表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

第8話「暗雲」

 ワカヒコはアマテラス、そしてオオクニヌシとの約束どおり、中津国を平定するため地上に蔓延る悪鬼や化け物を毎日のように退治していった。

 太陽神アマテラスが天津国代表として地上に送り出すほどの逸材だ。

 ワカヒコが手も足も出ないほどの強さを持つ敵は未だ現れない。

 だが、偽りなきその実力を持ってしても所詮は独り。

 戦線としては現状を維持するのがようやくだった。

 今日も戦いを終え自宅に戻ったワカヒコはかがり火の前に座りため息を吐いた。


「……化け物の数が一向に減らない。それどころか、以前より頻繁に出没するようになっている。まさか、こちらの消耗を狙っているのか!?」


 うつむいて自問自答するワカヒコを、シタテルヒメが心配そうに見つめる。

 ヒメは自分の膝をまくらに夢を見ている彩雲をなでながら、ワカヒコに話しかけた。


「噂では、人間の集落で子供達ばかりが大蛇に飲み込まれたそうです。この子もそんな事になりはしないかと……」


 ワカヒコははっと顔を上げ、シタテルを安心させようと背中を擦って勇気づけた。


「大丈夫! どんな化け物が相手でも、俺が絶対に君と彩雲に手を出させたりしないよ!」


「ええ……ありがとう、貴方」


 シタテルヒメはワカヒコの力強い言葉に微笑み返す。

 だが、このまま魑魅魍魎を倒し続けても埒が明かないことはワカヒコも承知していた。

 化け物が出現し続ける原因を突き止め、そしてその根源を潰さない限り、この地に平和をもたらすことはできないであろう。

 そう考えたワカヒコは翌日、屋敷から遠く離れた一軒家に住むサグメを久しぶりに訪ねた。


「失礼する。サグメ殿、いらっしゃるか? 少し話がしたい」


 玄関の朽ちかけた木の戸の前で声を掛けると、すぐにゴトゴトと戸が横に開いた。

 現れたサグメを見て、ワカヒコは少しやつれたかも、と思った。

 サグメはワカヒコの顔を見るやいなやニコリと笑顔を見せて歓迎の意を示した。


「これはワカヒコ様、お久しゅうございます。シタテルヒメ様とご夫婦になられて以来ですかね。本日は如何なさいました?」


「ああ。単刀直入に言おう。襲いかかってくる化け物の巣を直接潰そうと思う。サグメ殿の占術でその場所を探って欲しい」


 サグメは表情を変えず、ワカヒコの大胆な願いに首肯して答えた。


「……では、フトマニの儀を行いワカヒコ様を苦しめる根源を探りましょう」


 フトマニとは太古より神々に伝わる占術で、動物の骨を焼くことで生じた亀裂の方向で結果を導く方法である。

 サグメは鹿の白骨を紙に型取ったあと、囲炉裏の火にくべて焼き始めた。

 やがて骨にはヒビが入り、パキパキッと大きな亀裂が走った。

 それまで平静を保っていたサグメの表情に焦りが生じたのをワカヒコは見逃さない。


「どんな答えが出た?」


「これは……由々しき結果です。この原因は天から生じていると出ています」


「天!? まさか化け物が天から出てきているなど……ありえない!!」


 動じるワカヒコに対し、サグメは冷静な表情を崩さずに答える。


「この結果が何を示しているのか、高天原に行けば分かるでしょう。ですがワカヒコ様が自ら天に向かえば、その間にヒメ様や御子(みこ)様に危険が及ぶかもしれません。代わりに私が天に昇り、内情を調べてまいります。ワカヒコ様は念のため地上に残ってください」


 ワカヒコは考えた。

 ――しばらく高天原には帰っていない。

 ――その間、もしかすると高天原をめぐる政情に変化があったのかもしれない。

 ――ということは、サグメの宣託も杞憂では済まない可能性がある。

 ――悪鬼共の出現も単調ではない。統率の取れた動きもどこか気になる。


「……手を煩わせてすまんが、天の調査はサグメ殿に頼むとしよう」


 ワカヒコはサグメの提案を受け入れ、高天原の動向を探ってもらうことにした。

 サグメは無言でうなずくとすぐに旅の支度を始め、ワカヒコの見送りを背に天へと昇っていった。


 七日後、サグメは光る雲に乗って天から地上へと降りてきた。

 ワカヒコはすぐにサグメの元に駆けつけた。


「サグメ殿! 心配していたが、無事のようで安心したよ。それで、原因はつかめたか?」


 真剣な表情で占いの結果を問うワカヒコに対し、サグメは表情を崩さずに答える。


「恐れながら申し上げます。アマテラス様は、自らの許可なく任務中に国津神と婚姻し子をなしたワカヒコ様に対し、たいそうお怒りになっていました。その怒りがワカヒコ様の周囲に化け物を寄せ集めている原因かと思われます」


「そんな馬鹿な! シタテルヒメと結婚したこと自体が間違いというなら、俺はこの役を降りる!」


 息を巻きながら怒りを顕わにするワカヒコに対し、サグメは頭を下げてとりなした。


「どうかお気をお沈めください。ワカヒコ様がこれから高天原に出向いても、事態はより悪化してしまうでしょう。それにワカヒコ様には今や姫様や神子様もいらっしゃる。もう独りではないのです。ここはおとなしく、天の怒りが収まるまで耐えるのが吉兆でございます」


「……くっ。納得できんが、サグメ殿に従うしかないのか。しかし……」


 ――葦原中津国の平定のためにこれだけ体を張って悪鬼を退治しているのに。

 ――しばらく会わなかっただけで、どうしてそんなふうになってしまうのか。

 ――もし大切な家族を傷つけられるようなことがあれば、絶対に許さない!


 ワカヒコの心に、高天原への反抗心と敵対心が芽生え始めていた。

 ワカヒコが葦原中津国に降りてすでに七年が経過していた。


 時を同じくして、ワカヒコの体調は日に日に悪化していった。

 痩せて弱っていくワカヒコを見かねたシタテルヒメは、サグメが煎じた生薬入りの白湯を飲ませ続けたが、一向に効果がない。


「お父様……元気を出して……」


 その声にワカヒコが振り向くと、彩雲姫命がワカヒコの袖をつまんで心配そうに見上げていた。その愛らしい眼はすでに潤んでいた。


「……ああ……。彩雲、この病がお前に伝染るといけない。お父さんはすぐ元気になるから、お母さんのところで遊んでおいで」


「…………は……い……。グスッ……」


 ワカヒコとシタテルヒメとの娘は八歳になっていた。

 美しい銀髪は腰のあたりまで長くなり、まだ幼いながらも母親似の美しい容貌は将来どれほどの伸びしろを残しているのか知る由もない。

 べそをかいて母屋に戻っていった彩雲の背中がワカヒコには高熱のせいで揺れて見えた。


「くそっ……俺の身体は一体どうしてしまったんだ……。病気になるなんてこと、今まで一度もなかったのに……」


「おそらく、強力な天の呪いでしょう」


 サグメが桶でお湯を運びながら、ワカヒコに告げる。


「天の……呪い!?」


「はい。私がもう一度天に昇り、アマテラス様のお怒りを沈めていただけるようにお願いに上がります。そうすれば貴方は再び安らかにこの地でお過ごしになることができるでしょう」


「……病の原因は、シタテルヒメには言っていないな?」


「はい、ヒメ様には伏せております。ですが、これ以上は……」


「いや、いいのだ。ヒメと結ばれたことで私がこのような罰を受けていると知れば、ヒメはいっそう悲しむだろう。そんな姿は見たくない」


「……かしこまりました。できるだけ早く高天原に向かいますゆえ」


 再び支度を調えたサグメは、白く光る雲を呼ぶとそれに乗って天へと昇っていった。


   ◇


 二晩が過ぎた日の朝、サグメは天から戻ってきた。

 ワカヒコはサグメの表情から交渉結果が芳しくなかったことを察した。


「申し訳有りません。私の懇願も聞き入れてもらえませんでした。もうじき天からワカヒコ様に神使が遣わされます。その鳴き声はシタテルヒメ様と彩雲お嬢様にもワカヒコ様と同じ呪いを与えるでしょう。呪いを回避するためには、神使を射殺すしかありません」


「……分かった。高天原はもう俺のことを信用していないのだな。俺の命だけでなく、俺の大切な家族まで奪おうというのなら、容赦はしない。俺も天に背く覚悟を決める」


 サグメは険しい表情を浮かべながらも、ワカヒコの覚悟を受け入れるようにゆっくりとうなずいた。


「神使の侵入が分かるように、結界を張っておきます。その時が来ればすぐにお伝えしますゆえ、ワカヒコ様は躊躇なく神使を排除してください」


「うむ。シタテルヒメと彩雲には、サグメ殿の屋敷に移動するよう伝えてくれ。万一に備えて戸締まりもしっかりと頼む。あの離れなら、呪いの言葉は聞こえないだろうからな」


 高熱を耐え続けるワカヒコはサグメにそう頼んだあと、再び床に伏した。

 サグメはそっと部屋を出ると大粒の涙を流しながら急いで外に駆け出していった。


「ワカヒコ様、お許しください、どうか、お許しください…………」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ