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第3話「惚れた男は弱くなる」

「姫殿下、こちらが天津国から来られたアメノワカヒコ様です」


「まあ! 当家にお越しくださりありがとうございます。どうぞ、お上がりください」


「かたじけない……」


 麗しい女神のいざないに抗う術などなく、ワカヒコは顔が上気していくのを感じながら感謝の言葉を絞り出すのが精一杯だった。

 客間に通されたワカヒコとサグメは女神と向かい合うように座った。

 その時を見計らっていた従者たちが食事の準備を始める。

 緊張気味のワカヒコを促すようにサグメが切り出した。


「それではワカヒコ様。改めてご挨拶を……お願いいたします」


「……私は天津国玉の子で、アメノワカヒコといいます。高天原から今日こちらに来たばかりで右も左も分からない状況でしたが、日も暮れようとする中でサグメ殿と出会い、ここまで案内してもらった次第であります」


 ワカヒコは自分の口調がだんだん早くなっていくのを感じたが、なんとか噛まずに自己紹介を終えて一息ついた。

 目前の女神がニッコリと微笑むと、受け入れられたような気がして自然と笑みが溢れる。

 もちろん、高天原では女神と話したことはあるけれど、相手から一方的に話しかけられることが多くて、あまり会話は得意ではなかった。

 特に、神祭を司る少名毘古那(スクナビコナ)が企画した人気投票に自分の知らぬ間に登録されて優勝してしまってからは女神たちに自宅まで押しかけられる始末。それでずっと狩りに出て自宅に戻らず過ごしていたわけなのだが――。

 昔の思い出がワカヒコの頭をよぎっているうちに、女神が自己紹介する番になった。


「ご挨拶が遅れました。わたくしは下照(シタテル)姫命(ヒメノミコト)と申します。両親は大国主神(オオクニヌシノカミ)多紀理毘売(タキリビメ)の長女にあたります。ワカヒコ様とお会いできて、本当に光栄ですわ」


 美しい女神がシタテルヒメと名乗った後の話に、ワカヒコは目が点になってしまった。

 オオクニヌシといえば、葦原中津国の事実上のトップ。

 そして自身がアマテラスより命じられた最終目的――葦原中津国の平定とは、オオクニヌシを説得しこの地の執政権を高天原に禅譲してもらうこと。これがつまり、国譲りを実現するということである。


「すみません……。シタテルヒメ殿のお父上って、あの伝説のオオクニヌシ様なのですか?」


「はい。色々な名前で呼ばれておりますが――ちなみに、私のお祖父さんはスサノオになります」


「そう、でしたか……」


 急すぎるほどの展開にワカヒコはなかなか理解が追いついていかない。

 そもそもスサノオ様はイザナギ様が生んだ三貴神の一柱で、アマテラス様の弟に当たる。

 葦原中津国の平定という任務も、アマテラス様が弟のスサノオ様を通じてオオクニヌシ様に頼めればよかったのに――。

 そんな思いがワカヒコの脳裏をかすめたが、すぐに考え直した。

 神々の関係は非常に複雑で絡み合っている。

 短絡的に物事は進んでいかないこそ、自分が今ここにいるのだ。


「……それでサグメさんは、シタテルヒメ殿のことを『姫殿下』って言っていたのか。それならそうと、早く言ってくれたら良かったのに」


 ワカヒコは笑みを浮かべて、隣のサグメに愚痴を漏らした。


「フフフッ。申し訳ありません。私の占術がオオクニヌシ様のまつりごとのお役に立てればと思いこの地に伺ったのが、シタテルヒメ様との出会いでもございます。そのことをゆっくりとご説明する時間もなく、それにあの化け物が襲いかかってきて混乱してしまいました。しかしさすがはワカヒコ様、大きな大きな土蜘蛛をたった一射のもとに討ち取って――」


「まあ、そんなことが!? 詳しく話を聞かせて、サグメさん!」


 サグメの返答にシタテルヒメも加わり、話はだんだんと弾んでいく。

 三柱の饗宴は深夜まで続き、ワカヒコはそのままシタテルヒメの邸宅に泊めてもらうことになった。

 翌朝、ワカヒコの一日は二日酔いの目覚めから始まった。


「いててて。昨日は少し呑み過ぎてしまったみたいだ。しっかし、ヒメもサグメさんもお酒をがぶ飲みして……強すぎるよな」


 庭に出たワカヒコは井戸があるのを見つけ、まずは顔を洗うことにした。

 桶を引き上げパシャパシャと頬を冷たい水でこすると、二日酔いから一気に目が覚めた気がする。


「ワカヒコ様、おはようございます。もう起きていらっしゃったのですね」


 背中から掛けられた高く澄んだ声は、昨夜も視線を釘付けにされた女神のものだとすぐに分かった。


「ああ、おはようございます。勝手に井戸をお借りしてしまいました」


「構いませんよ。どうぞ、これをお使いください」


 シタテルヒメが差し出した手ぬぐいで顔を拭いたワカヒコには、キラキラとした朝日の下でシタテルヒメの顔がはっきりと見えた。

 ワカヒコは相手の際立つ美貌にみとれてしまい、思ったままの感情をつい口に出してしまった。


「きれいだ……」


「……え……?」


「ああ、いやっ、これは……!」


 シタテルヒメは顔を真っ赤に染め、そのまま屋敷の奥へと逃げるように去っていった。


「……俺のバカバカバカ! いきなりなんてことを口走ってしまったんだ……!」


 ワカヒコは再び桶を井戸に投げ込み、今度は頭から全身に水をかぶって熱を冷ました。


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