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第9話 チマチマ作業、好きな二人。

 宿泊研修が行われるのは南区にある滝野すずらん公園。札幌市に住む小中学生は必ずと言っていいほどこの公園で何らかのイベントをこなす。炊事遠足なり、僕らみたいに、宿泊研修なりで。だから、これといった特別意識はそれほど湧かない。場所に対してはね。


 高校からバスで移動した僕らは、広場に整列して学年主任の先生からありがたいお話を聞き、宿舎に移動した。

 クラス単位で部屋が割り振られている。当然だけど男女も別。教室と同じくらいの広さをした空間に左右に一段板張りの床が貼られていて、部屋の奥と手前にそれぞれはしごがかかっている。

 まあ、ここで二十人雑魚寝ってわけ。


「寝る位置は自由に決めていいらしいから、各自取りたいところに荷物でも置いてー」

 と、クラス委員である恵一が部屋に三々五々と散ったクラスメイトに告げる。

「じゃあ。俺等はどこで寝る? 陽平」

 仕事を果たしたのち、僕の耳元でそっと優しい声で呟く恵一。


「……ねえ、わざわざそんなイケボで言わなくていいからさ、普通に言おうよ恵一」

「まあ、そう言うなって。コミュニケーションだよ、コミュニケーション」

「僕は別にどこでもいいよ、恵一がいい場所で」

「そうか? なら、俺は床とくっついているほうが寝やすいから下で」

「何……? その理屈、初めて聞いたけど」


 床にくっついているほうがよく寝れるって、つまりベッドの上ではよく寝られないってこと?

「ああ、なんか体が地面よりも高い位置にあると俺寝つき悪いんだよ、別にダメってわけじゃないけどさ」

「そ、そうなんだ」

「お、クラス委員とその親友じゃないか、隣、いいか?」

 そんなことを話していると、この間の昼休みに僕らに絡んで来た中嶋君が隣に来た。後ろには相上君と……えっと。


「ああ、いいよ中嶋」

「よしっ、戸塚のお墨付きだ、ここで寝ようぜ、相上、六井」

 そうだ、六井君だ。

 ……ほんと、名前覚えるの苦手だよなあ……僕。


「よろしくなー戸塚、高崎」

「俺もよろしくー」

 相上君、六井君もそう口々に言い中嶋君の隣に荷物を置いていく。

「ま、そんなにゆっくりもしてられないし、えっと、次の場所に移動しようか」

 パラパラと研修のしおりをめくった恵一は四人にそう声を掛ける。

「そうだよなー全然ゆっくりできるタイミングないもんなこの研修―。いこーぜ俺等も」

 僕が恵一につられて立ち上がるとともに、中嶋君も二人と一緒に部屋を出て次の場所へと向かっていった。


 部屋に荷物を置いた僕らのクラスは、その後すぐに理科室のような雰囲気漂う実習室に集まった。この間決めた班ごとにテーブルに固まって座っている。それぞれクラスごとにこんな感じに教室に集まっているんだ。

「えー、この時間では、宿泊研修中に制作するモザイクアートについて説明しまーす」

 二日前に決まった研修委員の男子生徒が皆の前に立って説明を始める。


「この宿泊研修で、全八クラス共同でモザイクアートっていうものを作ります。モザイクアートとは、一枚の絵を何分割かにして、その一部分をちぎった色紙を貼って塗り絵みたいな要領で塗っていきます。その一部分を全部合わせると、一枚の絵が完成する、という企画です。で、うちのクラスはA4の紙五十枚を担当しまーす。他のクラスも大体それくらいの量なので、そこは大差ないです。貼るべき色は紙に印刷されているので、それの通り作業をしてください。のり、色紙は今自分が立っているところに班の数だけあるので、それを使って下さい。何か質問あれば、随時自分まで、お願いしまーす。では、始めてくださーい」


「じゃ、私たちも始めよっか」

「いや、茜。まだのりとか色紙とか前にあるから。慌てるな」

 安定のこのボケとツッコミ。……これはボケなのだろうか。

 恵一がそうして前に班の分の色紙とのりを持ってくる。


「のりは一班二本らしいから、順番に回して使ってくれ、とのことだってさ」

「あいあいさー」

 茜の少し間抜けな声が、正面から聞こえてくる。


 彼はのりを僕の目の前に一本、僕の向かい側の座っている絵見の前にも一本置き、席に座る。

 しかし、このモザイクアートという作業、僕みたいな自分から話を切り出そうとしないタイプの人間がやると延々とやり続けられそうなもので、


「よ、ようへーい……? もしもーし……?」

 なんて、茜に声を掛けられるくらいには、「モザイクアートを企画した趣旨」とかけ離れたことをしていた。と、思ったら。

「お、おいかわさーん……?」

 僕の隣に座っている及川さんも、黙々と色紙をちぎっては貼りちぎっては貼りを繰り返していた。

 きっと、お互い夢中になっていたせいで、隣の動きが目に入らなくなったんだ。


「「あっ……」」

 だから、僕がのりに差し出した右手と、彼女が伸ばした左手が、触れ合った。

 ほんの一瞬、されど、そんな一瞬でも女の子の手の感触は僕に伝うもので。

 小説とか、漫画とかでは、柔らかくて、温かいっていう形容をよくしていると思う。でも、僕が感じたのは。


 ……少し冷たい。


「ご、ごめんっ……、見てなかった……」

「わっ、私も……すみません……」

 何これ、初々しすぎませんか、この反応。及川さん少し頬を朱色に染めているし。何が始まるの、何も始めさせないからね、僕は。


 そう、始まっちゃいけないんだから。

「……そ、そういえばさ、及川さんってどこに住んでるの?」

 あまりにも不自然な話題転換。僕の斜め向かいに座る茜は、心なしか慌てているようにも見える。というか手を動かして手を。


「……え、えっと……そ、その……四葉警察署の裏にあるマンションです……」

「え? それって、陽平と同じ小学校区じゃないの? でも、陽平と及川さん初対面だよね?」

 茜が僕のほうを向いて同意を求める。


「う、うん。そうだよ。いや、高校入学する前に引っ越したって」

「ふ、ふーん……っていうか、なんでそれ陽平が知ってるの?」

 食いつくなあ。


「今日の朝、及川さんと一緒になったから、だけど」

 別にこれに関しては隠すようなことでもない。あっさりと僕は白状する。

「…………」

 え、なんでここで黙りこくるんですか、怖い怖い。


「……まだ私だって一緒に朝登校したことないのに」

 聞こえそうで聞こえない。きっと、今日の朝くらいの静けさだったら、余裕で聞き取れたんだろうけど。生憎それなりにざわついているこの空間で、茜のその呟きを聞くことはできなかった。


「じゃあ、及川さんは今までどこに住んでいたの?」

 茜の様子を見かねてか、絵見が作業の手を止めることはせずにそう尋ねる。

「……えっと、その……遠い、場所……でして」

「函館とか、旭川?」

「は、はい……あ、旭川です」

「でも、どうしてわざわざ菊高に? ここと同じ偏差値の高校なら旭川にもあるよね」


 絵見の言う通り、菊高は俗に言う準進学校。札幌では十番以内の偏差値を必要とする学校だけど、そのレベルの高校なら旭川や函館といった道内の地方都市なら存在する。

 わざわざ札幌に出てまで進学するような高校ではないんだ。

 だから、絵見の質問ももっともなものではある。


「……え、えっと……」

 及川さんは答えあぐねている。

 それを見た恵一が、


「ま、札幌のほうが色々あるもんな、きっと。それに旭川より札幌のほうが冬は暖かいだろ?」

 ってフォローを入れた。

「まあ、そうだよね、そっか」

 そのフォローに絵見も納得したようで、とりあえずこの話は終わった。


「……ふぅ……」

 隣に座る及川さんは、少しホッとしたようなため息をひとつ、ついていた。

「で、茜、作業は進んでる? 結構話に夢中になってたけど」

「ギクッ」

「あーかーねー。ほんと、口より手を動かしてよ」


 僕が思っていたことをずばっと口にした絵見。茜は叱られた男子小学生のような顔をして、

「……わ、わかったよ……」

 としぶしぶといった感じに作業の手を動かし始める。


「……突っ込まれるならさいっしょから真面目にやってればいいのに」

「恵一、何か言った?」

「いや? なんでも」

 っていうやりとりの間に僕と及川さんは茜と恵一がやる二倍の量をやっている、とは突っ込めない。

 ……こういうチマチマした作業、お互いに好きなのかもなあ……。


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