いたかったのですよ。例え、それが、人間だった頃の記憶、幽霊のような感情であったとしても」

 

 ……そうして僕は、死者から、自分の罪を許してもらったのだ。新島聡… 彼は、もしかしたら、この池の中でずっと泣いていたのかもしれない。

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