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霊的霊式-09

 9.

 

 「――新島さんが、行方不明だってね」

 僕ははじめ、母親からそう言われた時、何を言っているのか分からなかった。誰の事を言っているのだろう? それに、どうしてそんな事を僕に言うのだろう?

 母親は、僕があの事件… ハカバくんと関わり、そして戸田猛が殺人罪で捕まってしまったあの事件… を、告白して以来、少し余所余所しいところがあって、度々無理に話題をつくって話しかけてくる。

 だから、その時のもそうだと思って、いい加減に受け答えた。

 僕は親に“ハカバくん”の話や、そして僕がいじめられていて、しかも恐喝されていた事実なんかを伝えるつもりは毛頭なかった。

 今だって後悔しているくらいだ。

 でも、喋ってしまった。

 あの時、僕はよっぽど気が動転していたのだろうと思う。正直、親に話してしまった時の事はよく覚えていないんだ。ただ、親が僕の尋常じゃない様子に気づいて、いつになく厳しく追求してきたのは覚えている。早く楽になりたかった僕は、その時にそれで、呆気なく告白してしまったのだろう。

 全てありのままの事実を告げる必要なんかなかったのに、嘘をつくのも僕は忘れていた。それで、なんだか大事になってしまった。

 親はなんと探偵まで雇ってそれを調査し始めてしまったのだ。その関係で、どういう理由かは分からないのだけど、僕は今度血液検査をやらなくちゃいけないらしい。

 母親は、僕がいじめを受け恐喝までされていたのに、僕がそれを黙っていた事がショックだったらしく、それから、何かと僕に干渉をしてこようとする。僕にはそれが少し嫌だった。苛立つ理由なんてないのに、それで母親を傷つけてしまうだろう事は分かっているのに、それでも、その干渉を避けようとしてしまう。

 「……ふーん」

 僕がそう返すと、母親は“新島さん”失踪事件に対する僕の無関心さに驚いたらしく、次にこう言って来た。

 「あなた。新島さんって、あなたが小さい頃によく一緒に遊んでいた聡君のお父さんよ?」

 え?

 それを聞いて僕は驚く。

 ――新島聡の?

 僕の驚いた様子を見て、母親は満足をしたらしかった。

 「あのお父さん、聡君が死んじゃってから、少しおかしな所があったけどねぇ… 仕事に熱中し過ぎていたり…」

 それから、そんな事を言う…

 僕はそれを聞いて、再び少しだけ母親に対して怒りを覚えた。

 なら、それは、その失踪事件すらも、僕らの所為かもしれないって事じゃないか……。

 母親は、僕が新島聡の事件に関してわずかばかりとはいえ、責任を感じている事を分かっていない。

 (……理解されていない)

 新島聡の事件といえば、戸田猛が変わり始めてしまったのも、あの事件からだった。或いは、今回、父親が失踪してしまった事とアイツが捕まったのには、何らかの関わりが……………、

 あるわけないか。

 僕はどうも、妄想を暴走させ易いところがある。

 戸田猛達グループが捕まって以来、僕の学校生活には再び平和が訪れていた。あれから謎のホームレス、ハカバくんからの連絡は一切ない。

 あの事件はハカバくんによって仕組まれたものだったのだろうか?

 随分と大事件になってしまったけど、結果だけを見るのなら、ハカバくんは僕の願いを叶えてくれている。

 でも、一体、どうやって?

 警察を呼んだのは僕だし、それに戸田猛たちだけがホームレスの許へ行ったのは、半ば事故で、予測なんかつかなかったはずだ。

 それとも、警察はハカバくんの方でも呼んでいたのだろうか? だったら、例え僕が呼ばなくても彼らは捕まっていたのかもしれない。……そういえば、僕は彼らがホームレスの許へ向かった事をハカバくんに連絡している…。

 だけど、それでもおかしい。

 ホームレスは殺されてしまったんだ。戸田猛たちから、暴行を受けて。どうやったら、そんなに都合よくホームレスに死んでもらう事ができるというのだろう?

 戸田たちが、ホームレスを殺してしまったのは、ほとんど偶然の事故じゃないか。

 両親は探偵にこの事件の調査を依頼したのだけど、果たして探偵にこんな不思議な事件の調査ができるのか僕には疑問だ。

 もしも、ハカバくんからの指示の内容が、携帯電話の中に残っていなければ、きっと僕は自分の体験した事を夢だと思っているだろう。夢であってくれればイイ… とも、実を言えば少しだけ思っているし。

 幼い子供のようなホームレス。

 姿かたちだけじゃなくて、その声までも子供のよう。ならば、それは子供なのだろう。子供のホームレスなんて、今のこの日本で存在していて良いのだろうか?

 そんなホームレスいる訳ない。普通に考えればそうなんだ。もしかしたら、ハカバくんと出会った記憶だけでも、何かの勘違いなのかもしれない… とも、僕は思ってみた。

 だけど、僕はある日、こんな噂を耳にしてしまったんだ。

  

 「小さなホームレス?」

 

 それはクラスでの他愛もない噂話だった。都市伝説的な、与太話。僕以外の者にとっては、それはきっと笑い話だったろう。

 「なに、それ? 子供?」

 「いや、こんな季節だっていうのに、妙に厚着らしくって、子供か大人かは分からないんだってさ。でも、“いる”らしいんだ。妙に特徴的な歩き方… 少し機械みたいな雰囲気でスーッて歩いているのを、もう何人も見てるんだってさ」

 「本当? 怪しいなー」

 僕はそれを聞いて、固まってしまった。

 “ハカバくん”だ。間違いなく。

 話によると、その小さなホームレスは森林公園及びに、梨園の方で目撃されているらしかった。

 森林公園は分かる。

 ホームレスたちの住処だから。でも、梨園は何でなのだろう?

 「正体は何なのだろうな?」

 「妖怪か、なんかだったり。ホームレスに紛れて暮らしている妖怪」

 「案外、ただ単に、ちっちゃい、おっさんかもよ」

 そこで笑い声。

 もちろん、僕は笑えなかった。そして、その時にこう思ったんだ。

 ……確かめたい。彼の正体を。

  

 ………森林公園は避けた。あそこはホームレスたちの本拠地だったからだ。あの事件に少なからず関わってしまっている僕は… 正直、少し怖かった。その場所に行くのが。

 僕が関わらなければ、あのホームレスは殺されなかったのかもしれない…。

 だから僕は、学校が終わると、梨園の近くを毎日散策した。もちろん、ハカバくんを探していたのだ。見つけたところで、どうなるものでもないのかもしれないけど、でも、話だけでも聞けるかもしれない。そして、小さなホームレスに関する噂話を耳にする内に、僕は奇妙な点に気が付き、そして怖気を覚えたのだ。どうも目撃される事が多いのは、驚いた事になんと戸田梨園のそばである場合が圧倒的に多いようなのだ。

 戸田梨園は、戸田猛の実家…

 何なのだろう? この、関連は?

 僕は、不気味なものを感じていた。

 

 助けを求めた僕の訴えにより、ハカバくんは僕を助けてくれた。本当にそうかは分からないけど、戸田猛を罠に嵌めるというやり方で。そして、その罠に嵌めた戸田猛の実家の近くに、ハカバくんは出没している…。

 ……そういえば、

 ハカバくんは、僕を助けてくれる理由を『利害の一致』と言っていた。

 利害の一致

 一体、彼は何をしようとしているのだろう? 今更だけど、もし仮に本当に僕を助けてくれた理由が、利害の一致だとするのならどんな利が彼にあるのだろう?

 ……もしかしたら、ハカバくんは、元より戸田猛を罠に嵌めたかったのかもしれない。それで、僕を利用したのかもしれない。ハカバくんには戸田猛の存在が邪魔だったのだろうか?

 しかし、僕の思考はそこで止まった。どう考えても、ホームレスと戸田猛との間にある関連を見出せなかったからだ。

 僕が戸田梨園の近くを、ハカバくんを見つけようと、うろつくようになってからしばらくは何の成果もなかった。

 噂はやっぱり、噂なのかもしれない。それでそんな風に思った。何かの勘違いで、実際にはハカバくんは現れていないのじゃないだろうか?と。

 だけど、ある日の事だ。

 僕はハカバくんを目撃したのだ。

 しかも、それはある事件とセットだった。

 少しずつ夏の本番に近づいて来ている。それは、そんな事が実感できるような暑さの日で、僕は汗をたくさんかいてその道を歩いていた。

 戸田梨園の周りの道だ。

 戸田梨園はけっこう広い。しかも、畑は一箇所に固まっている訳じゃない。随分前に行われた区画整理だかなんだかで、かなり整理されているらしいのだけど、それでもばらけている。

 つまり、梨園を廻る為には、かなりの距離を歩かなくちゃいけないのだ。

 既にかなりの距離を歩いていた僕は、喉が渇き、正直、何か水分が欲しかった。

 そして、そう思ったその時だった。不意に梨園から声が聞こえて来たのだ。

 「梨、食べるかい?」

 垣根越しにそう言ったのは、戸田の家のおばさんだった。前から知り合いではあったけど、ここ最近、僕が梨園の周囲を歩くようになってからは、互いによく顔を合わせるようになり、気安く話せる間柄になっていた。

 ただ、僕は戸田猛のことがあるから、少し後ろめたいのだけど……。

 だから、そうして梨を貰うのもそんなに珍しい事ではなかった。もう何度か貰っている。地面に落ちてしまったヤツらしくて、勿体ないからと、おばさんはタダでくれるのだ。

 まだ熟れるには時期が早すぎる梨で、多少酸っぱいけども、それでも喉が渇いている時は嬉しい。僕はありがたくそれを頂戴した。

 シャキシャキとした歯応えの果肉を、僕は美味しく頬張る。

 水分。

 それが口の中にジュワッと広がった。梨といったら、やっぱりこの汁気だろう。ゴックリと僕はそれを飲み込んだ。食べた、という感覚よりも、それはむしろ飲み込むに近かったろうと思う。

 「美味しいかい?」

 そうおばさんが尋ねてくる。僕は「美味しいです」と、本心からそう応えた。おばさんは優しそうに笑っている。

 刹那。

 僕は戸田猛の事を連想した。

 どうして、こんなに優しそうなおばさんの息子が、あんな風になってしまったのだろう?と。

 ……そこまでを考えて、僕は自分の母親を想った。母親の干渉に苛立ってしまっている自分自身を想った。そして、そういうのじゃないのかもしれないな、と何でか無根拠にそんな感想を持った。

 僕が食べ終わると、おばさんは「ゴミはその辺に捨てておいてくれればいいから」と、敷地内を指差してくれた。どうせ草取りの途中で、後でまとめて捨てるらしかったけど、それでも、やっぱり少し悪い気がする… でも、僕はその言葉に甘えてしまった。

 どう食べかすを処理すればいいか、その当てがまるでなかったからだ。

 戸田のおばさんが、僕にこんなに優しいのは、もしかしたら、息子が捕まってしまって寂しいからなのかもしれない。

 厚意に甘えた後で、僕はそんな風に思った。そして、お礼を言って再び歩き出そうとしたその時だ。それは起こった。

 戸田のおばさんが、まずは「あっ」と、声を上げる。僕はその声で、おばさんの見ている方を見る。すると、煙。煙が見えたのだ。煙がモクモクと上がっていた。しかも、それはそんなに離れた距離じゃない。

 燃えているのは、戸田梨園の内部なのかもしれなかった。

 だからだろう。おばさんは次の瞬間には煙の方に向かって、駆け出していた。

 僕ももちろん、それには慌てた。だから、おばさんの後を追おうとしたけど、垣根に邪魔されて真っ直ぐには行けない。おばさんは梨園の中にいたから、真っ直ぐにその場所を目指せたけど、僕は大きく迂回しなきゃならない。

 少しだけ、垣根を乗り越えてやろうかと悩んだけれど僕は結局それを止めて、やはり大回りをする事にした。

 走る。

 走る。

 辺りの人たちは、少しずつそれに気付き始めたようで、僕が走っている過程で、騒がしい声が聞こえ始めていた。

 やがて、煙が徐々に近付いてくる。

 予想通り煙は梨園の中から上がっているようで、反対側に来ても、煙は垣根越しに見えた。

 ――その時だ。

 火元がかなり近いのが分かる。垣根越しに、おばさんが「水! 水を出して!」と、怒鳴っている声が聞こえ、モウモウと煙が上がっている。そんな中。その全ての事象を背後にするようにして、垣根の上に、なんとあのハカバくんの姿が見えたのだ……。

 それは、僕にとってほとんど現実感のない光景だった。

 火と煙の背景に、ハカバくんの姿が浮かぶ。

 相変わらずに、相当な厚着をしていて、僕は彼よりも下の位置にいるのにも拘らず、その顔はよく見えなかった。

 ただ、目だけが怪しく光っているのは分かった。

 (錯覚かもしれないけど)

 何をしている?

 一瞬、僕には事件との関連性が分からなかった。ハカバくんは、それから垣根の上から飛び、音もなく着地すると、僕をほんの少しだけ顧みて、物凄い速さで駆けていってしまった。

 僕は呆然となる。

 本当にいた。

 それだけの事に、ただただ驚いていた。

 そして、彼が完全に去ってしまい、手遅れになった後で、ようやく僕は、彼が戸田梨園に火を放った犯人かもしれない可能性を考えたのだった。

 

 「もっと水をだしてー!」

 

 戸田のおばさんの大声が聞こえ、そして消防車のサイレンが迫ってくる。その喧騒に巻かれ、僕はハカバくんの存在に恐怖感に近い危機を抱いて竦んでいたのだった。

 

 彼は、何をしようとしている?

 どうして、戸田家を呪うような真似をしているのだろう?

 

 ……幸い、火事は小火で済んだ。

 事件が終わった後で、僕は小さなホームレスを目撃した事を警察に話した。どうやら、ハカバくんを見たのは僕だけじゃなかったらしく、戸田のおばさんも、垣根を昇って逃げるその姿を目撃していたらしいし、他にも数人、道を駆けているその姿を見たという報告があったようだった。

 ただし、何処に逃げたのかは分からない。

 警察は、ホームレスが怪しいと、森林公園を調べるつもりでいるみたいだ。

 成果があるとは僕には思えないけど。

 僕はハカバくんを、その前にも見ていることは警察には伝えなかった。信用される訳がないとも思ったし、戸田猛の件に関与しているのがばれるのも怖かった。

 その話は親にはしなかった。けど、代わりに僕は親が雇った探偵… 藤井さんにその話をしたのだ。

 どんな理由でやるのかは知らないけど、血液検査を行った時に。

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