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第35話「北斗宮の創建」

 香椎宮と貴船宮という二つの神社で彩雲は子どもたちの尊崇を集め、いつも人気だった。

 そんな彩雲を暖かい眼差しで見守り、ずっと応援している七星だったが、心の中ではどこか寂しさを感じていた。

 七星がこの世に生を受けてから、同じ時を一緒に過ごした神友しんゆうは彩雲だったからだ。

 だからこそ、彩雲の関心が子どもたちに移ってしまうということは、七星と接触する時間がそれだけ減ってしまうということでもある。


「ふふふ。私にもこんな感情があったんだねえ」


 七星はあらためて思う。

 初めて彩雲と会ったときから、彩雲は心身ともに大きく成長を遂げた。

 それに比べて自分は身長や容姿以外にあまり変化した部分は少ない、と。

 しかしそれは必然でもある。

 宇宙を開闢した父ミナカヌシと母なる北斗星の両方の記憶を受け継ぎ、生まれてからわずか数週間で神の天敵だった穢悪の徒を討ち破った。

 七星は最初から最強の神という、完成された存在であったのだ。

 そんな二柱の関係に変化が起きたのは皇紀一三三一年(西暦671年)、飛鳥時代の後期のことだった。


 ある日、一人の男がある願いを秘めて七星の元に訪ねてきた。

 男は三十代前後と若く、当時としては珍しい若草色に染め上げられた上質な絹の着物を身にまとっていた。


「七星姫命様、お初にお目にかかります。私は若木わかぎという者でして、あの益富山の向こう側にある大隈おおくま集落のむらじを務めております」


 むらじとは、その地域を治める豪族の長につけられるヤマトの役職のことで、現代では市長のような立場だ。

 そして益富山はこの周辺の丘陵地帯にある山の一つであり、彩雲が大明神となった香椎宮と貴船宮とは人間の足なら山道沿いを歩いて一時間少々で到着する隣の集落だ。

 七星はにこやかな笑みを浮かべて、若木と名乗った男に尋ねた。


「若木のムラジ、ね。それでなあに? 七星に直々に相談したいことって……?」


「はい。私たちの集落は豊富な遠賀おんが川の水を引き込んで田植えをしておりますが、日照り続きになると米が育たずに飢饉になってしまいます。そこで、七星様に大隈集落の氏神様になっていただけないかと……」


「でも、神様は八百万とも言われるほど他にもたくさんいらっしゃることは知っているでしょう。水神の加護を得たいのなら、貴船のように御祭神にクラオカミ様やタカオカミ様をお迎えする方が、御利益があるんじゃないかしら?」


 七星は、若木が自分を頼ってくれたことが嬉しかったが、敢えて首を傾げながら探りを入れた。

 こう投げかけることで、若木という人間の器を測ろうとしたのだ。

 しかし若木の返答は、七星の思いも寄らないものだった。


「水神様がいらっしゃるのは重々、承知しております。ですが私、実はあの宇宙開闢の神、この世を創生した神とも名高い、アメノミナカヌシ様を信奉しているのです!」


「なっ、なんと……!? 若木ちゃん、人の子でありながら只者ではないね!?」


「いえいえ。アメノミナカヌシ様の御子みこであらせられる七星様と、こうしてお話ができるだけでも夢のような奇跡ですのに、そこまでお褒めに預かるとは。今の喜び……この感情を表現する言葉、私は持ち合わせておりませぬ」


 大げさな話しぶりがどこか役者を連想させる若木は、さらに止まらなくなった。


「この世界を開いてくださった最初の神がアメノミナカヌシ様なら、我々が生きているこの大地を創造してくださった原始の神、イザナギ様とイザナミ様も合わせて祀りとうございます。となれば、鎮守をお願いできます神様は、もう私には七星姫様以外には考えられません。どうか、どうか!」


 若木は七星の目前で正座して、両手を合わせたまま何度も何度も頭を下げる。

 七星は無表情ですっと立ち上がって、ゆっくりと空を見上げながらつぶやいた。


「若木のムラジ。そなたの願いは分かりました……」


 若木は緊張のあまりゴクリと喉を鳴らし、七星の返答を待った。


「この七星に任せておきなさい! 北斗の力、見せてあげるわ!」


 七星は意気揚々と八星杖を取り出し、空に向かってびゅんと振りかざした。

 すると空一面に雷雲がもくもくと立ち込めた。

 そしてあっという間に、土砂降りの豪雨が七星と若木を襲う。


「さすが七星様、これで大隈の民は水不足にならずに済みます! ですが、もうそろそろ……雨を止めていただいても……?」


「うん、そうなんだけどね……。嬉しさの余り、つい全力で雨乞いしちゃったから、しばらく止まないかも!?」


「ええええ!?」


 この日、近くを流れる遠賀川は氾濫しそうなほどに増水し、大隈集落の民たちは肝を冷やすと同時に七星の力を思い知ることになった。

 それからは七星に頼み事をするのはできるだけ控え、溜め池や水路を作り水不足に供えたそうだ。

 人間が神に頼りっぱなしにならず、自分たちの力でできることはやる、というアマテラスの要望のとおりになったわけだが、七星がそこまで計算していたかどうかは定かではない。


「にゃはは。彩雲ちゃんに負けないように、民たちには幸せになってもらわないとね!」


 こうして七星姫命は若木の連の招請に応じ、北斗宮で祀られる御祭神とともに、北斗大明神として民たちを見守ることになった。

 これ以来に「北斗宮七星」と名を変え、大隈の子どもたちの安息を今日もふわふわと見守ってくれている。


「にしし。子どもたちが作ってくれるぼた餅って、本当においしいねえ」

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