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霊的霊式-14

 14.

 

 二度と体験する事はない、と思っていたのに……。

 くまさん。

 彼… 或いは、彼女とも、もう会う事はないかもしれない、と僕はそう思っていたんです。

 でも、それは大きな勘違いでした。

 僕は今、再び、あの感覚を体験しています。ハッキング。くまさんの、あの世界を体験しているのです……。

 様々に視点が変化をし、様々な場面が見えます。二度目ですが、一度目の時よりも、なんだか上手くいきません。

 きっと、あの機械の所為でしょう。

 「電磁波を妨害して、池の主のコントロール能力を乱してやるのですよ。その為の機械なんです」

 そんな事を、紺野さんは語っていました。

 ある特定の波長にのみ効果があるから、くまさんのハッキングには然程の影響はないだろう、とも言っていましたが、困った事に、話が違い、とてもやり難いです。一度目の時と、同じ感覚を探すような感じでやれば、慣れているだろうから時間もきっとかからない、という事でしたが、それもどうにも怪しいです。見つけられるかどうかさえ心配です。というか、徐々に気持ち悪くなってきました。車に酔ったような……

 早く開放されたい…

 しかし、人間っていうのは不思議なものです。

 それで、僕は必死になって、一度目の最後…… つまり“ハカバ”らしきホームレスを見た時… の感覚を探すと、なんとかそれに行き当たる事ができたのでした。

 もしかしたら、ただの偶然だったのかもしれないですが…。

 視界に、“ハカバ”は見えませんでした。しかし、代わりに、パソコンのディスプレイが見えます。外観は、かなりの旧式… 見える光景は、ホームレスのダンボール小屋の中のようでした。

 やがて、くまさんが、僕が見つけたことに気付いて知らせてくれたのか、世界は白くフェードアウトしていき、はっきりとした自分の世界が戻ってきました。

 「ご苦労様でした。星君」

 紺野さんは戻ってきた僕を見て、一言、そう言いましたが、そんな労いの言葉は、今の僕には届きませんでした。気持ち悪くて、何も返せません。無言です。

 「かなり… 顔色が悪いですね。でも、お陰で、犯人の位置の大体は分かりましたよ」

 ……紺野さんは、なんでか、この中央森林公園に、野田さんを殺した犯人、或いは、高木則子さんを殺した犯人であるかもしれない人物が潜伏している、とそう主張し、そして、その人物は、僕がハッキングの時の最後に入り込んだ感覚の主だ、とそう訴えたのでした。

 そんな訳で、その人物を捕まえる為に、僕は、もう一度、ハッキング体験をする破目になったのです。僕がもう一度アクセスできれば、何処にいるのか、その場所を探せるのだそうで……。なんか、方角と時間で、計算ができるとか。

 「それじゃ、これを呑んでおいてください」

 紺野さんは青いカプセル… ナノマシン除去用のカプセルですが、それを僕に渡すと山中さんと、後、祭主君という高校生と一緒に外へ出て行きました。

 外には、警察の方々が控えています。紺野さんが犯人を捕まえる為に協力を要請し、来てくれた人達ですが、恐らく、その人達に紺野さんは場所を説明するつもりなのでしょう。

 僕は車のソファに身を沈めて、体内のナノマシンが除去されるのを待ちました。時間にして、五分~十分程度はかかるそうです。その間に、なんとしても、気分を少しでも回復させておきたい……。

 「大丈夫?」

 くまさん…… じゃなくて、恐らく里佳子ちゃんが僕にそう話しかけてきました。

 そういえば、里佳子ちゃんに戻った状態の彼女に話しかけられるのは、これが初めてかもしれません。僕はそれに弱弱しく頷きました。少しだけ、僕はそれが嬉しくて、そのお陰なのか、気分がわずかながら楽になったように思えました。

 やがて、七分ばかり経過します。

 僕はもういいだろうと思って、車の外に出ました。里佳子ちゃんも、くまのぬいぐるみを持ちつつで一緒に出ます。

 外に出ると、紺野さんたちはそこで待機していて、僕の顔を見ると、「準備は良いようですね」と呟きました。それから、車のトランクにしまっていた、大型の電磁波妨害装置を持ち出して、森に向けて設置します。

 「池の近くに行ったら、効果は期待できませんが、それでも、ホームレスの方々が操られることはないでしょう。これで安心して近づけますよ」

 そして、紺野さんがそう言ったのが合図でした。僕らは森の中… 中央森林公園の池に向かって歩き始めます。

 いよいよ、あの池の主の消去を、紺野さんは行うのです。

 やや強く風が吹いていました。その所為で、森がざわめいています。だけど… それは、僕の耳には、森の悲鳴のようにも聞こえていました。

 もちろん、それは、この森がナノネットに支配されていると僕が知っているからそう聞こえるのでしょう。あの池のナノネットは、薄くではありますが、この森全体に張り巡らされている… それは、この森が意志を持っているとも表現できますから。

 足を一歩、木々の中に踏み入れると、空間が変わったように思えました。ただ、単に暗がりに入って、視界を占める雰囲気に変化があっただけですが、それでも、それは、敵のテリトリー内に踏み込んでいるのだという意識を強くさせました。 ……ただ、もっとも、体内からナノマシンを取り除かれた状態にある僕らに、池の主の霊たちは、何も手出しなんかできないのですが(里佳子ちゃんについては、くまさんが護っているので平気なんだそうです)。

 あの、電磁波を妨害する装置のお陰で、ホームレス達の物理的な攻撃も警戒しなくていい。

 障害は何もなく、呆気ない程簡単に僕らは森を進めました。そうなるように準備していたとはいえ、それは僕にとっては少し拍子抜けでした。

 ……これでは、この祭主君という名の高校生が、何のためにやって来たのか分かりません。

 僕は横目で彼の事を見てみました。

 彼はとても寡黙な青年で、ほとんど口を利きません。例によって、紺野さんのナノマシン関連の知り合いらしいのですが、僕は詳しい事情を教えてもらっていません。ただ、彼の額には、黒くて光沢のある宝石のようなものが埋め込まれていて、紺野さんの話によると、それは産まれ付きで、ナノマシンが無数に集まったものであるらしいです。

 「――祭主君さえいれば、心配は何もいりませんよ」

 紺野さんは、何でか分かりませんが、得意げにそう言っていました。 

 山中さんの話によると、紺野さんが彼の能力を発見して育てたのだそうです(だから、得意げだったのでしょうか?)が、この祭主君には、どんな能力があるのでしょう? 僕は肝心のそれを教えてもらってはいませんでした。

 そして、このままいけば、その祭主君の能力は発揮される機会なく終わりそうでした。

 ……しかし、

 「――おや?」

 不意に紺野さんがそんな声を上げたのです。その声で僕も気付きました。

 人の気配? ……しかも、たくさん。

 それは、僕らを囲んでいました。そして、徐々に近付いてきます。その集団の正体が何なのか、もう僕には予想がついていました。

 ホームレス。

 しかも、ゆらゆらと揺れるその様は、操られている事をあからさまに示しています。

 「紺野さーん! 話が違うじゃないですかぁ」

 僕はそう叫びました。

 どうもハッキングの時から、紺野さんの言う事は外れています。

 「あははは… おかしいですねぇ。あの装置のお陰で、この近辺で、池の主のコントロールはまともには働かない状態のはずなんですが…」

 紺野さんは、笑って誤魔化します。

 その時、声がしました。

 『…そう、森の周辺では確かにお手上げだった。だから、外部から助けを呼んだ…』

 「おや……?」

 その声の質はとても幼いものでした。そして、見るとそこには、背が子供のように低いホームレスがいたのです。この暑さにも拘らず、服をたくさん着込んでいます。

 ……これは、

 “ハカバ” ……ではないでしょうか? 噂の。

 ――本当に存在していた?

 そのホームレス…“ハカバ”は、まるで自分が代表であるかのように、他のホームレスを後ろに従え、一歩前へ出ます。

 「おやおや、まさか会えるとは思っていませんでしたよ… えっと、なんて呼べば良いですかね? “ハカバ”でいいかな? それとも、新島聡?」

 新島聡ぃ?

 僕はそれを聞いて、内心驚いていました。紺野さんは整然としています。なんで、彼が新島聡なのでしょう?

 「それとも、やっぱり、『水神様』が良いですかね?」

 ハカバは、それには応えません。無視をして、

 『ここには近付くな。我々を消滅する為にこしらえたものは、置いていけ』

 そう紺野さんを脅迫しました。

 『そうすれば、何も危害は加えない』

 紺野さんはそれを聞いて、不敵に笑いました。

 「随分と鷹揚ですね。少し、気分を害しますよ… まぁ 確かに、外部から助けを呼ぶとはやられました。混乱させたのは、この森の近辺のみ… 外部にも操れる人間があなたにはいたのですね…」

 『つい最近できた… 馬鹿な女が、我々を邪魔する為に、昔の知り合いにナノマシンを植え付けたのさ… だから、それを逆に利用してやったんだ』

 ハカバがそう言うと、その後ろから制服姿の男子高校生が姿を現しました。周囲のホームレスと同じ様にゆらゆらと揺れています。つまり、操られている。

 紺野さんが言います。

 「もしかして… その子が、中目君。藤井さんの依頼主ですかね? あなたが戸田猛を罠に嵌める為に利用し、そして次に『梨子様』が、小火事件をホームレスの仕業に見せかける為に利用をした… 奇しくも、というよりこの子が“ハカバ”を見ていたからこそ、『梨子様』は利用したのかもしれませんね」

 僕はそれを聞いて、思わず声を上げてしまっていました。

 「え? どういう事ですか?」

 紺野さんはいつもの調子で説明してくれます。

 「聞いた通りですよ、星君。まず一回目、藤井さんの依頼主である中目くんは、今、私たちの目の前に立っているこの“ハカバ”に利用をされた。それは君も知っていますね。そして、二回目です。今度は『梨子様』が、彼を利用したのです。小火事件をハカバの仕業に見せかける為に、幻を作り出して彼に目撃をさせた……」

 「え、まだ分かりません。どうして、そんな事が断言できるのですか?」

 今度、そう尋ねたのは、山中さんでした。

 「藤井さんが、この子に血液検査を行い、ナノマシンが検出されたと言っていたでしょう? それを見せてもらったところ、そのナノマシンのタイプが、『梨子様』のものと一致したのです。恐らく『梨子様』は、あの子にナノマシンをたくさん含んだ梨を、幾つも食べさせたのですよ… 彼女のテリトリーから出てしまえば、意味はありませんが、その内部でなら幻を見させるだとかいった事が可能です。そして、『梨子様』は、小火事件を自ら起こし、ハカバの幻を見させた… あの子以外にも、ターゲットは恐らくいたでしょうがね。それで、それらターゲットに全員、子供のようなホームレスを見たと証言させたのでしょう… かくして『梨子様』は、ホームレス達の評判を下げる事に成功した」

 紺野さんはそう説明すると、今度はその顔をハカバに向けました。

 「昔の知り合いと言いましたね。どうして、呼び寄せたのがこの子なのか、その理由はそこにありそうだ… この森林公園と、あなた… いえ、新島聡に深い因縁があるのですかね?その中目君は。固執があったからこそ、距離があったにも拘らず招くことができた。近付けば、あの妨害装置の影響で正気を取り戻してしまいますが、その前に何かしら、意識に刻印付けをしておけば、装置をオフにさせる事くらいならできる。おまけに、高校生ならば警戒され難い…」

 ハカバはそれには何も応えませんでした。しかし、ゆっくりと口を開いて妙な事を言います。

 『……何をした?』

 何をした?

 紺野さんはただ喋っていただけです。何もできなかったはずでしょう。しかし、紺野さんはその言葉を聞くとこう返したのです。

 「やっと気が付きましたか… この私が、何の準備もせずに、こんな危険な場所に乗り込んでくるはずはないでしょう。もう、ホームレスの方々は動かせないはずですよ」

 ……まさか、祭主君?

 僕は祭主君を見やります。彼は、血走った目でハカバの事を凝視していました。そして、

 「駄目です、紺野さん。あの子供のホームレスには効きません」

 と、そう言いました。

 紺野さんは数度頷くと、「分かりました」とそれだけを言い、それから山中さんの方に顔を向けてこう言いました。

 「どうも、状況はそれほど安全ではなくなってしまったようです。山中さん、あなたは森里佳子ちゃんと一緒に逃げてください。今は、ホームレスは動けません」

 山中さんはそれを聞くと大きく頷き、里佳子ちゃんの手を取ってから、必死な表情で走り出しました。ホームレスの人垣を割って抜けて行きます。

 僕は彼女の性格を考えると、逃げるのを拒むかもしれないとも思ったのですが、里佳子ちゃんがいる所為か、それはなかったみたいです。

 彼女が去ると、紺野さんは言いました。

 「この祭主君には、ナノマシンに働きかけ、麻痺させる能力があるのですよ… 影響をシャットダウンできる。……しかし、どうやらあなたには効果がないようですね。特別な通信システムでも使っているのか… 少なくとも、ナノマシンを使っていない事だけは確かだ。そういえば、あなたは遠く離れた神社でも行動できていたのでしたね。流石です」

 『おしゃべりはいい』

 紺野さんが喋るのを無視して、ハカバは移動を開始します。こちらを目指して。

 『お前を殺して、我々の消去を不可能にしてやる……』

 それを受けて、紺野さんは僕に言いました。

 「時間稼ぎはもう無理なようです。星君。何か武器を探して下さい。枝でも石でも何でも構いません。倒せはしないでしょうが、少しは粘らないと。祭主君は、ホームレス達の動きを封じているだけで精一杯です。動けません」

 僕はその言葉に驚きました。

 「え、でも、相手は子供ですよ?」

 その攻撃に備える必要があるのでしょうか?

 「相手は人間ではないのですよ。早く準備を! 今は、説明している暇がありません!」

 紺野さんの様子がいつになく必死なので、僕は戸惑いながらもその言葉に従って、落ちていた木の枝を拾いました。ただし、少し腐りかけていて武器にはなりそうにない代物だったのですが。

 そうしている内に、もうハカバはそこまで迫ってきていました。僕はその木の枝で突いて距離を取ろうとしたのですが、その突き出された枝は、ハカバの腕の一振りで呆気なく崩壊をしてしまいました。

 腐りかけていたとはいえ、子供とは思えない、とんでもない腕力です。

 ……人間じゃない。

 それを観て、僕は紺野さんのそのフレーズに納得がいきました。……しかし、それならば、この少年は一体なんだというのでしょう?

 ですが、今は考えてる暇はありません。僕は次に、とび蹴りを浴びせようと、地面を駆けました。幾ら怪力を持っていたってこの身長です。体重はそんなにはないはず。力いっぱい蹴れば、吹き飛ぶでしょう。

 ――しかし、

 僕が蹴りを当てた瞬間に感じたのは、予想外のずっしりとした重量感で、僕は反対に跳ね飛ばされてしまったのでした。

 何? この重さ…

 ハカバは少しよろめいただけで、平気で立っています。

 僕は跳ね飛ばされたショックで転がってしまい、なんとか早く起き上がり、体勢を立て直そうとしたのですが、その前にハカバは急接近をして来ました。僕は、腕を取られて呆気なく捻り上げられてしまいます。やはり物凄い力でした。少なくとも、子供のものじゃない。僕の腕に激痛が走ります。

 「ぎゃあああ!」

 思わず絶叫してしまいました。

 折られてはいないでしょうが、とにかく、痛かったのです。

 紺野さんはそれを見ると、呆れたような声でこんな事を言いました。

 「そんな真似もできるのですか… 本当に凄い性能ですねぇ」

 のん気です!

 何を言ってくれてるのでしょうか、この人は? こんな状況下で…

 ハカバは僕の腕を捻りながら、言います。

 『我々を消去する為に作ったものを、こちらに渡せ… じゃなければ、こいつを殺すぞ』

 この声は本気でしょう。本気で僕を殺すつもりでいます。ハカバは… そして、この子にはそれを実行できるだけの力がある。

 「分かりました」

 紺野さんはその脅迫を受けると、簡単にそう言いました。

 「渡しましょう…… ただし、それには条件があります」

 『条件?』

 その後で、紺野さんは大声を上げました。

 「新島成行さん! 何処か、近くにいるのでしょう? このR―28が、ここに在るという事は、あなたもこの近くにいるはずだ。出てきてくださいよ!」

 R―28?

 紺野さんは、今間違いなくそう言いました。R―28は、確か、盗難にあったロボットの名前です。研究開発されていた。最新型の。

 ここにある?

 何処にある、というのでしょう?

 ……そして、その研究開発担当者は、新島成行さんであったはずです。

 やがて、ホームレスの一群から、一人の男性がゆっくりと足を進めて出てきます。姿はホームレスを装っていますが、眼鏡をかけているその姿は、間違いなく僕が幻の中で見たあの男性でした。

 つまり、新島成行さん。

 本当にいた……。

 紺野さんはゆっくりと進み出てきた成行氏を認めると、にやりと笑いました。

 「警察が、あなたを捜しています。もう、逃げられませんよ」

 それを聞いても、成行氏は無表情でした。普通ならば、もっと驚いてもいいはずでしょう。紺野さんは続けて語ります。

 「あなたは、一体、どんな結末が望みだったのでしょうか? 私があなたの存在には気付かず、池の主だけを消去していれば、それがベストだったのでしょうか? それがあなたの計画だった? 既に息子さん… いえ、あなたが息子だと思っているもののサルベージは終わっているのでしょうね… じゃなければ、ナノマシンの存在に気付いている私を、あなたが放っておくはずはない… 野田さんや高木さんのように、私を殺しに来るはずだ」

 ハカバは、自分の存在を無視したその紺野さんの台詞を理解できないでいるようでした。

 『何を言ってる? こいつがどうなっても……』

 少しだけ、紺野さんは横目でそう言ったハカバの事を見ました。軽んじているとしか思えません。

 ――そして。

 捕まれている僕だから分かるのかもしれませんが、その時なんだか、ハカバの様子は少しおかしくなっていたようなのです。 ……力が抜けている?

 「安心して下さい。もう、既に時間稼ぎは終わってるのですよ。池の主『水神様』。もう、あなたは何もできません。考えてみれば哀れですね。あなたも、この新島成行さんに利用されていたのです… だから、用がなくなれば、このように消去されるのですよ」

 紺野さんは、それからそう言いました。できるだけ冷徹に、そう言っているように僕には思えます。

 消去?

 池の主を?

 どうして、そんな事が可能なのでしょう?しかし、実際、ハカバはその動きを弱めているのでした。

 『何を…?』

 「ほら、力が入らないでしょう? 意識も薄れてきたはずだ。もう星君を捕らえている事もできないはずですよ。急速に、今あなたは消去されているのです… それは、この新島成行さんの計画の一端でもあったはずですが… だから、多くのホームレスが動きを封じられている状況下にも拘らず、彼はこうして動けている。彼は、元々、あなたの支配下にはなかったのです」

 『う… そ…』

 「気付きませんか? 私は山中さんを逃がしたのじゃない、山中さんに、池に向かってもらって、あなたの消去をお願いしたのですよ。彼女はナノネットに感応し難い体質でしてね、だから、あなた方に気付かれずに近付く事ができるのです。こういう時の為に、私は彼女を連れて来ていたのです。だから、予め“イーター”。あなたを消去する為に作ったナノネットプログラムも渡してあった。イーターは投入されれば、周囲のナノマシンを取り込んでねずみ算的に増え、あっという間に拡がります。一つが二つ、二つが四つ、四つが八… というように。だから、こんな短時間でもあなたを消去できる…」

 そこまでを語ると、紺野さんは新島成行氏を見ました。

 「そして、ここにいる新島さんは、その事に気が付いていたはずなんです… しかし、この人はそれをあなたには伝えなかった。何故だと思いますか? もちろん、それはあなたを消去したいと考えていたからですよ」

 紺野さんの、その残酷な言葉を聞くと、ハカバは微かに震えました。新島成行氏は、ただ無言でそれを受け止め、何も返しません。それから…、それからハカバは、カタカタと新島さんの方に手を伸ばし、そのままの形で動きを止めてしまいました。もう、少しも動きません。僕はそのお陰で腕が自由になり、やっと解き放たれました。

 「どうやら、ほぼ完全に消去は完了したようですね… 新島成行さん」

 紺野さんは無表情で、新島成行氏を見つめ続けています。責めているのでしょうか?僕には分かりませんでした。

 それに応えるように、ぼそりと新島成行氏… 新島さんは言います。

 「奴らに、感情なんてものはないさ。似たような何かがあるだけだ。罪悪感を感じるのは、馬鹿げている」

 「ふふふ… 私は何もそんな目的で、言ったのじゃありませんよ… しかし、それが分かっているのだったら、何故あなたはこんな計画を思い立ったのですか?」

 相変わらず、新島さんは無表情です。いえ、眼鏡に隠されてその表情が分からないだけかもしれません。

 「分かっているからこそ、だ」

 淡々とそう言います。

 「分かっているからこそ、取り戻したかった……」

 その言葉を受けると、紺野さんはやや哀れそうに新島さんを見つめました。それから、紺野さんは問い掛けます。

 「……このR―28に用いた通信システムは、量子暗号を応用したものでしょうか?」

 新島さんはゆっくりと頷きます。

 「その通り。超高速演算によって、第三者の干渉は一切受けない… そういうものだ」

 「……あなたは、ナノマシンの高度な知識と技能も持っているようですね。それは、何故なのでしょう?」

 「……元々の、私の専門は、ナノテクノロジーだ… このR―28にも、それは応用されている… 間接の駆動、全体の連携… それが、ここまでのスムーズな動きを可能にした…」

 このR―28… 

 新島さんはそう言いました。

 紺野さんも言っていましたが、新島さんもそれを認めたのです。

 ……ならば、今いる場所の何処かに、R―28は存在しているはずです。

 僕には、もう分かっていましたが、それでも僕は確認の為、ゆっくりと手を伸ばし、“ハカバ”の帽子を取りました。

 ホームレス達は、池の主の支配から抜け出、徐々に自分達の意識を回復させています。

 「…なるほど、それで納得しました」

 そして、紺野さんがそう応えるのと同時でした。機械のその姿が、僕らの前にさらされたのは。

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