第33話「かみのやしろ」
地上に遣わされた五柱はアマテラスに報告するため、高天原の宮殿を訪れた。
予め五柱で話し合った結果、今回アマテラスに報告する役目は彩雲が務めることになった。
彩雲はそのような大役を受けても良いものかちゅうちょしたが、タカオカミやクラオカミ、そしてタヂカラオも彩雲はもう一人前の立派な神であると認めたので、断れなくなってしまったのだ。
アマテラスとの謁見で使われる高御座の前で五柱は横一列に並び、彩雲が一歩前へと進み出る。
「アマテラス様。ご指示の通り地上に赴き、神に反逆する羽白熊鷲を黄泉国に送ってまいりました」
「この度はご苦労さまでした。先ほど神功皇后からお礼の祈りが届いたの。(お遣わしになった神様の御力で、羽白熊鷲を討ち取ることができました。これでようやく私は心穏やかに過ごすことができます)だって。今晩は盛大に宴の準備を整えておくから、みんなはそれまでゆっくりしててね」
労をねぎらわれた五柱は、宴が始まるまでの時間まで思い思いの場所に向かったが、彩雲と七星は再び高天原の温泉に行くことにした。
激しい戦いで全身についてしまった砂ホコリと汗を、頭上から流れてくるかけ流しの湯で洗い落としたあとは、湯に浸かって疲れを癒やす。
「はああ、最高、生き返るー。あれっ、これも一種の黄泉返りなのかしら?」
自問自答する彩雲に七星が話しかけた。
「ところで彩雲ちゃん。羽白熊鷲の羽を射抜いた後、急いでどこかに向かってたみたいだけど?」
「……うん。ちょっと離れたところで、懐かしい感覚を思い出してね」
「懐かしい、ねえ?」
「でも、残念ながらハッキリとは確認できなかったわ。だけど、いいの。集落の子どもたちの笑顔を見たら、あのときの選択は間違っていなかったって思えたから」
「あのときのことね。うんうん、きっとそうだね」
「……七星ちゃん、どこまで分かっててお話ししてるの?」
「彩雲ちゃんが詳しく説明してくれたら、答え合わせができると思うよ?」
「うふふふ」
「えへへへ」
探り合いのような会話は噛み合っているのか、いないのか。
その後この話題に関して、二柱が話をすることはなかった。
長湯が過ぎて、お風呂から上がったときにはすっかり夜になってしまっていた。
彩雲と七星が高天原の宮殿に戻ると、宴はすでに始まっていた。
しかも地上に遣わされた神々を祝って多くの神々が集まり、随分とにぎやかになっている。
その中央では、お酒を飲みすぎて顔を赤らめたタヂカラオがオモイカネに介抱されていた。
「オモちゃ~ん。俺の究極神技ぃ、見てくれてたかーい?」
「ああーもうタジーさん。しっかりしてくださいよー!」
「そういえばオモちゃん、なんでキミはさっきからくるくると回ってるんだい?」
タヂカラオはそう言い残し、その場で寝息を立てて寝入ってしまった。
やれやれと肩を落としたオモイカネだが、彩雲と七星の姿が目に入り話しかけた。
「彩雲さんに七星さん。今回のアマテラス様の依頼も完ぺきにこなしたそうですね。流石です」
「お褒めくださってありがとうございます」
「にししし。それよりもタジーは大丈夫なの?」
「ええ。毎回飲み過ぎに注意するように言ってるのに、最後はいっつも酔っ払って寝ちゃうんだから。その度にボクがお守りすることになるから大変ですよ……トホホ」
オモイカネを励ます言葉が見つからず、彩雲と七星は苦笑いするばかりだ。
そこでオモイカネはハッと気づく素振りを見せた。
「そうでした。アマテラス様から、今日集まってくれた神様たちに大事な話があるそうですよ」
「大事な話……」
「なんだろうね?」
彩雲と七星は顔を見合わせたが、その内容についてはさっぱり見当がつかなかった。
しかし、それを聞く機会はすぐに訪れた。
アマテラスが宴の広場に姿を現し、集まった神たちに語りかけたのだ。
「宴で盛り上がっているところではありますが、今後の神と人との関わり方について私の考えをまとめてきたので、皆さんに聞いてもらいたいと思います。国譲りを通じて地上のまつりごとは神の子孫と人の子たちに委ねてきました。しかしまだまだ地上は安全だとは言い切れないし、疫病や天災、飢饉だって起こっています。全国各地で起こる日常的な困りごとのために神が手助けをしていては、民たちの成長を邪魔してしまうことになります。これでは国譲りをした意味がありません」
集まった八百万の神は宴を忘れ、皆がアマテラスの話に聞き入っている。
アマテラスは一呼吸おいてから話を続けた。
「地上の民たちの願いすべてを神が叶えることはできないけれど、それでも民が神力の加護を望むのであれば、民たちが祀る御祭神の社、いわゆる神社を媒介に、御利益という形で応えてはどうか、と考えています」
「神を祀る社。ゆえに神社、ですか」
「神社で御利益か。私は良い考えだと思いますな」
「アマテラス様のお考えに、賛成ー!」
八百万の神々の反応は総じて好評であり、反対する神は一柱もいなかった。
なぜなら民たちが神のご加護を願うという行為は、葦原中津国の時代から行われてきたからだ。
人間は大いなる自然、山や大木や大岩はもちろん、自然の恵みとしての食物にも神が宿ると考え、祈りを捧げてきた。
それは宗教的な行為というよりは日常的な儀礼に近かったが、当時の神たちも人間と関わることが多かったので、すんなりと受け入れられたのだろう。
それから三ヶ月ほどが経過した。
アマテラスは再び彩雲を高天原に呼び出した。
「彩雲さん。羽白熊鷲を討ち取った日に、近くの集落に降りて民たちと話したでしょう? その民たちが、あなたを弓の射手の神様としてご加護を授けてほしいって、ずっとお祈りをしているの」
彩雲は人間たちから頼りにされていると分かって、素直に嬉しかった、のだが。
「私は神としてまだまだ半人前、修行中の毎日です。人の子たちが尊崇する神には、貴船のクラオカミ様やタカオカミ様、タヂカラオ様の方が……」
「あなたならそういうんじゃないかと思ってた。では彩雲さん、あなたは神社で祀られる神様、つまり御祭神としてではなく、射手の大明神としてその地域に災厄が起きないように見守る役割、だったらどうかしら?」
アマテラスの説明に続いて、オモイカネも話に加わってきた。
「神社の日常的な仕事は、民たちの中から選んだ神に仕える者、神職が務めるから。いざというときには乗り雲もあるから、彩雲ちゃんはその神社を拠点にして、七星ちゃんと一緒に全国を周遊しても問題ないから」
彩雲はそれなら、と考えた。
羽白熊鷲と戦った地と、母シタテルヒメと一緒に暮らしている宗像(現在の福岡県宗像市)とは、それほど離れていない。
父ワカヒコが不在の時に母に万一のことがあっても、今の彩雲なら一瞬で駆けつけられるだろう。
「はい。では――私でよろしければ!」
彩雲はアマテラスの要請を快く引き受けることにした。




