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霊的霊式-13

 13.

 

 “ハカバくん”の噂…

 いや、世間ではその名は使われていないのか… 背の低い、子供のようなホームレスの噂は、戸田梨園の小火騒ぎから、一気に町に広がった。

 その正体不明性と、奇異さ、そして何より、自分たちに害を及ぼす存在として、彼が認知された為だ。

 最初の頃は、冗談半分の噂話だったはず。でも、そこに現実の事件に、どうやら加害者として関与しているというリアリティが加わったことによって、彼は敵意を持たれてしまったのだ。

 しかも、それだけじゃない。

 累は彼以外のホームレスにまで及んでしまっていた。

 彼のその半ば怪談のような、不気味な噂話によって、他のホームレスまで、町の人たちから嫌われ、敵視され始めてしまったのだ。

 もちろん、それまでも、それほど快く思われていた訳じゃない。だけど、それほど酷くはなかったんだ。実害がないのなら、まぁ仕方ないか、くらいには思われていた。

 ……なのに、

 戸田猛… 彼とその仲間たちがホームレス殺害で補導される、という自分の息子のスキャンダルによって、市長選挙に立候補していた戸田太久郎は、当選の可能性をほぼ断たれた状態にあった。しかし、ここに来て、彼が元々、中央森林公園を潰し… 実質的に、ホームレス達を追い出すという公約を掲げていたお陰で、再び当選の可能性が見えて来てしまったのだった。

 ハカバくんの、小火騒ぎの所為で、事態はそんな風になってしまった。たったあれだけの事で……

 人の噂話は恐ろしい。

 しかし、

 彼、

 “ハカバくん” は、一体何がしたかったのだろう?

 何故、戸田梨園に火を放った?

 その前には、もしかしたら、戸田猛を罠にはめているのかもしれない…

 戸田家とハカバくんの間には、どんな因縁があるのだろう?

 ……流石に、あれからは、ハカバくんが戸田梨園の近辺に現れるという事はなくなったようだった。警察は、中央森林公園を捜したらしいけど、結局発見されず、不確かな目撃情報のみ、という事もあって、捜査は既に打ち切られてしまっているようだ。

 単なる小火騒ぎで、本当に犯人であるかどうかも分からず、しかも、相手が噂話の中の半ば妖怪のような存在なのだから、それも当たり前なのかもしれない。

 僕は警察には彼を… ハカバくんを見つけられないだろう、とは思っていた。……しかし、それでも何故か確信していたんだ。

 ハカバくんは、絶対に中央森林公園の何処かにいるって。

 自分でも理由はよく分からない。

 そして、

 僕は誘われているような気がする。

 最近、何故か、そんな気がする。

 戸田猛が、ホームレス殺害で補導されたそれから後は、僕は中央森林公園には絶対に近付かないようにしていた。

 ……でも、

 もしかしたら、僕はあの場所に行かなければいけないのかもしれなかった。逃げてちゃいけないのかもしれなかった。

 中央森林公園。

 あの、池。

 年に一回は必ず、死体が浮く、池。

 死者の霊が、生者を呼ぶ水場。

 あの世への入り口。

 そこで、誰かが、この僕の事を誘っている。

 誰か?

 (それは、)

 ハカバくん?

 否、もしかしたら、それは…

 (全ての始まり)

 新島聡

 そういえば、最近、よく夢を見る。

 どんな夢なのかは、よく思い出せない。

 でも、なんでか、新島聡のことを想うと、それに近付いているような気がする。

 (助けて…)

 それは、

 (寂しい…)

 誰かの声をきく夢だった。

 (独りにしないで…)

 泣き声だった。

 誰が泣いている?

 いや、僕はそれを分かっている。

 だから、その声に応える為に、僕はこの場所へ来なくてはならなかったんだ。

 ……この場所?

 そう、この場所。

 中央森林公園。

 ……あれ?

 

 どうして、僕はここに来ているのだろう?

 ――その日、気付くと僕は、何故か中央森林公園に来ていた。

 確か、小火事件が起こった後くらいからだ。僕は、なんでか、妙に中央森林公園…… いや、あの池に行ってみたくなって、毎日その事を考えていた。そして、とうとうその日に、僕はいつの間にか、森林公園に辿り着いてしまっていたのだった。

 どうしたのだろう? 僕は。

 そして、思い出した。

 水死者の霊は、仲間を欲しがり、生きている者を誘う… という話を。

 もしかしたら、僕は誘われているのだろうか? 実際、ここでは何人もの人が亡くなっている……。

 “霊” が、本当に存在している?

 もし、“霊”が本当に存在し、そして、何人もの人たちを死に誘ってきたのだとすれば…… そこで、生きている人間を呼んでいるのは、一番最初に溺死をした、 新島聡 彼である事になる……。

 ……だから、だからかな?

 (だから、僕は誘われた?)

 森林公園の前で、僕は佇む。

 何故か、恐怖感は麻痺していた。怖くはなかった。

 森の入り口。そこで、考え事をする。

 でも、なんで、今なのだろう? 僕を誘うのなら、もっと前に誘っていれば良かったはずなのに……。

 風が吹いた。

 森がざわめく……

 戸田猛の事件… あれも、もしかしたら、君が望んだのかい? ……聡

 木々が蠢いていた。もちろん、風で揺れているのだ… でも、僕はその中に見つける。その中にある、風の揺れではない、奇妙なぶれを………。

 生きている。

 この森は。

 全身で呼吸をし、水を吸い上げ、枝を伸ばし、光を浴び、そして… この活動を行う体系は、思考し行動すらしているのだ。

 ……その時、

 そうか…… 聡。君は、この中の一部に含まれているのだね…。

 僕は、そう感じ、そう思った。

 このものの敵は何だろう? 何を嫌がっている? 何を拒んでいる? 全ての己の繁栄を邪魔するもの? 己の生存を脅かすもの?

 ――なんで、僕はそんな事を考えるのか。

 それは、その風の揺れに隠された、奇妙なぶれを見続けるうち、そこにある意志に、よくないものを感じたからだ。

 怒っている。

 この森は怒っている。

 そして、それは悲鳴でもあった。

 怒りは防衛本能だと、僕は聞いた事がある。攻撃をされ… 或いは、攻撃の不安にさらされ、ストレスを受けて、そのストレスに抗うために、怒る。

 つまり、それは恐怖心の裏返しである訳なんだ。怖がっている。

 この森は、怖がっているんだ。

 ……新島聡。

 それで、君は泣いていたのか?

 いや、違うか。

 ――そこまでをかんがえた、その時だった。

 僕は人の気配を感じた。

 ただし、それは森の中からじゃない。森の周りを囲む道路。その先から。でも、おかしかった。人の気配を感じたはずなのに、何故か、その方向には人がいない。

 気の所為かな?

 僕はそれを気にしないでいようかと思った。その気配を。それを無視して、森の中へ足を踏み入れようかと。

 だけど、どうしても駄目だった。

 その方向には、人の気配が確かにあり、そしてそれは無視をするには、あまりに強烈なインパクトを放っていた。

 それに、森の中に入っても、その気配を無視したままでは、意味がない気がした。

 森の怒り… いや、脅え。

 そのうち、その人の気配と、森の脅えが意味を持って繋がっているように僕には思えてくる。

 森は、人の気配から恐怖を感じていて、だからその気配を無視できない。

 そうじゃないだろうか?

 そして、その為に僕が呼ばれた。

 この気配をなんとかする為に。

 もしかしたら、それは僕の勘違いであるのかもしれない。だけど…、

 僕はその気配の方向へ足を進めた。

 それが例え勘違いであったとしても、元々ここに来た明確な理由は僕にはないんだ。無駄足になったって構わない。

 やがて、道をいくうち、僕は路上駐車されてある車と、その周囲を囲む妙な男たちの一群を目にした。

 その数、四~五人。

 年齢は皆、20代後半から30代といったところで、心なしか普通じゃない雰囲気があるように思えた。ただ、どう普通じゃないか、と言われると困ってしまうのだけど… その人たちは、笑顔なんかを時折見せているにも拘らず、微かに緊張をし、そして、辺りを警戒しているように僕の目には映っていた。

 いったい、何の集団なのだろう?

 予想もつかない。

 そして、そこを通り過ぎようかというタイミングだった。車の中から、男性二人と女性一人の計三人が顔を出す。

 車の周囲にいた人達は、出てきた男性の一人に皆顔を向けた。

 そして、僕は何故か、その注目をされた男性が気になってしまい、その姿を注視したのだった。ただ、もちろん、じろじろと眺めるような真似はできないから、横目で見る程度だけど。

 男の人の顔は、目が細くてまるで狐のようだった。そして、その人の顔を見た瞬間だ。僕は確信したんだ。僕が強烈なインパクトを感じ取った気配は、この人たちのものである事を。

 そして、そう確信すると、僕は直ぐ近くにあった角を曲がって、屈み込み、塀の影に隠れた。

 その位置からなら、彼らの声が何とかぎりぎりで聞き取れそうだったから。

 「――大体の位置が分かりましたよ」

 それから、声がそう聞こえてきた。

 ――位置?

 何の事だろう?

 「この辺りから、この辺りですね。その範囲内に、恐らく犯人は潜伏しています。では、そちらはお願いしますよ」

 その後で、複数の足音が聞こえた。恐らく、先に車を囲んでいた数人の男達だ。足早に、何処かへ去っていく。何かを指示されたらしいことだけは確かだった。

 次にまた、声。女性のもの。

 「人数、あれだけで大丈夫だったのでしょうか?」

 「いやー 確かに完全に大丈夫とは言えないでしょうが、仕方ないですね。協力してくれただけでもありがたいです。贅沢は言えません。警察だって忙しいでしょうし」

 警察?

 僕はその言葉に驚いた。

 なんで、警察が出てくるのだろう?

 それで、塀の影から、少し顔を出し、覗き見をしてみたのだ。

 女性が一人。男性が三人。

 女の人は、若くて健康そうな感じ。男の人は、さっきの人と、もう一人は高校生くらいの青年…。それと、周囲を囲んでいた男たちのうちの、一人。何故か、その人だけは指示された場所へは行かなかったようだ。

 ただ一人だけやけに若い、高校生くらいの青年を見て、僕は少しだけ驚いてしまった。額の中央に、黒色のガラス…… いや、遠くからでよく見えないけど、黒光りする金属のようなものだろうか? 太陽電池みたいにも見える。とにかく、そんなものを嵌めこんでいたからだ。

 何の趣味だろう?

 やがて、女性がまた口を開く。

 「私たちは、まだ行かなくていいのですか?」

 「まぁ 少し待ってください。星君が、まだ回復していないのですよ。体内のナノマネット… 後、少しで破壊できますから」

 ……ナノマシンネット?

 それは少しだけ聞いた事があった。極細微のロボット、ナノマシン。そのナノマシンを大量に用いて、ネットワークを形成させ、色々な演算やなんかをやらせるってヤツだ。

 でも、なんで、そんなものを?

 僕が疑問に思っていると、やがて車のドアが開いて、もう一人男性と… (この人も若く見えたけれど、少なくとも大学生くらいではありそうだった) …後、何故かくまのぬいぐるみを抱えた女の子がそこから出てきた。

 「準備は良いようですね」

 それを見て、狐目の男性が言う。

 「と、その前に、これを外に設置して…」

 それから、車のトランクから、妙な機械を持ち出すと、それを森に向けて設置した。小学生のランドセルくらいのサイズだ。小型の発電機のように見えなくもない。

 そして、その妙な機械が出てくると、僕が感じていた、強烈なインパクトを伴った気配は一段と強くなったのだった。

 人の気配じゃなかったんだ。

 それで、僕はそう思う。

 正体は、あの機械だったんだ。

 その機械を設置し終えると、彼らは森の中へ入って行ってしまった。ただ一人、元から車の周りにいた男の人だけをそこに残して。

 そうか… あの男の人は見張りの役だったんだ。と、僕はそう悟る。

 あの機械……。

 恐らく、クセモノはあの機械なんだ。

 あれの所為で、森は悲鳴を上げていた。

 僕は自分でも気付かない内に、そっと足を忍ばせて近付いていた。機械の方へ。見張り役の男の人は、森の方ばかりに意識を集中している。機械を見ると、コードがのび、車の方へ消えていた。電源は車らしい。僕はそのままそっと近付き、気付かれないようにして車からコードを抜いた。大きな変化はない。見張りは僕の行動に気が付かなかった。

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