第7話「彩雲の誕生」
オオクニヌシとの邂逅から早二年が経過し、ワカヒコと妻シタテルヒメの間には女の子の赤ちゃんが生まれた。
輝くような銀髪を持ち、眼は少し父親に似ていてキリリとしている。
父、母となったワカヒコとシタテルヒメは、からりと晴れた青空の下で名前を考えることにした。
「この子の名前は……女の子だから、どんな名前がいいかな?」
「天津神の貴方と国津神の私との間に生まれた子供です。天と地の間に浮かぶあの雲のように……」
赤ちゃんを抱えたシタテルヒメが空に浮かんだ雲を指差したちょうどその時、その雲が七色の虹に彩られた。
「すごい……彩雲が見られるなんて。偶然かな?」
ワカヒコと一緒に空を見上げながらシタテルヒメは告げた。
「いいえ、きっと天もこの子が生まれたことを祝ってくれているのでしょう。この子の将来に虹のような彩りが訪れることを願って、彩雲姫命という名前はどうでしょう?」
「あやも……彩雲か。すごく可愛らしい名前だね。うん、それがいい! 決まりだね!!」
彩雲姫命と名付けられた女神の子は、天と地の夫婦神によって大事に、とても大事に育てられた。
愛情をたっぷりと受け止めた彩雲は健やかに成長していったが、まだ幼少の頃から両親が驚くほどの神力を蓄えていた。
彩雲が五歳を迎えると、ワカヒコは弓を教えるため彩雲を山や草原に一緒に連れ歩くようになった。
おもちゃのように小さいがしっかりとしなるハゼの木で弓を作ってもらい、天界指折りの弓使いでもある父をお手本として、彩雲は神だけが使いこなせる神力を使った技、神技を覚えていった。
ワカヒコが彩雲に早く神力を使いこなせるようにするため、世界の理を教え始めたのもこの頃だった。
「この世界には光、闇、火、水、風、雷、地――様々な【属性】がある。属性は武器……今、彩雲が持っている矢に宿らせることで、威力を高めることができるんだよ」
ワカヒコは手っ取り早く、彩雲にお手本を見せることにした。
立ち木の枝に向かって弓を構え、風の刃をまとった矢を射放つ。
矢が枝の間を抜けていくと、周囲の枝はきれいな切断面を残してバサリと地面に落下した。
彩雲も弓を構えて木を狙おうとしたが、次の動作で固まってしまった。
「お父様、風じゃなくて火のときは、どうしたらいいのー?」
「火の熱さを心に思い浮かべなさい。矢の先が燃えるように、強く、強く念じるんだ……」
彩雲は父の言うとおり、囲炉裏にくべた赤々と燃える薪を思い浮かべ集中した。
すると矢尻に小さな炎が生まれる。
そのまま彩雲が矢を射ると見事に木の幹に命中し、矢尻の炎は木に燃え移っていく。
「……お見事……!」
ワカヒコは平静を装って称賛しながらも、内心では心の底から驚いていた。
彩雲は恥ずかしそうに照れながら父親に微笑み返し、そして再び木に向かって今度は雷の矢を放った。
ワカヒコは彩雲の背中を見つめながら考える。
――弓の技量もさることながら、たった五歳でここまで神力を使いこなせるとは。
――すぐに高度な技術を習得して自分のモノにしてしまうし、鋭敏な感覚は才気にあふれている。
――彩雲の才能を伸ばせるだけ伸ばしてみるか。
父は自分が持っている技のことごとくを教え、それが彩雲の技量を急速に押し上げていった。
ある日彩雲はワカヒコにねだり、心配する母シタテルヒメを押し切って父の化け物狩りにも連れて行ってもらった。
「しっ、静かに――」
ワカヒコが振り向いて彩雲に指示すると、彩雲はすでに片膝をつけてしゃがみ、無言で首肯して返事をする。
彩雲はワカヒコよりも早くに多数の邪悪な存在を感じ取っていたのだ。
邪悪に対する彩雲の感覚は特に鋭敏で、悪意を持つ化け物の数や距離などをおおよそ当てることができた。
ワカヒコの前にはやがて二十頭近く飢えた狼の集団が現れた。
赤く光る両目から放たれる邪気を全身にまとったそれは、決して野生の動物ではない。
統率を取っていると思しき一頭の遠吠えから、戦いの火蓋が切られた。
狼たちは正面、左右と三方向に別れてワカヒコ、そして彩雲たちを取り囲む動きを見せた。
しかし黙って見過ごすワカヒコではない。
まさしく神の御業の早撃ちにより、一瞬で六頭もの狼が雷光をまとった矢に撃ち抜かれ、死体は黒い霧となって消え去っていく。
その間、十を超える残りの狼が一直線にワカヒコを襲った。
ワカヒコは左手首に光る黄金の腕輪から剣を取り出し、空中を駆けるように二頭を瞬時に斬り捨てた。
武器を再び弓矢へと切り替え、怯んだ狼をすぐに処分していく。
野性味に溢れたワカヒコの動きには無駄がなく、相手の数の多さを物ともしない。
彩雲にとってはこれ以上無いお手本のような動きであった。
最後の六頭が捨て身の攻撃でワカヒコを襲う。
彩雲には一瞬ワカヒコの体勢が崩れたかと思ったが、空中でくるくると回転しながら放った剣戟は、確実に狼の体を捉えていた。
着地と同時に弓を持ち替えて、弓を引く。
「終わりだ」
最後に放った矢が狼の眉間を貫くと、狼の体は黒い霧となりそのまま消え去ってしまった。
結果だけを見れば圧倒的勝利であったが、それはワカヒコの傑出した技量と培った経験の両方によってもたらされたものである。
「お父様、すごい、すごい!」
ただただ称賛を送る彩雲を抱えて、ワカヒコは微笑んだ。