第4話「巫女の宣託」
ワカヒコが客間に戻ると、すでに朝食の準備が整えられていた。
シタテルヒメとサグメは座布団の上に正座をしてワカヒコの到着を待っていた。
サグメがワカヒコの異変に気付き声を掛ける。
「ワカヒコ様、随分と服が湿っているようですが……水浴びでもなさいました?」
サグメはワカヒコの痛い所をグイグイと突っついてくる。
「ああ、これは顔を洗っているときに……何でもありません」
「……事情がおありのようですが、お支度が済んでいますのでお食事をいただきましょう」
ワカヒコが着座すると、昨晩の盛り上がりとは打って変わり、しんとした雰囲気の中で食事が始まった。
シタテルヒメの様子が気になったワカヒコはちらりと目線を寄こすと、ヒメもまたワカヒコに。
再び視線がバッチリと合わせた男女二柱の神は、すぐにお椀を傾けて平静を装った。
明らかに不自然な二柱にサグメが声を掛ける。
「おや? ワカヒコ様にヒメ様、どうかなさいましたか? 昨晩お酒を飲みすぎて調子が悪いとか」
「私は……なんともありませんよ?」
シタテルヒメはお椀を戻しながら、サグメに返した。
「……ふむ、もしかしたら昨日少し呑み過ぎてしまったのかな……?」
「ではワカヒコ様には今から私が玄草を煎じてさしあげましょう。アクを取るのに時間がかかりますゆえ、そのままお二方でごゆっくり歓談なさっててください」
「え……え……!?」
サグメのその台詞にワカヒコはさっと血の気が引いてしまった。
ヒメとの気まずい空気が続くのではないかと案じたワカヒコが手を伸ばした先のふすまは隙間なく塞がれた。
残されたワカヒコにシタテルヒメは顔をうつむかせて話しかけた。
「ワカヒコ様……」
「は、はい……なんでしょう、シタテルヒメ殿」
「……さっきの井戸では……私のことを褒めてくださったのでしょうか?」
「ああ、それはもちろん……つい口に出してしまいました」
「もしかして酔った勢いで……言ってしまったとか……?」
「いえ、あのときは顔を洗ってスッキリとしていましたし!」
「そうなのですね……あの、ありがとうございます……!」
礼を伝えたあと、シタテルヒメの頬はますます紅に染まる。
ワカヒコは正直な気持ちを伝えようと、勇気を振り絞った。
「シタテルヒメ殿。よかったら私と正式におつ――!?」
――ガラガラガラッ!
ワカヒコの告白を遮るように戸を開ける音が響く。
肝心なところで、サグメが戻ってきてしまったのだ。
「ささ、ワカヒコ様。胃によく効く煎茶ですよ――?」
「……」
「……」
「あらあら、どうやらお邪魔してしまったようですね」
男女二柱の微妙な雰囲気を察したのか、サグメは話を続ける。
「それならばヒメ様、明日はお館様が大邸宅にいらっしゃる日。お迎えの準備を今日中にしませんと……」
「お館様?」
その言葉が気になったワカヒコが尋ねると、シタテルヒメが答えた。
「父のオオクニヌシが久しぶりにこの邸宅に立ち寄るのです。私の母以外にも奥さんが多いから、順番に家族の住まう家を訪ねているんですよ。困ったものです」
そういいながらため息をつく姿もやはり美しい、と思うほど、ワカヒコはすでにシタテルヒメに落ちてしまっていた。
しかしワカヒコは自分に課せられた役目をしっかりと認識している。
オオクニヌシは多くの妻を娶ったことでも有名な神だ。
向こうから来てくれるのであれば、会いに行く手間は省けてありがたい、と考えた。
あとは……。ワカヒコはシタテルヒメの顔をちらりと覗いた。
「ヒメ様、最近はこのあたりにも化け物が出てくるようです。桃の実を取りに行く際は……本当にお気をつけください」
「サグメさん、大丈夫よ。こう見えても私が剣を嗜んでいること、貴方も知っているでしょう?」
ワカヒコはこの期を逃さないようにすぐにシタテルヒメに声を掛けた。
「ならば私とご一緒しましょう。私もオオクニヌシ殿と話をしたかったのです」
「それは願ってもありません。ワカヒコ様、よろしくお願い申し上げます」
シタテルヒメもワカヒコの提案を二つ返事で受け入れた。
ワカヒコ、一世一代のチャンス到来である。