第6話「オオクニヌシの誘(いざな)い」
オオクニヌシへの手土産として無事に桃の実を持ち帰ったワカヒコとシタテルヒメは、翌日二柱仲睦まじくオオクニヌシの邸宅へと足を運んだ。
シタテルヒメは玄関に大きな草鞋が並んでいたのを見て、予定通りオオクニヌシが家に戻っていると分かり喜んだ。
「お父様。ただいま帰りました!」
ここでは勝手を知るシタテルヒメが先導し、ワカヒコの大きな手を引っ張っていく。
「ここがオオクニヌシ殿の邸宅か……」
高天原の宮殿ほど大きくはないが、木造りの社は見事という他ない。
侍女の出迎えにより二柱の夫婦は屋敷の奥、誰もいない座敷へと通された。
間もなくトン、トン、トンと軽い調子で廊下を歩く音がし、見計らった侍女がするりと襖を開ける。
現れたのは黒髪で立派な恰幅の男性の神であった。
「これはこれは。遠路はるばる、ようこそ中津国にいらっしゃった。ワシがオオクニヌシです」
オオクニヌシの自己紹介にワカヒコも続く。
「私は高天原、天津国玉の子、アメノワカヒコと申します。私は貴方と……」
「ああーっ、ワカヒコ殿。その先はおっしゃらずとも、重々承知していますとも。この葦原中津国の国譲りの件でしょう?」
「………………」
ワカヒコにとって、オオクニヌシの方から本題に入ったのは意外だった。
「ワシはかつてアマテラス様の弟君、スサノオ様からこの国を治めるよう命ぜられ、今日の今日まで国造りに励んできました。もちろん、高天原への国譲りには反対しません。しかし今はまだその時ではない。なぜなら……ワカヒコ殿もご覧になったでしょう」
オオクニヌシは大きく身振り手振りをして説明を続ける。
「アマテラス様の御子様は、この国が騒がしいとおっしゃったのです。それはつまり、ワシが中津国を完全に制することができていないということ。毒蜘蛛、大蛇、ムカデ、天狗、鬼。あらゆる邪な存在が、まだまだこの地にうごめいています。せめてこの世界をきれいにしてから国譲りを成就しなければ、このオオクニヌシの面目が立ちません」
――オオクニヌシの言ったことは事実。
それは化け物たちとすでに戦ったワカヒコ自身が身を持って理解している。
「ワカヒコ殿、貴方の強さはこの中津国にもとどろいていますぞ。それに貴方はこの国を平定するためにいらっしゃったはず。ならば、このオオクニヌシのために働け、などとは申しませぬ。そこにいるシタテルヒメも住まうこの地を平和で豊かにするために、貴方の力を貸してはくださらぬか」
ワカヒコは改めてオオクニヌシと正対し、神妙な面持ちで切り出した。
「わかりました。私もここに残り、国譲りが成就するためオオクニヌシ殿と力を合わせていきましょう。その件とは全く別とは申しませんが、貴方の娘シタテルヒメ殿を私の妻に迎えたいと思います。オオクニヌシ殿、私達の結婚をお認めいただけますか?」
婚姻の許しを請うたワカヒコに対し、オオクニヌシは間髪入れず快諾した。
「もちろんですとも!! 自慢の娘シタテルヒメにふさわしい……いや、この上ない理想の夫が見つかって、ワシは嬉しいですぞ! さあ、今宵は宴じゃ! 一緒に飲み明かしましょう」
ワカヒコは、オオクニヌシとシタテルヒメからこの日の夜も浴びるようにお酒を飲まされることになった。
こうして中津国に平和が訪れる日まで、ワカヒコは地上にはびこる化け物退治に勤しむのだった。